第4話 初めての読者?

 中学のころ、文芸部に入っていました。

 一年生で初めて会誌に載せてもらうとき、締切も近いので、自分の部屋でひそかに夜更かしして原稿を描いていました。


 結末までひととおり書き終えて一息ついたのは丑三つ時。家族もすっかり寝静まっていました。


「○○○○」


 ふと、私を呼ぶ声がしました。

 家族の誰とも違う声です。欠伸混じりの寝言なら変な声が出ることもあるかもしれません。けれどその時は、小さな声ながらまるで同じ部屋で肩を並べているかのように近くから聞こえてきたのです。


 そのときは、驚きよりもどうにか結末に漕ぎつけた嬉しさと疲れと眠気が上回っていました。

 なので空耳だと思って、机の上を片付けてベッドに入るとすぐ眠ってしまいました。

   


 母方の大叔母が丁度そのとき亡くなったと、後で知りました。

 田舎によくある近所にして親戚という人で、とても可愛がってくれました。幼い頃は絵本をたくさん贈ってくれたものです。

 5月の連休で遊びに行ったとき、友達と文芸部に入った話をしたばかりでした。


 旅立ちの挨拶に来てくれたのだと思っています。

 けれど不思議なことに、そのとき聞こえたのは本名ではありません。

 決めたばかりの、原稿を提出するまで誰にも言わずにいたペンネームだったのです。



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大丈夫、怖くないよ。 蘭野 裕 @yuu_caprice

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