09 ナイト アザレア姫~その➈

それからサイネリアが操っていると思われる――。


甲冑姿の死体たちから逃げ切った私とブルーベルは、古城を出て森へと身を隠していた。


私たちは森の中を進みながら、とりあえず戦いやすい場所――敵に襲われても対処しやすそうなところを目指すことにする。


木々に囲まれたこの地形では、私の異能―― 早送りクイックポイントを使うのには向いていない。


それは木や岩などの障害物が多いせいで、敵を攻撃しにくいからである。


私は自分の異能のことをブルーベルへ話し、早く見通しが良い場所、障害物が少ないところへ行こうと提案したのだ。


自分の異能について話したくはなかったが、まあ、この娘なら大丈夫だろう。


「アザレアさん……ベルは嬉しいですぅ……」


「うん? 何が嬉しいのだ?」


「いや、そのぉ……。アザレアさんが……自分の異能のことを話してくれたから……」


この調子である。


最悪まだ呪いを解く方法を教えないアイビーには警戒が必要かもしれないが、この頭の中がお花畑のブルーベルに気を付けることはない。


それに、その気になれば私の異能ですぐに殺れるしな。


そんなことを話しながら歩いて行くと、水の流れる音が聞こえてきた。


その音がする方向へ進むと、そこに木々を抜けた先に滝があった。


ここは山の中だったのか。


とても登れそうもない位置から流れる水が見え、下にはどこかに繋がっているのか深そうな川がある。


「あのぉ、アザレアさん。ここなんかいいんじゃないでしょうか?」


ブルーベルが恐る恐る私にいってきた。


いちいちこちらのことなど気にせずに発言してほしいものだが、まあ、この娘の性分なのだろう。


文句をいってもしょうがないのである。


私は川の周りを見回した。


ふむ、たしかにここなら見晴らしがいいし、何よりも滝を背にすれば背後から教わる心配がない。


敵を迎え撃つには、障害物が多く囲まれる危険もある森の中よりはマシである。


「そうだな。ここでアイビーたちと合流しよう。それにしてもブルーベルはちゃんと戦うことを考えているのだな。先ほどの撤退時といい、頼りになるのである」


「そ、そんなことないですよぉ……」


またも私が褒めると頬を赤く染めるブルーベル。


こんな娘の儀式への参加を許したリエイターに、私は怒りすら覚える。


とりあえず私たちは、ここでアイビーたちを待つことにした。


分かれて逃げたアイビーたちには、ブルーベルの飼っている青いウサギ――スプリングがいる。


スプリングならブルーベルの匂いを追ってここまで来れる。


今はそれを信じ、全員が揃ったところでサイネリアを倒す作戦を考えなければならない。


「あのぉ、アザレアさん」


滝を背にして周囲を警戒していた私たちだったが、急にブルーベルが声をかけてきた。


彼女は私に兄か弟――または姉か妹はいるのかを訊ねてきた。


私がどうしてそんなことを聞くのかと訊き返すと、ブルーベルはまたもその顔を赤くして、とても恥ずかしそうにしている。


ここまですぐ顔を赤くしてしまうのはある意味で才能か。


いや、むしろ病気。


否、生まれ持っての呪いだな。


「ベルには、ねえねがいることは話したと思うんですけどぉ……。アザレアさんには兄弟か姉妹はいないのかなって……」


なるほど、実につまらない質問だ。


私に兄弟か姉妹がいようが、この烙印の儀式には全く関係ないだろう。


だが、こんなことを訊ねられたのは初めてだ。


「……いない」


「そうですか……」


「だが、姉のように慕っていた人はいたな」


「そうですか!」


こうやって同じ返事を違う声質で聞いたのも初めての経験だが。


ブルーベルは私の答えに喜び。


ぜひその私が慕っている人物のことを聞かせてほしいといってきた。


ブルーベルには兄弟、姉妹はいないといったが、本当は兄と姉がいる。


だが私は、その二人のことを兄弟、姉妹だとは思ってはいないのである。


真実ではないが嘘をついているつもりは、私には全くないのである。


私はその話をするとかなり長くなることをブルーベルに伝えたが、どうやらどうしても聞きたいようだ。


アイビーの傍にいた落ち着きのない少女――チュチュのようだとはいわないまでも。


それまでのブルーベルとは、まるで人が変わったように興奮した様子であった。


私にはそんな彼女の態度の意味はわからなかったが、あの人の――私の剣の師である彼女のことを話すのは、悪くないと思っていた。

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