第2話 2人の騎士

 私は急いで自分の部屋に向かった。

 必要最低限、持って行かなければ生活に困るものがある。出発は昼前だ。ゆっくり荷造りする時間なんてない。

 頭の中で、すぐに必要なものとそうでないものを選別した。

 走り出したいのを我慢して早足で歩いていると、後ろから駆けてくる足音が聞こえる。

「待って」

 呼び止められた。

 私は足を止め振り返る。

 追いかけてきたのは2人、ユリウスとクラウスだ。双子の騎士で、髪の色が少し違うだけで2人はよく似ている。

「婚約ってどういうこと? そんなの、いつ決まったの?」

 ユリウスに問われた。

「さあ? 私が聞いたのはたった今よ」

 私は事実を答えた。

「その割には冷静だな」

 クラウスが不思議そうに私を見る。

「冷静に見える?」

 私は笑った。

「突然すぎて、驚く余裕もないの。正直、心の中はパニックよ。でも、動揺して、混乱して、喚いている暇さえ私にはないの。明日の昼前にはもうこの国を出るのですもの」

 自嘲気味にそう口にする。

 冷静に見えて私だって動揺していた。

 いつかはそうなると覚悟していても、事前に一言もなく、皆と一緒に自分の結婚を知るとはさすがに思っていなかった。相手の王子にも申し訳ない気持ちになる。自国に恋人が居るなら、さぞ困るだろう。突然、結婚相手を連れて帰国するのだ。彼の恋人はかなりショックを受けるだろう。

「父の暴君ぶりを甘く見ていたのね」

 自分を反省した。

「そういうわけで、私、急ぐから」

 部屋に向かおうとする。

 すると2人もついて来た。

「隣国には私も同行する」

 クラウスが言う。

「え?」

 驚きすぎて、思わず立ち止まった。

「私はアデリアの護衛騎士だ。主が隣国に嫁ぐなら、同行するのは義務だ」

 そんなことを言う。

「それは……」

 私は困った。確かにクラウスの言い分には一理ある。三ヵ月後の結婚式まで、私はこの国の姫だ。護衛するのは護衛騎士の仕事の範疇であることは間違いない。

「俺も行くよ」

 ユリウスも賛同した。

 私は断わる理由を探したが、見つからない。

「では、三ヵ月後の結婚式まで」

 私は期間を区切った。ユリウスとクラウスにはこの国での未来がある。末息子とはいえ、宰相の子供だ。それなりに将来は約束されている。長く時間を無駄にさせることは出来ない。

 2人は部屋から出られない私にとって、唯一の幼馴染だ。部屋に遊びに来てくれるのは彼らだけだ。友人の幸せを私は願っている。

 父王にはたくさんの女性が献上された。寵愛を受け、子を身篭れば王と縁戚になれる。そんな下心たっぷりに送り込まれた美女達は次々に身篭った。姫も王子もたくさん生まれる。だが、子供を身篭ると途端に王は女達に興味を無くした。生まれた子供を取り上げ、女達を国に帰す。

 残った沢山の子供達を王妃は全て自分の後宮で育てた。

 私もそんな姫の1人だ。姫はたくさんいるので、順番さえはっきりしない。とても中途半端なポジションだ。

 私は自分の立ち位置が何とも不確かなものであることを自覚している。その上、他の兄弟と違い、何故かわたしは部屋を出ることを禁じられていた。

 兄弟姉妹は後宮の中でのびのびと育っている。誰が産んだ子であっても、全てを自分の子として育てている王妃の人徳だろう。

 暴君と呼ばれる父と違って、王妃は人格者だ。

 私は16年間、部屋から出られない以外は不自由なく暮らしている。その恩恵を国に返すのは務めだと思っていた。

 一流の講師達に世情を学んだ私は自分の人生がそう悪くないことを知っている。世の中には、食べるものにさえ困る人間もいる。それに比べれば、何もしていないのに衣食住に困らない私は運がいい。嫁ぎ先の隣国も豊かなので、生活には困らないだろう。

(まあそれだけで、不幸ではないとは言えないのだけれど)

 そんな心の突っ込みは、心の中にだけ秘めておくことにする。

「アデリアはもっと自分勝手になっていい。自分のために怒ったり喚いたりしてもいいんだよ」

 ユリウスに心配な顔をされた。

 私は困る。

「カルスロード様は優しそうだし、政略結婚なのだから相手に恋人が居るくらいは許容範囲じゃない?」

 この結婚も条件だけ見れば、悪くない。

「どちらかと言えば、愛し合う恋人達を権力で引き裂く私は悪役ポジションなのではないかしら?」

 真顔でユリウスに問う。

「悪役はたぶん、そんな質問はしない」

 クラウスに苦笑された。

「不幸になるつもりはないから、悪役にはならないように気をつける。私は自分の部屋が一つあれば生きていけるから、今までとそう変わらない生活を送れば、そんなに悪い結果にはならないんじゃない?」

 希望的予想を私は口にする。

「私はアデリアにはもっと幸せになって欲しいと思っているよ」

 クラウスはとても優しい目で私を見た。

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