第3話 イエールズ国の王子

 私の馬車にはユリウスとクラウスが同乗した。2人はあの後、隣国に滞在して私の護衛をする許可を父王とカルスロード王子から取りつけた。

 隣国までは馬車で3日もかかる。馬車での長時間の移動に身体がついていけなくて、座っているだけなのにあちこち痛くなった。

 宿に着くと部屋に引きこもる。

 だがそこで困ったことが発生した。私は侍女を連れて来ていない。馬車で移動する3日くらい侍女が居なくても困らないと思ったが甘かった。

(馬車に乗るのは初めてだから、こんなに身体に負担がかかるなんて知らなかったのよ)

 世話をしてくれる人がいないことを後悔しても遅い。

(ベッドに横になったら動きたくなくなった。食事、どうしよう。お腹は空いているけど動ける気が全くしない)

 婚約者がいる女性が他の男を部屋に呼ぶのは外聞が悪いが、クラウスを呼ぼうと考えていると、部屋のドアがノックされた。

 返事をすると、王子とクラウスたちが入ってくる。何故一緒なのだろうと不思議に思っていると、理由が判明した。部屋に入れず困っているクラウスたちを見かけて、王子が付き合ってくれたらしい。

「お手数を掛けてすいません」

 謝ると、体調を聞かれた。大丈夫だが、夕食の席にはつけそうにないので、食事は運んで欲しいと頼む。

「わかりました。運ばせましょう」

 王子は約束してくれた。



 一眠りしていると、夕食の時間になった。ノックの音で私は目を覚ます。

 食事を運んできた相手を見て驚いた。王子の側近だ。王子も一緒に居る。

「わざわざすいません」

 私は食事を受け取ろうとした。だが、渡してくれない。側近はベッド脇のテーブルに私の食事を置いた。そして椅子を用意する。王子が座った。

「では、私はこれで」

 側近は一礼して、出ていく。王子は残った。

「あの……。どういうことでしょう?」

 私はかなり困惑する。

「こうでもしないと、2人で話が出来ないようなので」

 王子は苦笑いを浮かべた。

 私の側には終始、クラウスかユリウスのどちらかがいる。2人に下がるように言うことは出来るが、護衛が1人もついていない状態はあってはならないので、おそらく承諾しないだろう。2人で本音を話せるような状況を作るのは難しい。

「いろいろすいません」

 私は謝る。振り回している自覚はあった。

「いえ。謝るのは私の方です。突然、こんなことになりすいません」

 王子からも謝罪が返ってきた。結婚が突然決まったのは自分のせいだと考えているようだ。

「いいえ。父が勝手にしたことなので、謝るのはやはりこちらです。いろいろお困りですよね? その……、恋人とか。前触れもなく私を連れて帰られたら、ショックを受けられるのではないでしょうか? 大丈夫ですか?」

 申し訳ない気持ちで私はいっぱいになる。

「私のことは放っておいても大丈夫ですから、彼女の心のケアに尽力なさってください」

 私は自分の誠意としてそう言った。しかし、王子はムッと顔をしかめる。

「恋人はいないので大丈夫です」

 きっぱり言った。

(あれ? 話が違う)

 そう思ったが、噂とは違うなんて言えるわけもない。

「そうですか。差し出がましいことを申しました」

 謝った。

「姫は何か勘違いをされているようですが、この結婚は私から陛下にお願いしたのです。ただ、それが即日婚約、結婚という運びになるとはさすがに思っていませんでした。私の謝罪は何の準備もなく姫を国に招くことになったことについてです」

 王子の言葉に、私は驚く。その可能性は考えていなかった。どうやら王子には私の国から姫を娶る必要があったらしい。

(そうか。役に立てるなら良かった)

 望まれないより、望まれた結婚の方がいいに決まっている。

「そうですか。その言葉を聞いて、安心しました。良い妻になれるよう、努力いたします」

 私は約束する。

「良い妻になどなろうともしなくていいんですよ」

 王子はぼそっとそんなことを言った。

 それがどんな意味なのか、怖くて私は聞き返せない。その言葉は流すことにした。

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