04 ナイト アザレア姫~その④
リエイターが姿を消すと大広間の空気が変わる。
いわゆる緊張感が走るというやつだ。
だが、誰も動こうとはしない。
私も含め全員が互いの様子をうかがっていた。
「提案します」
そのような空気の中で細身の姫が声を発した。
それもわざわざ全員から殺してくださいと言わんばかりに前に出て、あまつさえ右手を高々とあげ、挙手までしている始末だ。
これから殺し合いをする私たちに一体何をいうつもりなのだろう。
「まずは提案者である、わたしの名前から」
そして細身の姫は自分の名を名乗った。
細身の姫の名はアイビー。
生贄にされ、呪われてから自分の父親――つまり王に捨てられ、これまで傍にいる少女――チュチュと共に盗賊の真似事をして今日まで生きてきたらしい。
チュチュという少女は、アイビーが私たちに向かって話している最中は彼女の足にしがみつき、私たちの様子をじっと見ている。
なるほど、国を追われた姫か。
それなら呪われているはずの者に従者がいるのも納得だ。
きっとあのチュチュとかいう少女が行き倒れていたところを助けてやったとか、そんなところだろう。
アイビーの提案は、自分に協力してほしいというものだった。
彼女の言う通りにすれば、この場にいる全員の呪いが解けて無事にこの烙印の儀式を終えることができるという。
そんな話が信じられるはずがない。
先ほどリエイターがいっていただろう。
この烙印の儀式は、四時間以内に自分以外の者すべて殺さないと呪いは解けないし、自分も死ぬのだ。
「アイビーがいっていることはホントだよ。もちろんあたしもホントのことしかいわないよ。だってあたし勇者だもん。これもホントだからね」
子どもにこういうのもなんだが、私はチュチュあまりのの語彙力のなさに、苛立ちを覚えてしまった。
それにしてもあのアイビーとかいう姫。
こんなことを話して、私たちが「はい、そうですか」となると本気で思っているのか。
だとしたらとんだマヌケだが、彼女はただのマヌケとは思えないことを言い始めた。
「こんなことをいっても信じてもらえないとは思います。だから皆さんに信用してもらえるように、私の異能についてお伝えします」
異能とは、私たち生贄にされた者が、その呪いの影響で得た魔法のような力のことだ。
ようするにこの烙印の儀式とは、異能を使って殺し合う私たちを見て、魔女たちが楽しむものだと私は考えている。
なので、他の参加者に自分の異能の話をするなど、マヌケを通り越してただのバカとしかいえない行為だ。
呪いによってもたらされる異能は人によって違うようだし、それを話してしまったら、自分が殺される確率が上がるだけじゃないか。
相手がどんな異能を持っているかわからないのがアドバンテージなのだということがわからないのか、この細身の姫さまは。
それからアイビーは自分の異能のことを説明し始めた。
彼女の持つ異能は『
破壊されたものを復元する能力だそうだ。
「だけど、わたしの異能には発動条件があるんです」
それは二つ。
·対象が破壊された瞬間を直接見ること。
·対象がどのようなものか知ること(本人が知らないものは元に戻せない)。
――と、アイビーは実演も込みで私たちの前で、自分の異能を披露してくれた。
使ったのは、先ほど私たちが飲み干した杯だ。
彼女はそれを粉々に踏み潰し、それを自分の手元に完全な形で復元してみせた。
どうやらアイビーの能力が『
だが、それがどうしたというのだ?
自分の異能は教えました見せましたで、この場にいる人間がいうことを聞くとでも思ったのか?
全く、一体どう考えればそういうことをしようと思うのかがわからん。
「スゴいわね、あなた。アイビーさんだっけ?」
「アイビーでいいですよ」
「じゃあアイビー。私のことはサイネリアって呼んでね」
私がそう思っていると、髪が長すぎて顔が隠れてしまっている姫――サイネリアがアイビーに声をかけていた。
サイネリアは、前屈み――猫背の姿勢のままで、アイビーへとゆっくり近づいて行く。
姿勢は悪いが、顎を上げたのでようやく彼女の顔が見えたのだが。
笑い方がぎこちなく、まるで物語に出てくる魔物のような恐ろしい形相をしていた。
よく見ると顔自体は整ってそうなので、表情の作り方さえ直せばかなりの美人になりそうだ。
私も自分の顔と体には自信があるが、サイネリアのほうが男が好きそうな肉付きの良い体しているのもあって、もし生贄にさえされなければ、多くの男性に求愛される姫になれたことだろう。
「アイビーのその勇気に、私ってば感動しちゃったのよぉ。よかったら私の異能もお披露目しようかな~と思って~」
私がそんなことを考えている間に、サイネリアはアイビーの目の前にたどり着いていた。
そして、なんと彼女まで自分の異能を教えようとしている。
おいおい、サイネリアって自分の国を滅ぼした極悪人じゃなかったのか?
まあでも、私としては別に構わないが。
「その前に、みんなに訊きたいことがあるんだよねぇ、私ぃ~」
長い髪を振り回したサイネリアは、アイビー、小柄な姫、私の順番に目を合わせてきた。
アイビーは特に警戒してなさそうだったが、小柄な姫のほうはぶるぶるとその身を震わせていた。
「ここにいるってことは、みんなどこかの国のお姫さまなんだよね~。それで~訊きたいことってのはさ~。自分は王さま――つまり親に愛されていたと思う?」
いきなり何を言いだすかと思えば、この女。
親が自分のことを生贄にしたのに、それでも愛されているなど思っている奴がこの場にいるはずないだろう。
ふざけたことを訊く女だ。
しかし……。
両親に愛される努力をしなかったのは、私が悪かったのかもしれないが……。
「ちなみに私はさ、愛されてなかったよ~。今思い出しても悲しいわね」
サイネリアがそういったとき――。
私の体は突然動かなくなった。
いくら手足を振ろうとしても言うことを聞かない。
口から言葉すら発することもできない。
目を動かして周囲を見るに、どうやらサイネリア以外の全員が同じように固まってしまっている。
これは、まさかサイネリアの異能か!?
「あらイヤだわ。乾いちゃってる」
サイネリアは動けなくなった私たちを見ながら、両手に付けている鉄甲を擦り始めるのだった。
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