03 ナイト アザレア姫~その③
それからリエイターは丁寧にお辞儀をする。
そして、どうかお見知りおきをといってから顔をあげ、私たちがいる地面へとゆっくり降りてきた。
「早速ではございますが、これより烙印の儀式について説明させてもらいます」
リエイターはまず私たちへ、中央にあるテーブルの上に置いてあった杯を手に取るようにいった。
杯を手に取ったらそれを飲み干すようにと、言葉を続ける。
最初に杯を手にしたのは、テーブルの近くにいた、長い髪のせいで顔が隠れている姫だった。
いや、もういいだろう。
私はこの女を知っている。
おそらく私以外の姫もこの女のことを知っているはずだ。
女の名はサイネリア。
呪われた後に、自分の国を滅ぼした姫だ。
そのことは特に驚く必要ない。
むしろ当然であろう。
私たち姫は、両親である王らによって魔女に捧げられ呪われたのだ。
けしてサイネリアが特別なわけではない。
国や王を恨むなど当たり前のことである。
サイネリアの両親は、その後の彼女への配慮が欠けていただけの話だ。
問題はここからだ。
国を滅ぼしたサイネリアは、その後――至るところで大量殺人を行うようになった。
噂では国ごと滅ぼされたところもあるらしい。
そのため、サイネリアにはかなりの賞金がかけられている。
それでも、まあ彼女を仕留められた者などいなかった。
聞いた話によれば、結局さらなる死体の山と血の川を作り出すだけだったようだ。
一体何が彼女をそうさせたのか――。
それは私の思うところではないが、気持ちはわからなくはない。
呪われ、疎まれたサイネリアは孤独に耐えかねたのだろう。
ようは感情の行き所を失ったのである。
彼女の顔を直接見れば誰でもわかる。
“あれはもう壊れた者の顔だ”。
皆が杯を手に取り、最後に私もそれを手に取った。
私の横では、あの細身の姫の従者である少女が、姫の手に取った杯を奪おうと手を伸ばしていた。
少女が姫の代わりに毒味でもしようというのだろうか?
その彼女たちの様子はなんとも和やかだった。
まるで仲の良い姉妹のようだった。
だが、この場にはそぐわない。
ふざけるなと叫びたくなる。
いや、きっと私は羨ましいのだ。
たとえ呪われた身であっても、あのように他人と良好な関係を築いていることが。
「また嫌なことを思い出した……」
そして、再び独り言を呟いている自分に気が付く。
もう辞めたいことなのだが、いかんせん無意識なので止められないのである。
私は自分に呆れながら杯を一気に飲み干した。
そんな私に続いて、細身の姫、サイネリア、そして最後に躊躇しているようだった小柄な姫も杯に口をつける。
何を躊躇していたかは知らないが、ここでもし杯に毒でも入れていようが、どうせ儀式で生き残らなければ死ぬのだ。
呪われし私たちがそれを恐れてどうする?
どうやらあの小柄な姫は、まだ覚悟が足りないらしい。
「姫さま方、飲み干していただきましたね。それは呪いを解くためのいわば下ごしらえのようなものです」
リエイターはニッコリと微笑みながら再び話を始めた。
本当に嫌になるほどの芝居がかった笑みだ。
そして、リエイターは自身の指をパッチンと鳴らす。
すると、私たちに刻まれている烙印が光り輝き始めた。
特に体や精神に異常はなさそうだ。
リエイターの言う通り――。
杯の中身は儀式を行う者、つまり呪いを解きたい者が飲まなければならないものだったのだと、思わせる。
「では、具体的な儀式の内容をこれから伝えさせてもらいます。一度しか申し上げませんので、どうかお聞き逃がしのないように」
それからリエイターは、回りくどい言い方をしながらの儀式の説明を始めた。
理解しづらくて酷く長い話だったが、大まかにいうと儀式の内容はこうだ。
·烙印の儀式には呪われし者でなくても参加できる。
·儀式の時間――朝日が昇るまでに自分以外のすべてを殺さねばらない。
·それ以外に決まりはない。
最初のやつはようするに仲間、または従者を連れてきていいというものだろう。
二つ目は、儀式の前にリエイターが話していたこの烙印の儀式――姫同士の殺し合いには制限時間があるということ。
おそらく朝日が昇るまでに二人以上が生きていれば、二人含めて呪い殺されるということか。
三つ目は今さらだが、相手さえ殺せば何をしても構わないということだろう。
この中で気になるのは最初と二つ目のルールだが、従者のいない私には全く意味のないものだ。
ようは、あの細身の姫も、小柄な姫も、最後には連れている仲間を殺されねばならないということだ。
これで有利になったとは思わないが、多少の精神的な揺らぎはあるだろう。
どちらにしても私に影響はないのである。
四時間という制限も、長期戦を望まない私には向いている。
「何か質問はございませんでしょうか? なにぶん私めはそそっかしいところがあるもので、気付かぬうちに何か姫さま方に無礼があったかと思うと、今でも申し訳なさで身が縮む思いをしているのでございます」
慇懃に訊ねてくるリエイターだったが、私を含めた姫たちは何も訊かなかった。
一人ひとりの顔を見たリエイターは、またニッコリと微笑む。
「それでは、これより烙印の儀式を始めさせていたただきます。審判を務めさせていただく私リエイター、呪われし姫さま方のご健闘を心より祈っております」
リエイターはそういって被っていたシルクハットを手に取り、深く頭を下げると、そのまま姿を消した。
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