第二章 少しずつ歩み寄る君との恋
すっかり日課になっているマティアスへの手紙は、一日も欠かしたことがない。
エミーリア自身も不思議になるくらいに、書く内容は尽きないのだ。庭の鳥の巣のこと、その日エミーリアが体験したこと。
今日はティータイムで食べたレモンパイについて書かなければ。ほどよく甘くてさっぱりしてとても
(陛下の好みではないかもしれないけれど)
何回か会ううちに、エミーリアはすっかりマティアスが大の甘党であることを
「くしゅっ」
「あら、お
「大丈夫よ、風邪なんてひいていられないわ。だって
週に一度、エミーリアが堂々とマティアスに会える日なのだ。
そんな大事な日の前日に風邪なんてひいていられるものか。
しかしその夜エミーリアは見事に熱を出してしまった。
「しっかり休めば熱は下がるとお医者様も言っていましたから、安静にしましょうね」
ベッドに押し込まれたエミーリアは
「まって、ハンナ。今日の分の手紙をまだ書いてないの……!」
「
「そんな! 陛下にお
ベッドの上で手紙を書くなんて
エミーリアとしては最低限でも身なりを整えた上で、マティアスへの手紙を書きたい。
「手紙からは書いたときの相手の格好なんて伝わりませんよ!」
どうしても手紙を書きたいのならベッドの上で! というハンナの
結局エミーリアが折れてベッドの上でペンを
◆◆◆◆◆
コンコン、というノックの音とともに「失礼します」と文官がやってくる。
思わず顔を上げて、マティアスは文官と目が合った。
「どうした」
「え、いえ……こちらが提出された報告書です」
「ああ、そこに置いておけ」
マティアスは再び、
「なぁ。もしかして、なんか待っている?」
部屋の
「……いや、別に」
「だっておまえ、
ヘンリックの
「あ、そういえば
にやにやと笑うヘンリックに、マティアスは無表情で「そうだったか」と答える。その顔があまりに無表情すぎてかえって気にしていることがバレバレになっていることには気づいていない。
「いつもならとっくに届いている頃だもんな? 今日は
エミーリアからの手紙はだいたい夕刻には届く。そのためマティアスは日が暮れてから最初にとる
「……そういうこともあるだろう」
むしろ、今まで毎日欠かすことなく手紙が届いていたことのほうが
それは裏を返せば、それだけ
ふと、マティアスは温室での出来事を思い出した。
自分と温室の花を重ねているエミーリアは、
温室の花というよりも、
会話をしているうちにエミーリアがふわりとした
ありがとうございますと笑う姿はマティアスの
──手紙を書けないほどの何かがあったのだろうか。
そう思うと、なぜか落ち着かなくなる。
「気になるなら
「……必要ない。どうせ明日には顔を合わせる」
明日はエミーリアとの約束が入っている。あと半日もすれば顔を合わせるのだから、手紙が届かない程度で
「けっこう気になっているみたいだからさ?」
にやにやと笑うヘンリックに、マティアスは
気にはなる。それはもちろん、当然だろう。
だがそれまでだ。気になったところで、今すぐに行動する理由はマティアスにはまだない。
◆◆◆◆◆
お父様は、
お父様に似たお兄様は金の髪、お母様に似たお姉様は白銀の髪。
きらきら、きらきら。それはとてもうつくしく、宝石のように
ならわたくしは?
……わたくしの髪は?
「エミーリアはひいお
お母様はいつもそう言って
「
お姉様はいつもそう言って
でもお姉様の髪は綺麗な白銀の髪で、いつもきらきらとしていて、わたくしは
だってわたくしは知っていた。家族以外の
シュタルク公爵家の次女は、期待したほど美人ではない、と。幼い頃からそう思われていることに気づいていたし、社交界にデビューしてもそれははっきりと
だからわたくしは努力した。
容姿はどうにもならなくても、せめて中身だけは公爵家に
けれどときどき、
ねぇ、わたくしが綺麗だったら、物語にあるみたいに陛下もわたくしを一目で好きになってくださったかしら?
「君の髪は、やさしいミルクティー色をしている」
声がしてわたくしは
金の髪の少年が、庭園の中に立っていた。年頃はちょうど今のわたくしと同じくらい。
「わたくし、あなたにそう言っていただけてから、ミルクティーがすごく好きになりました」
それまでも
話しかけたところで少年は答えない。
夢なのだとわかっていた。気持ちが
こんなに地味な
……けれどそうよね。
あなたはこの髪を褒めてくださったけど、ミルクティー色の髪が好きだとは言っていなかったものね。
──ふ、とエミーリアが目を開けるとやわらかな朝日が飛び込んでくる。
(……ゆめ)
夢の中でこれは夢だとわかっていても、目を覚まして現実を認識すると、ああ夢を見ていたのだと思う。
温室に行ったあの日から、少しはマティアスに近づけた気がしていたけれど、その後は特に進展がない。結局エミーリアは「
婚約期間はおよそ一年。結婚式が近づけば近づくほどエミーリアもマティアスも忙しくなるし、このままでは結婚式までにマティアスと恋人同士になれるかどうか
ふぅ、とため息を
深く息を
ちょうど
「あら。おはようございます、お
「おはよう、ハンナ」
ベッドの
「体調はどうですか? 顔色よくなりましたね」
「もう平気そうよ。熱も下がったみたいだわ」
心配
「それでも今日はお城へ行くまではゆっくり休んでいてください。もしかしたらタチの悪い
「でも……」
「本当は今日お会いするのは
じとりとハンナに
「か、風邪じゃないから! ちょっと体調を
せっかくマティアスに会える貴重な時間なのに、自己管理ができていなかったなんて理由でキャンセルにしたくない。
必死でもう
「そうですね、もう平気そうですけど、出かけるまでは念の
「……はい」
マティアスのことを引き合いに出されると弱い。エミーリアは大人しくハンナに従うことにした。
わたくし、恋愛結婚がしたいんです。 カタブツ陛下の攻略法 青柳 朔/角川ビーンズ文庫 @beans
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