05 ナイト アザレア姫~その➄
動けない。
このままでは確実に殺される。
「そうだそうだ。アイビーはちゃんと説明してくれたのに、私も教えないとフェアじゃないよね~」
サイネリアはぶつぶつと何か言っていたかと思うと、急に顔をあげて私たちのほうを見た。
だが、まだ手に付けている鉄甲を擦り続けている。
よほど大事なものなのだろうかと思ったが、今はそんなことを考えるよりもこの異能を解かねば。
「私の異能は
サイネリアは嬉しそうに説明した。
なぜ私たちに自分の異能について話したのかその理由はわからないが(本当にアイビーに対してフェアじゃないとでも思っているのか?)。
もし彼女がいっていることが真実ならば、この異能――
サイネリア本人も説明していたが、先ほど彼女がいっていた“親に愛されていたと思うか?”という質問に対して、私たち全員が自分を否定するようなこと考えてしまったため、動けなくなってしまっているのだ。
ならその考えを――自分を否定している自分を肯定してやればいい。
それで異能は解除される、理屈は通る。
“親に愛されていたと思うか?”
私は……愛されていた。
それが私の求める愛され方ではなかったというだけのことだ。
そう思った瞬間に、動かせなかった身体の自由が戻った。
私に続き、アイビーも小柄な姫もサイネリアの異能――
私はすぐに剣を構えた。
アイビーはそんなことをしていなかったが、小柄な姫のほうは弓矢を構え、サイネリアへと向けている。
「ちょっと待ってよ~。私はただアイビーと同じように実演してみせただけなんですけど~。困っちゃうわ、そんな身構えられても」
サイネリアは両手をあげて、私たちへ向かっておどけて見せていた。
何をふざけたことをいっているのか。
貴様の異能を解かなければ、あのまま私たちを殺すつもりだったくせに。
だが、丁度いい。
逆にこの場で全員殺してやる。
この大広間という密閉された空間であれば、私の異能を使えば皆殺しは可能。
そう思い、私が異能を発動させようとすると――。
「そうですよね。サイネリアの言うとおりだと思います。では、お二人もお願いします。いえ、異能を教えろとは申しません。だけど、せめて名前くらい教えていただけないでしょうか?」
アイビーがサイネリアと私、小柄な姫との間に入ってくる。
このまま殺ってしまおうかとも考えたが、サイネリアはともかく、アイビーに少なからず好感を持ってしまっていた私は躊躇していた。
その一瞬――私が何かする前に小柄な姫が動く。
「な、名前は……ブルーベル·トイデスといいますぅ……」
弓矢を収め、もじもじと身を震わせていう小柄な姫。
彼女の名はブルーベルというらしい。
ブルーベルもおそらくだが、私と同じようにアイビーに対して好感を持ってしまったのだろう。
この状況で相手に乞われて言うことを聞く理由が、それ以外に見当たらない。
私は彼女――ブルーベルにも好感を持った。
あの弱々しそうな彼女が、真っ先に武器を収めたのだ。
ここで斬りかかっては、私に剣を教えてくれた師を愚弄する行為になる。
「我が名はアザレア·アストレージャである」
剣を下げ、私も名乗った。
自分でもバカなことをしていると思う。
もうこんな絶好の機会はやって来ない。
この屋内の空間こそ私の真骨頂を発揮できる場だというのに。
「ご丁寧にありがとうございます。ブルーベルとアザレアとお呼びさせてもらいますね」
アイビーは名乗った私とブルーベルに、丁寧にお辞儀をした。
それはこの烙印の儀式の審判であるリエイターとは違い、けして芝居がかったものではないように見えた。
彼女が心からやっていると感じられる自然な物腰だった。
この呪われた姫の中で、アイビーが誰よりも姫らしい態度の持ち主だと私は思った。
「うんうん。私からもひとつありがとう。あれ? でも二人いるからふたつかな~?」
アイビーに続き、サイネリアも会話に入ってくる。
どうもこの女は信用できない。
出会う前から悪い噂ばかり聞いていたのもあったが、こうやって直接会ってみるとさらに虫唾が走る。
いや、普通がこうなのだ。
私たちのような国に生贄に捧げられた者たちが、サイネリアのように歪むのが当たり前なのだ。
もはやサイネリアは、自分の呪いを解くことにさえ興味がないように見える。
でなければ、自分の異能を明かし、捕らえたというのに解除方法まで提示する意味がわからない。
おそらくだが、サイネリアは人を殺し過ぎて狂ったのだ。
この烙印の儀式にも、ただリエイターによって呼ばれ、ただ殺しができるくらいにしか考えていないのである。
私たちがおどけたサイネリアを見ていると、彼女はまた不気味な笑みを浮かべて口を開いた。
「でさ~またみんなに訊きたいことがあるんだけどね~」
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