第8話 反省会
放課後。
俺と川野は、校舎裏の外階段に腰かけて反省会をひらくことになった。
せっかくなら、せめて駅前のファストフード店とかに行きたいところだけど。俺の方から誘うのは怖い。
なんか学校の外だとデートみたいで、舞い上がってしまう気がする。でも、川野はたぶん俺のことを異性と意識していないだろうから、完全に一方通行だ。その現実を直視するのは辛い。
「乾杯」
二人で缶コーヒーを掲げて、祝杯を挙げる。
さすがに日が傾いてきているので、ちょっと寒いから、二人ともホットコーヒーだ。
「今回は、本当に大沢君のおかげで無事解決できました。ありがとうございます」
川野が丁寧に頭を下げた。
「ああ……よくわからなかったけどな」
なんとか解決したっぽいけれど、そもそも、桜田は仲間を増やして何をしたかったのだろう。というか。本当にあれで、世界征服とか出来る方角に向かっていたのだろうか? いや、そこを俺が心配する必要はないとは思うんだけど。異世界のやつらが何を考えているのかは、全く理解ができないままだ。
「あのあと、高岡くんと桜田さんの様子を確認してきましたが、一応、大丈夫そうでした」
「一応?」
俺は首をかしげる。なんだか歯切れが悪い。
「異世界の干渉は解けたはずなんですけどね、高岡君はなんかあまり性格良くなくて、干渉が完全に解けたスッキリ感がなくて」
川野は呆れたようにため息をつく。
「もちろん、異世界の干渉を受けた時期の記憶ってのは、解放された時点である程度は曖昧になってしまうものなんですけど、彼には受けた時期に自分がやったことへの反省があまりにもないんです。ちょっと普通じゃありません」
たいていは文字通り憑き物が取れた感じになって、過去の自分を悔いていることが多いと、川野は説明する。
「ふーん。じゃあ、斎藤さんに声掛けとかさせたこととか、反省してないんだ」
「ええ。まあ、あまり覚えていないってこともありますけどね」
あまり覚えていないのなら、反省しようがないというのはあるかもしれないけれど。斎藤の自分への恋慕を利用していたのに勝手な奴だ。
「先ほど確認したら、購買部の店員さんに暗示をかけて、不審に思わないようにしていたのは、彼の方でした。もちろん、桜田さんの指示だったんだけど、もともと悪党の素質があったみたいです」
よほど悪印象だったのだろう。川野の高岡の評価は最低評価のようだ。
「というか、あのひと、寄ってくる女の子は全部自分に気があるって思うみたいで、失礼しちゃう感じでした」
「ふーん。二枚目だから、実際、そういう女の子が多いんだろうな。ついでにちょっとわがまましても、周りが許しちまうんだろうよ」
俺は缶コーヒーを口にする。
世の中には『ただし、イケメンに限る』って言葉があって。俺らがやったらヘンタイ扱いされることでも、高岡とかだとかえって喜ばれたりすることは多々ある。不条理ではあるが、それが現実というものだ。
「あんなひと、顔だけです。なんですか? 大沢君は、どうして高岡君の肩を持つんですか?」
川野がぷくっと頬を膨らました。こういうことを言うと怒られそうだけど。
川野は、そういう表情も反則的に可愛い。
つい見惚れてしまいそうになり、俺は鼻の頭を掻いてごまかした。
「別に持ってねえよ。ま、羨ましいとは思うけど。俺なんて『好き』って言われただけで、動揺しまくったもんなあ。相手が本気じゃないの、まるわかりなのに。告白なんてされたことないから、すぐ舞い上がっちゃうんだよね。免疫なくてさ」
俺は肩をすくめた。
桜田の術にハマったのは、やっぱりモテない男のサガだと思う。理性で違うとわかっていても、動悸がとまらなかった。
「桜田さんに、好きって言われて、嬉しかったということですか?」
川野の顔がさらに不機嫌になる。あまりにもふがいないと思っているのかもしれない。
「普通は誰かに好かれたら嬉しいだろ? 川野は嬉しくないのかよ?」
「相手によります」
川野は不機嫌な顔のまま答える。
そうか。川野クラスの美少女は告白されるのも慣れているのかもしれない。だったら、好きじゃない相手に好きだって言われて、迷惑だって思った経験もたくさんあるわけだ。そりゃ、俺の気持ちを理解するのは難しいだろう。
「なるほどな。そうか。川野だとそうなのかもな」
俺はため息をついた。
「まあ、なんだ。せっかくスカウトしてもらったけど、俺はへっぽこだってことだな。しょせん、俺はモブだし」
モブの俺とヒロインの川野では住んでいる世界が違うのだ。見える世界が違って当然である。
「そんなことないです。大沢君の囁きは優秀です。ものすごい破壊力のあるイケボだと思います」
「破壊力ねえ」
何度聞いても意味が分からない。
「試してみたらどうですか?」
「試す、ねえ」
川野は俺に自信をつけさせようとしているのかもしれない。ちょっとしたことなら、言うこときいてあげるみたいな感じなのかも。
ジュースおごれって言ったら、おごってくれるみたいな。
だったら。俺は少しだけ意地の悪いことを思いついた。
身体をのばして、川野の耳元に口を近づける。
「俺にキスして」
さすがにそれは無理だと思う。平手打ちされる覚悟で囁いてみた。
川野は何も言わず、瞳に俺を映している。
不意に。細くて長い指が俺の顔を包んで、柔らかい唇が俺の唇に触れた。
「へ?」
触れていた時間はそれほど長くはなかったけれど、唇が触れた感触は間違いなくて。
「……信じてくれました?」
川野がはにかみながら微笑む。
「大沢君は、私にとってはモブなんかじゃないです。ファーストキスなんですから、ありがたく受け取ってくださいね」
「あ、あぁ」
自分で吹っ掛けておいてなんだけど、全然事態が把握できない。
ええと? 俺、川野とキスしたの? っていうか、俺、川野にキスされた? それともキスさせたの?
よくわからない。
「そろそろ帰りましょう。明日から、また忙しくなりますし」
「え? それはどういう意味?」
立ち上がった川野は俺の腕をとり、ウインクをした。
「終わったのは、焼きそばパンの件だけです。異世界侵略防衛隊の仕事は続きます」
「……そうなの?」
まだ、このへんてこな異世界侵略防衛戦は続くんだ。
日が傾いて、影が長く伸びる。
東の空に、一番星が輝いていた。
了
異世界侵略防衛戦記 イケボは世界を救う 秋月忍 @kotatumuri-akituki
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