07 ナイト アザレア姫~その➆

姉のために殺し合いに参加した妹――。


異能を持たない彼女が、私たち呪われた者ら勝てるはずなど万に一つもない。


いや、まんざらないわけでもないのか。


見たところ先ほどサイネリアへ向けた構えを見る限り、弓矢に関しては素人ではなさそうだ。


それに連れているスプリングという名の青いウサギが、彼女の護衛ともいえる存在――いや、勝敗を左右する鍵なのだろう。


しかし、それにしてもだ。


こんな健気な少女を私が殺しても良いのか。


答えは……当然良いのである。


私だって死にたくない。


この烙印の儀式を勝ち残らねば、かけられた呪いによって死んでしまうのだ。


「さっきの人ぉ……。アイビーさんがいっていたことがホントなら、ベルたちは殺し合わなくていいんですよね」


ブルーベルは私の横に腰を下ろすと、嬉しそうに言った。


アイビーの提案――。


それは、彼女に協力しすれば、この場にいる全員の呪いが解け、無事にこの烙印の儀式を終えることができるというものだった。


この娘は、あの女のいうことを真に受けているのか。


あんなものはただの作戦だろう。


こちらを油断させるもの以外、何ものでもない。


たしかに、自分の異能を敵に教えるという危険を冒してまで、信頼を得ようとしていたのは認めるが。


それも作戦のうちの可能性は十分にありえる。


サイネリアがそうだ。


あの女はアイビーの作戦を逆手に取り、私たちをあの場で殺そうとした。


そう考えると、やはりアイビーも信用してはいけない。


「どうしてそう思うのだ? あの女の作戦かもしれないんだぞ?」


私はブルーベルに訊ねてみた。


すると、彼女は信じたことに特に根拠はないという。


やはりこの娘もバカだ。


理由もなく他人を信頼するなんて、よほどの箱入り娘なのだろう。


まあ、だから信用できるのだが。


「でも、あのときのアイビーさんを見て……ねえねみたいだなって、思ったから……」


ブルーベルは顔を少し赤らめていった。


恥ずかしそうな彼女を見ていると、なんだか自分がもの凄い悪人のように思えてくる。


まあいい。


とりあえずこの娘は信用できる。


今考えることは、あのサイネリアを殺すことだ。


おそらくあの女は、烙印の儀式が始まる前に、参加する予定だった姫を殺している。


城に入ったときにいた立ったまま死んでいた者たちは、サイネリアの異能――自己否定ネガティブクリープで殺られたのだ。


それも、私が見たひとりだけでなく、他にも殺している可能性は高い。


今さら当たり前のことなのだが、あの女は最初から殺す気でこの場へと来ているのだ。


そんな奴を相手に、いくらあのアイビーとはいえ、手を取り合おうとは思わないだろう。


……本当に全員が生き残って呪いが解けるのなら、それが一番良いのはたしかだが。


「なるほど、ブルーベルにはそんな事情があったのですか」


突然、暗闇からアイビーとチュチュが現れた。


私は咄嗟に剣を構えたが、ブルーベルのほうは彼女たちの姿を見て微笑んでいる。


それを見たチュチュが嬉しそうに両手をあげて、ブルーベルのほうへと走ってきた。


「えらい! すっごくえらいよ! 勇者にも負けないくらいえらいよ、ブルーベル!」


そしてチュチュは、ブルーベルの手を取ってはしゃいでいた。


やはり子どもだ。


語彙力がない。


「盗み聞きとは感心しないな」


私がそういうと、アイビーは申し訳なさそうに頭を下げた。


彼女がいうに、偶然ここを通ったら声がしたので、しばらく様子を見ることにしたのだそうだ。


たしかに、あの大広間から脱出したとき――。


アイビーとチュチュは通路へと逃げていた。


それを思い出すと、彼女が嘘をいっている可能性は低い。


そこまで広くない城だ。


偶然私たちがいるところへ出てしまうこともあるだろう。


それからアイビーは、持っていた荷物から食べ物を出してきた。


乾いたパンにチーズと肉が挟んでるありふれたものだ。


一体なんのつもりだ?


私たちは登山していて山道で偶然出会ったわけではないんだぞ?


ピクニック気分なら他でやってくれ。


「なるほど、毒でも盛ろうというわけか」


私の言葉を聞いたチュチュが頭から煙を立てて怒り出す。


「アイビーはそんなことしないよ!」


「お前はアイビーの仲間だろう。そんな奴の言葉を信用できると思うのか?」


「うん。だってあたし勇者だもん」


ふざけたこと抜かしている。


だが私とは違い、ブルーベルと彼女の連れである青いウサギ――スプリングはパンを食べ始めていた。


年齢が近いのもあるだろうか。


チュチュとブルーベルはもう仲良くなっているように見えた。


そのせいか、あの恐ろしい炎を吐くスプリングもチュチュに懐いている。


「アザレアもよかったら」


アイビーは手に持ったパンを半分にして、私へ渡してきた。


そして、彼女は半分にしたパンを口に入れて食べて見せた。


私は差し出されたパンを受け取らず、アイビーが持っていたほうのパンを奪って食べる。


彼女は両目を開いて驚いていたが、パンを口にした私を見て満足しているようだった。


そんな私たち二人を見て、チュチュとブルーベル、さらにスプリングも嬉しそうにしている。


ここはまるで昼下がりの庭園か?


皆で仲良く花を愛でて笑い合う場所なのか?


儀式という名の殺し合いの最中だというのに――。


こんな和んだ空気はありえない……。


ありえるはずないんだ……。

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