ロイヤルソング~呪われし姫たちは悲しみを謡う

コラム

01 ナイト アザレア姫~その①

突然、目の前の地面に魔法陣が現れた。


私はまるで吸い込まれるようにして、その上へと立つ。


魔法陣から光が放たれ、私の全身を包み込む。


そして気が付くと、全く別の場所へと移動していた。


「聞いていた通りだな。これが転移魔術というやつか……」


少し驚いた私は思わず独り言を呟いてしまう。


いや、ここ数年で確実に独り言が増えている。


ひとりでいる時間が多くなっているせいだ。


それなら当然、独り言が増えるのも当たり前か。


きっと私は無意識のうちに口を開いていないと、いつか喋り方を忘れてしまうと思っているのかもしれないのだから。


いやその実よくわからないと、そんな自分に呆れながら私は周囲を見渡した。


目の前には古びた城が――。


その他には木々――森が広がっている。


ここが“私たち”の戦いの場か。


そう考えながら私は、数ヶ月前のことを思い出す。


「お初にお目にかかります、アザレア·アストレージャ姫。私の名はリエイター。あなたの父君と契約した者です」


国を出てからしばらくして――。


私の目の前に妙齢の女性が現れた。


シルクハットを被り、燕尾服を着たその姿は、まるでどこぞの貴族のような出で立ちだった。


名をリエイターといったその男装の女性は、自身を魔女だという。


私は彼女のことを知らなかったが、父が魔女と契約したことは知っていた。


リエイターが先ほどいったように、私はある王国の姫――アザレア·アストレージャその人である。


そして、そんな私の父親は当然王である。


「じゃあ、貴様が私に呪いをかけた魔女なのだな?」


私がそう訊ねると、リエイターは丁寧に頭を下げた。


そのときの私はこの魔女の礼儀正しさに対して、言葉にはできない苛立ちを感じてしまっていた。


私が住むこの世界では――。


魔女に生贄を捧げた国は繁栄が約束されるといわれていた。


多くの王たちは魔女を探し出し、契約しようと躍起になっていた。


その生贄とは王の娘――ようは国の姫君である。


つまりは私だ。


私は父親に――。


母親に――。


国に――。


その身を売られた――生贄にされた姫なのだ。


「ふん、魔女というわりにはずいぶんと洒落た格好だな。これから舞踏会にでもいくつもりか」


冷たくいう私に、リエイターは顔をあげるとニッコリと微笑んでみせる。


こちらは望んでなったわけではなくとも魔女の供物であるというのに、この行き過ぎた丁寧さは苛立ちを通り越し、不気味さへと変わっていた。


「今日はアザレア姫へ、とても良い話を持って参りました」


リエイターは笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


それは私にかけられた呪いを解く方法だった。


これから数か月後に私の前に魔法陣が現れる。


その上へと立ち、ある儀式に参加するだけのことだと。


「ですが、烙印の儀式に参加するだけでは呪いは解けません」


リエイターはとても残念そうな顔をして言った。


いちいち芝居がかった言い方と態度だ。


人を小馬鹿にしているようで、実は対面する相手の感情へ訴えかけるように心掛けているのかもしれない。


リエイターが私に話したことは、呪いを解く方法ではなかった。


ようは烙印の儀式というのものに参加し、最後のひとりとなれば呪いを解くという交換条件のようなものだったのだ。


「呪われた姫は国の繁栄と引き換えに、数年後にはその命を落とす……。これはあなたを救済するための儀式なのですよ、アザレア姫」


両手をバサッと広げていうリエイター。


その姿はまるで主役を張る舞台俳優のようだ。


そして、彼女の動きはやり慣れている感じがし、きっと何度も同じ動きをしていたのだろうと思わせるものだった。


いや、私が知らないだけで、本来魔女という生き物はこういう役者的なものなのかもしれない。


「最後のひとりとは一体どういうことなんだ? 何かの試練でも受けさせるつもりなのか?」


私が訊ねると、リエイターは再び腰を落として慇懃な態度を取る。


そして、次の言葉から声の質が明らかに変わった。


「いえ、儀式は試練ではございません。呪われた姫同士での殺し合いでございます」


リエイターの声は歓喜で満ちていた。


隠せずにいたというよりは、あえて私に喜びの声を聞かせているのだろう。


生贄たる私へ――。


供物たる私――。


呪われた私――。


血で血を洗わなければならないと――。


存分に楽しませろと、この男装の魔女はいっているのだ。


「どうでしょうか? もちろん断ることもできます。私たちにはあなたを強制する権限はございませんので」


断れるはずがないだろう。


やらなければどうせ呪いで死ぬのだ。


しからば、戦うに決まっているのである。


私は姫であると同時に騎士である。


座して死を待つわけにはいかないのである。


「断るはずがないであろう。その烙印の儀式とやらに、ぜひ参加させてもらうのである」


私の返事を聞いたリエイターはニコッと笑みを浮かべると、そのまま姿を消していった。

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