15、6番目の姫。~悪役になる気はありません~

みらい さつき

第1話 婚約

  宮殿の大広間は賑わっていた。国賓を招いたパーティが行われている。

 いつもはパーティには呼ばれない私が呼ばれるくらいだから、参加している人数はかなり多い。

 大陸の半分以上を領地に持つ巨大なこの国には王子も姫もたくさんいる。私は15、6番目くらいに生まれた姫だ。こんなにたくさんいるのだから一人くらい居なくても気づかれないと思うのだが、そういう問題ではないらしい。普段はほぼ軟禁状態で部屋から出ることも禁じられているのに、こういう時だけ引っ張り出される。

 大人というのは本当に勝手だ。

 そんなことを考えながら、私は壁に凭れた。人ごみは得意ではない。人の注目を浴びるのも苦手だ。だが、私はどこにいても人の視線を集める。この国では珍しい、黒髪に黒い瞳のせいだ。この国の人々の髪色はたいてい明るい。瞳も青か緑がメジャーだ。黒髪に黒い瞳は海を渡った異国から嫁いできた王妃の国の特徴で、王妃と自国から連れてきたその侍女の数人しかこの国にはいない。私の母は王妃の侍女だったらしい。

「アデリア」

 不意にも名前が呼ばれて、私は驚いた。大きな声で私の名前を呼べる人物は一人しかいない。

「はい」

 私は返事をして、声がした方に向かった。

 父王が本日の国賓である隣国の王子と一緒に居る。

 王子の国はそれほど大きくはない。しかし鉱山を持ち、資源が豊富だ。この国としては友好関係を築きたい国の一つだろう。

 それに王子本人もとても有名だ。すらっと長身で、整った顔立ちをしている。モテるが、噂では自国の貴族の娘と恋仲らしい。

「お呼びですか? 父上」

 私はスカートの端を摘み上げ、優雅に挨拶をする。

 軟禁状態にあるが、私に施されている教育は一流だ。座学に礼儀作法など他国に嫁に出しても国が恥をかかないよう配慮されている。

「アデリア。お前の結婚相手が決まった」

 唐突な言葉に、驚かなかったといえば嘘になる。確かに私は16歳で姫としては適齢期だ。だが私には姉も多い。すでに嫁いでいる姉は5人ほどで、10人くらいは未婚で残っているはずだ。自分の順番が廻ってくるのは、まだまだ先だと私は勝手に思っていた。

「我が娘アデリアと隣国の王子カルスロードとの婚約を発表する。結婚式は三ヵ月後。アデリアは明日、カルスロードと共に隣国に旅立ち、向こうで結婚の準備を進めるように」

 決定事項として、発表と同時に私にも告げられた。

 王の決定に逆らえる人間はこの国どころかこの大陸にはいない。それをわかっていて、父王は勝手に宣言した。

「良いな?」

 声のボリュームを落とし、私に問う。

「……はい」

 それ以外の返事はなかった。

 早いか遅いか、どこの国かの違いはあっても、私が駒として嫁がされることは変わらない。自国に恋人がいる王子が相手では、愛のある結婚は望めないだろうが、そもそも政略結婚に愛なんてないだろう。

(私はいいんだけどね……)

 ちらりとカルスロード王子を見る。さすがに困惑の表情を浮かべていた。貴族や王族は感情を押し殺して顔に出さない教育を受けている。その王子が動揺していた。予想していなかった展開なのだろう。

(うちの暴君がすいません)

 私は謝りたい気持ちでいっぱいだったが、もちろん、そんな言葉を口に出せるわけがない。

「カルスロード様。明日の出発は何時になるでしょう? 準備をしなければならないので、時間を教えていただけますか?」

 私は頼む。

「ああ……」

 王子はちらりと後ろを振り返った。そこには王子と同じくらい長身の頭が良さそうな顔のイケメンがいる。王子の側近なのだろう。彼はよく通る凜とした声でスケジュールを説明してくれた。わかりやすく、必要なところだけ伝えてくれる。そうとう頭の回転は早そうだ。

「わかりました。では、出発の30分ほど前に馬車乗り場でお待ちしています」

 私は王子ではなく直接彼に尋ねる。王子を通すより早いと思った。

 ちらりと彼は王子を見る。

「それでお願いします」

 頷いた。

「では、お父様。私、明日の準備がありますので今夜はこれで失礼させていただきたく存じます」

 退室の許可を願う。

「わかった。明日の出発に遅れぬように」

 釘を刺すようにそう言われて、私はスカートを摘んでお辞儀でそれに応えた。

 王子にも同じように挨拶する。

 王子ももう動揺はなかった。

 私はそそくさとパーティ会場を後にした。

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