02 ナイト アザレア姫~その②
――私はそのまま古城へと足を向け、中へと入る。
別れ際にリエイターがいっていた話によれば、烙印の儀式を始める場所は屋根のある建物だと聞いていたからだ。
魔法陣から移動してきたこの場所を見渡す限り、建物らしきものはこの古びた城しか見当たらない。
きっと中には魔女であるリエイターの他に、私のような国に売られた――呪われし姫たちが集められているのだろう。
城門は開いていたので、簡単に入ることができた。
もしかしたら烙印の儀式が始まる前に、私を始末しようとする罠でも張り巡らされているかと思ったがそんなことはなく、壁にかけられたランタンの灯りを頼りにただ城の奥へと進む。
しかし、油断はできない。
何といってもこれから始める烙印の儀式とは殺し合いなのだ。
たったひとりだけが生き残り、呪いを解いてもらえるという魔女の余興なのだ。
うん?
魔女の余興ではなく、“魔女たち”の余興といったほうがいいか。
リエイターは以前に私へ、“私たち”という言葉を使っていたのだから。
しばらく進むと人影が見えた。
薄暗かったのですぐにはわからなかったが、それは女性の死体だった。
どうやら烙印の儀式が始まる前に殺されたマヌケな姫がいたようなのだが、おかしいのはその姿だった。
その死体は立ったまま死んでいたのだ。
血塗れで原型を留めていないほど傷ついているというのに、まるで練習場にあるカカシのように立ったまま息を引きとっている。
その女性の死体の周りも同じように立ったまま死体が多くあった。
全員強固な甲冑を見つけた屈強な男たちだったが、死んでいる姫と同じくように絶命している。
見たところ甲冑の上から攻撃されて、中身がトマトのように潰されているようだ。
おそらく殺された姫の従者か何かだろう、それにしてもこれでは城の置物――まるでこの古城にある彫像のようではないか。
「まったく、良い趣味をしているのである」
独り呟く私は、その立ったままの死体たちを見て考える。
殺した後に誰かが立たせたのか?
ならば、なぜわざわざそんなことをしたのか?
死体を立たせる風習があるなど聞いたことはない。
これはきっと何か意味があるのだろう。
だが、私は気にせずに先に進むことにした。
今考えてもしょうがないことだ。
それよりも烙印の儀式には、仲間なり従者なりを引き連れてよかったのか。
そう考えると、奴隷でもなんでもいいから誰か連れてくればよかったかもしれない。
単純に数は力だといえるだろうし、役に立たないなら立たないなりに、盾にでも囮にでも使えただろうしな。
もしかしたら、ひとりで現れる姫は私くらいなのか?
いや、そんなことはないはずだ。
なぜならば私たちは“呪われし姫”なのだ。
この身体に刻まれた生贄の烙印がある限り、人は誰も恐れ近づこうとはしない。
それはどこかの臆病者が、呪いは感染すると言い始めたからだ。
そのため私たちは、まるで疫病のように恐れられ、化け物のように恐怖の対象となった。
だから、このような大勢の従者を連れたこの死んでいる姫が特殊なのだ。
「くっ、嫌なことを思い出させる……」
すっかり板についた独り言が出る。
また無意識に出て、後から気が付く。
困ったものだ。
身を潜んでいるときに独り言が出ていたら、相手に気づかれ、最悪の場合は命にかかわるというのに。
そんなことをボヤいているうちに、細い廊下のつき当りから大広間へと出た。
そこには、何故か部屋の中央に大きなテーブルが置かれていて、すでに私以外の姫たちの姿があった。
一人は細身でナイフを腰に帯びている姫――。
彼女の傍には、まだ十歳にもなっていなさそうな少女が、その小柄な体には似合わない大剣を手入れしながらそわそわした様子で周りを見ていた。
きっと従者か何かかだろう。
それにしてもあんな子供を連れてくるなんて――いや、誰か連れて来ただけでも大したものか。
役に立つとは思えないが、私よりはマシだなと思う。
そしてもう一人の弓矢を持った姫――。
先ほど見た大剣を手入れしていた少女ほどではないが、子どものような小柄な体型をしていて、部屋の隅にじっとしている。
彼女にも共がいた。
だがそれは人間ではなく、青い毛色したウサギのような生き物を連れていた。
愛玩動物か何かかなのか?
彼女たちの様子を見るに、その青いウサギは小柄な姫によく懐いていそうだった。
最初はふざけているかと思ったが、よく考えるとよく懐いた動物なら人間と違って裏切る心配がない。
それにあの毛色――。
きっと普通の獣ではないはずだ。
そう思うとなるほど、やはりあの小柄な姫も私よりは考えてここの場へ来ているのである。
さらに最後の姫――。
「あらイヤだわ。乾いちゃってる」
中央にあるテーブルのところで、手に装着している鉄甲を触りながら、ひとり何かぶつぶつといっている。
その姫は顔が見えなくなるほどの髪が長く、見るからにおかしい人間だと思わせる風貌だったが――。
私はこの女のことを知っていた。
「ようこそ、烙印の儀式へ参られた姫さまたち。私は、今宵の儀式の審判を務めさせてもらう、リエイターという者ででございます」
突然聞こえた声。
私を含む全員が天井へと顔を向けると、そこには男装の魔女リエイターが空中に浮いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます