08 ナイト アザレア姫~その⑧
その後、簡単な食事を終えた私たちは、場所を変えることにした。
その間に、先ほど大広間での出来事――スプリングの吐いた炎により軽傷を負っていたアイビーに気が付いたブルーベルが、彼女にも私と同じように塗り薬とサラシを渡した。
アイビーは疑うことなく薬を傷口へ塗り、そのサラシを火傷した右腕へと巻く。
その様子を見ていると、疑っていた自分がまるでバカのように感じた。
「それで、全員が死なずに呪いを解く方法とはなんなのだ?」
移動しながら私は、アイビーに訊ねた。
彼女は今はまだいえないと返事をした。
その理由は、この烙印の儀式の様子がリエイターを含めた魔女たちに監視されているからだという。
そのためここで種を明かしてしまうと、魔女側にアイビーのやろうとしていることが、阻止される可能性があるからなのだと。
アイビーの話を聞いたブルーベルは、その通りだと頷いていた。
彼女の真似をしてか、スプリングも同じようにコクコクと首を縦に振っている。
「そうそう。ヒミツがバレちゃいけないんだよ。ヒミツはヒミツだからね」
チュチュがそんなブルーベルたちを見て、得意げにいっている。
さすがにもう苛立ったりはしないが、相変わらず語彙力がないのである。
頭の悪いブルーベルは、すでにアイビーのことを信用しているようだが、私は違う。
こいつがやっていることは、相手を騙すための常套手段だ。
この細身の姫は、自分の異能を教えるというリスクを冒してまで私たちを信用させようとしたが、肝心なことは何も話してはいないのである。
そんな人間は信用できないのである。
しかし、現状でサイネリアひとりに対してこちらは四人と一匹。
チュチュとブルーベルは戦闘で期待できないにしても、やはり数の力は魅力的だ。
アイビーの奴はまだサイネリアを説得しようとしているようだが、おそらく殺し合いにはなる。
しばらくはこのままでいるとしよう。
私がそう思っていると、目の前から甲冑姿の者たちが、こちらへと武器を持って走って来ていた。
その姿には見覚えがあった。
私がこの古城に入ったときに見た、すでに死んでいたはずの屈強な男たちだ。
その証拠に、彼らの全身を覆っている甲冑の穴からは真っ赤な血が流れている。
死体が生き返った?
いや、これはサイネリアの異能なのだろうことはすぐに理解できたが、あの女が私たちに嘘をいっていたのだと思うと、腸が煮えくり返りそうになった。
奴は嘘をついていたのである。
サイネリアはアイビーの後に続いて、自分の異能を披露してみせたが、やはり本当のことを話してはいなかったのである。
やつの能力は自分を否定した者を操る。
だが、その自己否定さえやめれば能力は解ける。
しかし、死んだ者の思考が変わることはない。
だから永遠に操れるというところだろう。
思い出すと苛立つが、騙された自分が悪い。
サイネリアは間違ってなどいない。
この烙印の儀式というのは、元々こういう殺し合いなのだ。
私を含めたこちらの人間がバカなのだ。
しかし、これで数によるこちらの優位性は無意味なものとなる。
アイビーの異能――
チュチュは見た目よりは腕力がありそうだが、しょせんは子どもだ。
この場であの屈強な甲冑たちとまともにやり合えそうなのは、私とスプリングくらいしかいない。
「提案します」
アイビーが挙手をする。
そして私たちへ、この場はいったん下がり、態勢を整えようといった。
たしかに、こんな城の通路では戦いづらい。
私の異能――
ここはアイビーの提案を受け入れたほうが良さそうだ。
私とブルーベルはアイビーの案に賛成し、すぐさま来た道を引き返す。
アイビーはなんとチュチュと共に、私たちの最後尾についた。
殿でも引き受けようというのだろか。
全くもってバカである。
「スプリング、お願い!」
ブルーベルは走りながら叫んだ。
彼女のものとは思えないほどの張りのある声だ。
その声を聞いたスプリングは、まるでアイビーたちと並ぶように後ろへと下がる。
やはりこの娘もバカだ。
こういうときは自分の身を守るために、あの青いウサギを使うべきだろう。
それをわざわざ敵になるかもしれない相手を助けるために使うなど。
本当にこちらの姫君たちに頭の中は、お花畑で埋め尽くされている。
「二手に分かれましょう!」
追ってくる甲冑らから逃げていると、ブルーベルが再び声を張り上げた。
やはり何度聞いても違和感がある。
彼女のあの弱々しい喋り方からはどうも想像できないのだ。
それから通路がわかれているのが見え――。
先頭を走る私とブルーベル。
そして、最後尾にいるアイビー、チュチュ、スプリングと二組に分かれることに。
「アイビーさん! 追手を撒いたらスプリングについて行ってください!」
またも叫ぶブルーベル。
どうやらスプリングなら離れていても匂いでブルーベルの場所がわかるらしい。
この状況でリーダーシップを取れる彼女を見ていると、案外この娘は頼りになるかもしれないと思った。
だが、やはりブルーベルに張り上げた大声は似合っていない。
「なかなかの手腕だ。尊敬に値するのである、ブルーベル」
「あわわっ! そ、そんなことないですよぉ……」
私がブルーベルを褒めると、彼女はその顔を赤らめていつものか細い声を出した。
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