僕がころしたのは?

浅桧 多加良

 


 あの男だけは殺しておきたい。これは僕の願いだった。ずっと彼奴からは小学校からいじめられて、それが中学三年になった今でも続いていた。僕は長年の相当な憎しみが有って、今日の出来事で彼を殺す事を決心した。


 家で包丁を取るとそれを懐に忍ばせた。どうしてか、家には家族の誰もいなくて、普段なら家事をしているお母さんも、今頃は学校から帰っている妹も、いっつもテレビを見ているじいちゃんまで居なかった。


 でも、そんなのも僕は気にしないで家を出掛けてひたすら歩いて奴を探して街をふらついた。


 今の僕はかなりのオーラでも放っているのか、周りの人達は僕に気付いていない様にしていた。そしてやっと街の本屋で奴を見付けた。


 楽しそうに仲間達と笑い合っている。そんな姿までもが憎らしい。僕は一度奴の事を観察してから殺すことにした。


 奴はその仲間達にも傍若無人な振る舞いをしていた。それでも周りはそんな事を気にもしてない様子で笑っている。どうして奴なんかにこんなに友人が居て、僕にはそれが居ないのだろう。


「しかし、あの馬鹿は救いようがないな!」


 奴が馬鹿と呼ぶのは僕の事だ。こんなに近くにかくれもしないで僕が居るのに奴はそんな事にも気付かずに僕の話をし始めたみたいだ。


 僕はその会話を聞くために雑誌を持って奴の方へ近付く。


「きっとあの馬鹿から恨まれてるよ」


 いつも奴と一緒に居る子分の様な奴が言っていた。確かにそうだ。僕は恨んでいるよ。きっと僕が死んだら奴を呪って殺すだろう。でも、そんな事にはならない。もう今日奴を殺すから。それで僕は自由だ。


「恨まれたってどうするんだ? あんな馬鹿が仕返しを考えたって、返り討ちにしてしまうって」


 ケラケラと奴らが笑っていた。そんな風に楽しんでいるが良いさ、君の人生はもう終わりなのだから。


 ちょっと店には迷惑な奴らはそれからも本屋で時間を潰して、やっとの事で帰り路についた。段々と仲間が離れてゆく。僕が狙っていた時間が近付いている。


 僕は奴が皆と別れた時を狙っている。それも気付かれない様に近付いて、この包丁で殺す。なんともズルくてしょうがない殺し方なのかもしれない。でも、奴に気付かれたり、他の仲間が居る時だったら恐らく僕は簡単に取り押さえられてしまうだろうから、こんなに卑怯でも確実に殺せる方法を考えたんだ。


その時間は段々と近付いている。奴の仲間が段々と減るのは死へのカウントダウンだ。


 僕はもう一度懐の包丁を確かめた。ただの安物の文化包丁だけど切れ味はそれなりに良い。これなら十分に奴を苦しめ死に至らしめるだろう。その時が楽しみだ。


もう奴のカウントダウンはラストの1になっている。するといつも一緒に居る子分が、帰ろうとしたときに 振り向いた。その時に僕は直ぐにかくれたけれど、目が合ってしまった。


 バレたなのかもしれない。


「どうかしたのか?」


「ちょっと、誰か居た気がして…」


 馬鹿だ。子分は俺に気付かなかったみたいで、そんな事を言って別れた。本当にこれでカウントダウンは終わりを告げた。僕は姿をかくしていた建物の影から飛び出すと、奴に向かって指を突き付けた。


「お前なんか! 殺してやる!」


 派手に叫んだ。けれど、奴は全く振り向かなかった。それどころか僕の声に気付いてないふりまでしている。


「嘘じゃないからな!」


 こんなに叫んでも奴は気付かない。どうしてなんだ。僕は不思議に思ったけど、その時やっと奴が振り向いた。


 ちょっと不思議そうな顔をして、辺りを見渡している。どうしたんだ。僕が今、叫んだんだよ。ふざけるのも良い加減にしろ。


 奴の態度に僕は更に腹が立って、包丁を取り出す。


 僕はもう人殺しになるんだ。家族には悪い事をするんだろうな。でもこいつだけは許せないんだ。頼むから許してくれ。


 僕はそんな風に思って、奴に向けて走り始めた。包丁の切っ先を奴に向けて体当たりをするように背中を狙った。


 包丁は骨の間を通ったのか、全く抵抗も無く奴の背中に深く刺さっている。こんなに人を刺した時は感触が無いのだろうか。想像していたよりもずっと気分が悪い。


 僕は震えながら後ろに下がった。包丁を引くけれどやっぱり感触は無い。気味が悪い。


 けれど、その気味の悪さは別でも有った。奴は僕が刺したのに平然と振り返った。


「誰か、居たのか?」


 とても不思議そうな顔をして、のんびりとそんな風に言っていた。そしてふと気付いた様に横に有った総合病院を眺めている。


「気のせいか…」


 そう言うと奴は普通に歩き始めてしまった。


「どうしてなんだよ。なんで死なないんだ!」


 僕は訳が解らず、それからも包丁で奴を刺し、斬り付け続けた。しかしどれも空を切っているみたい。全く血も出ない。


 おかしいと思って僕は奴の背中に触れてみた。


 奴の背中が寒かったのかブルブルッと震えた。しかしその時、僕の手は奴の身体を通り抜けていた。


「どういう事なんだよ。黙ってるなよ!」


 僕が驚き怯えていたけれど、奴はそんな事も気にしない様子でそのまま歩き去ってしまった。


 呆然と道端に僕は立ち尽くした。夢でも見ているのだろうか。悪い冗談だ。どう考えても全く意味が解らない。


 すると急に誰かに呼ばれた気がする。それはずっと横に在る病院から聞こえた気がしてそっちに脚を進めた。


 病院の一室で僕の事を家族のみんなが泣いて呼んでいた。お母さんも、お父さんも、妹も、おじいちゃんさえも。


「みんな、どうしたの?」


 僕が現れてもずっと家族は泣き続けて、返事もしてくれない。そしてみんなは真っ直ぐ前にある白い布に向けて僕の名前を呼んでいた。ドアの所からではそれがなにか見えなかったので近付くとそれは、僕だった。


 その時になってやっと思い出した。僕は奴のいじめに耐え兼ねて自殺をしたんだった。僕の殺したのは奴では無くて自分だった。そして死んでも恨みなんて消えずに奴を殺そうとしていたんだ。


なんと愚かなことだろう。人を殺すよりも家族に悲しい思いをさせてしまった。僕は本当に馬鹿だ。こんな事なら自殺しないで、奴を殺してでもちゃんと罪を償っていれば、家族もこんなには泣かなかっただろうに。そう思ったら僕は涙が流れてしまった。


 奴が居なければみんな僕の家族はこんなに悲しい思いをしなくてすんだのに。どれだけみんなが無いても僕の憎しみは消えなかった。


 そして次の日、僕が自殺した事が新聞に載った。そこには原因は不明とされていた。けれどその横の方に小さくではあるが、奴の名前も有って、突然の心臓発作による不自然死と言う事だったが、これは僕の恨みが通じたのだろう。


おわり


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僕がころしたのは? 浅桧 多加良 @takara91

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