06 ナイト アザレア姫~その⑥
サイネリアの言葉と共に彼女から凄まじい殺気が放たれた。
まずい、これは非常にまずい。
今度は私たちが考えを変える前に殺るつもりだ。
この女は狂ってはいるが頭は冴えている。
やつの異能――
ただのバカではけして使えこなせないものだ。
自分の異能を説明しても、また同じことをしようとしているのだ。
きっと自分の話術に絶対の自信があるに違いないのである。
「みんなはさ~これまでどうやって……」
サイネリアが質問しようとした瞬間――。
大広間が青い炎で覆い尽くされた。
それはあの小柄な姫――ブルーベルの傍にいた青いウサギが吐いたものだった。
サイネリアは壁を拳で破壊して脱出。
一方アイビーのほうは、従者だと思われる少女チュチュに担がれて廊下へと運ばれていた。
逃げ遅れた私は燃え盛る炎を浴びながら、なんとか通路へと転がり込んでそのまま城の奥へと進んだ。
壁を背にし、周りが見渡せる場所へとたどり着いた私は、ひとまずそこで休むことにする。
あの青いウサギのおかげで危機的な状況は回避できたが、それでも酷い火傷を負ってしまった。
いきなりこの体たらく。
こんなことなら、あの茶番じみた馴れ合いなど気にせずにさっさと殺しにかかるべきだった。
きっと師匠が知ったら怒られるな。
……いや、あの人はそんな私を褒めるだろう。
そのとき、カツンッと音が鳴った。
この古城は石でできているため、よほど気を付けないと足音がなるのだ。
誰かが近くにいる。
私は壁を背にしたまま、剣を構えた。
大丈夫、大丈夫である。
一対一で私に勝てる相手などいない。
剣の腕もそうだが、私の異能――
この力は五秒間のみ、周りが止まって見えるほどの速さで動ける。
ただし、連続して使用することはできず、一度使うとしばらくは使うことができない。
だから、あのとき――大広間で
今度こそ躊躇なく殺してやる。
「あ、あのぉ……」
弱々しい声が聞こえる。
声のするほうを見ると、そこにはブルーベルと青いウサギが立っていた。
あの中で唯一手負いとなった私に止めを刺しに来たか。
理にかなった良い考えだが、その手負いの獣が私だったことを後悔するがいい。
私は異能――
「よかったら……使ってくださいぃ……」
その手には塗り薬と布きれ――サラシがあった。
それからブルーベルはぷるぷると身を震わせながら話を始めた。
青いウサギはブルーベルを守ろうとして、突然炎を吐いたこと――。
そしてブルーベルは私に危害を加えるつもりはないことを、か細い声で伝えてきた。
「この子は……スプリングは……ベルを守ろうとしただけなのですぅ……」
申し訳なさそうにいうブルーベル。
私にはこの小柄な姫が、とても嘘をいっているようには見えなかった。
かといって、そう簡単に信用してよいものか。
私が疑っていると、ブルーベルはその塗り薬を自分の体に塗り始めた。
毒ではないということを証明したかったのだろう。
必死になって信用を得ようとしている彼女を見ていると、なんだか疑っていた自分がアホらしくなってしまった。
「信用しよう……ブルーベル。その薬、使わせてもらう」
「は、はいぃッ!」
そして薬を受け取ったとき――。
私はブルーベルの体に触れて気が付いた。
この小柄な姫は私や他の者と違い、呪われていないということを。
呪われている者――生贄に捧げられた姫は、その身体に供物の烙印が刻まれる。
異能の力はその影響で得るのだが、ブルーベルの身体からはその魔女の呪いによる瘴気が感じられなかった。
呪われていない彼女がなぜ烙印の儀式に参加しているのか?
私はもらった薬を火傷に塗りながらそのことを訊ねてみた。
「気付いちゃったんですね……。実は……ベルはねえねのためにここへ来たんですぅ……」
彼女も私のことを信用してくれているのか、自分の事情を話してくれた。
ブルーベルには年齢の離れた姉がいて、どうやら生贄に捧げられたのはその姉のほうらしい。
なんでも彼女の姉は、自ら望んで呪われる役を引き受けたそうだ。
それはまだ幼かったブルーベルを守るためだった。
だがブルーベルがいうに、魔女の呪いは強靭な精神を持つ者でないと耐えられず、彼女の姉は呪いの影響で寝たきりの状態になってしまった。
その後、目覚めることのない姉の身体からは鮮やかな花が生え始め、まるで人の形をした植物のようになっているのだという。
「だからそのぉ……ベルがねえねの代わりにぃ……」
ブルーベルの話を聞いた私は、この後にこの小柄な姫を殺せるのかと自問自答していた。
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