第5話
山の麓まで吹き飛ばされたアルドは仲間が負傷していないかを確認した。
「みんな、無事か?」
「ああ。何とかな」
「各部位、異常アリマセン。アルドさんハ?」
体は痛むがだからと言ってこのまま手をこまねいているつもりはない。
「大丈夫だ。よし。すぐに戻ろう」
酉の玉璽を使って一気に跳ぼうとしたその時。
「待つでござる!」
制止する誰かの声が聞こえた。
後ろを振り返るとカエル姿の剣士が立っていた。間違いなくアルドの仲間の一人、サイラスだろう。
だが、その立ち姿には言い難い違和感があった。そして今までの経験からそれがサイラスではないとわかっていた。
「お前は一体誰だ?」
「拙者は巳の干支。貴殿らに警告しに参った」
「警告? 何を?」
「子の干支は信用しない方がよいでござる」
「……」
いきなりの不躾な言葉だが、無視するわけにもいかない。
「お前がラクソンを信用しない理由はなんだ?」
ヒイナからも厳しい言葉が飛ぶ。
「簡単でござる。本来ならば真っ先に伝えなければならぬことを伝えていないでござる」
「何デスカ? ソレハ?」
「玉璽の正体でござる」
「正体? 玉璽はこの世界の核のようなものだって聞いてたけど……」
「その通りでござる。ですがそれ以上に重要なことがあるでござる」
「重要なこと……?」
「玉璽の力の源は干支である瑞獣そのもの。干支の魂がその玉璽に収められているでござる」
ぎょっと掌中の玉璽を見る。そうすると彫刻が今にも動きそうなほど生々しく感じられた。
「妙だな。では妾たちが見たラクソンは何者だ? そしてお前はいったいなんだ?」
「拙者は玉璽の影法師。しかしながらラクソン、奴こそ玉璽を奪い、この世界をわが物にしようとする大罪人でござる」
「お前はラクソンが俺達を騙してたって言いたいのか?」
「然り。玉璽について黙っていた理由も明々白々。その玉璽を使い続ければいずれ玉璽に魂を乗っ取られるのでござる」
「玉璽を今まで持っていた人たちみたいに?」
巳は重々しく頷いた。
筋は通っている。バルオキー村の村長は暴走が特に激しかったが、玉璽を常に使用していたからではないだろうか。
「建国神話のネズミの所業はご存じでござろう? 卑劣な輩でも矮小な役柄を演じれば疑われないと考えて変装していたのでござろう。拙者は貴殿らをお助けしたいのでござる」
アルドは腕を組んで考える。
今まで迷い家に来てからの行動。ラクソンの言動を思い返す。
言葉は腹の底からすんなりと出た。
「悪いけどお前は信用できない。俺にはラクソンがそんな悪人だとは思えない」
「な、何故でござる!? あんな姑息な男を……」
「確かにラクソンは臆病で情けないわりに結構調子に乗りやすいけどさ。でもあいつは仲間を裏切るような奴じゃないよ」
「だが貴公らを裏切って……」
「違う。そうじゃない。あいつは必死で、命を懸けて守ろうとしていた」
「守る!? 何を!?」
「玉璽を。あいつはずっと守っていたし、玉璽を大切にしていた」
玉璽を手にしたとき。その逆で玉璽を渡すとき。いつも玉璽を愛おしそうに見ていた。そしてさっき雪崩に呑まれることさえも覚悟して玉璽を守ろうとした。
玉璽に干支の、仲間の魂が封じられているのならそれも納得だ。
「確かに納得だな。妾もラクソンを信じよう」
「同意シマス。ラクソンさんは人間ではないので赤外線パターンなどが読みづらいデスガ、重大な虚偽を重ねている可能性は低いと提言シマス」
三人ともラクソンとそう長い時間を過ごしたわけではないがだからと言ってラクソンを何も信頼できないほど浅い関係だったとは思わないのだ。
「もしも騙されていたらどうするでござる?」
「そうだな、その時は……」
ふっと笑みを浮かべる。どんな意味なのかはアルド自身にもわからなかった。
「俺の人を見る目が間違えていただけだ。別にラクソンを恨んだりしないよ」
ついに黙り込んだ巳はアルドたちを燃えるような瞳で見つめていた。
白い雪が再び降りしきる中、沈黙を一つの声が破った。
「いやいや。そんなに信頼されているとは思わなかったでやんす」
「ラクソン!? どうしてここに!?」
雪を踏みしめていたのはベルトラン……干支の戌に肩を貸しているラクソンだった。
「戌が玉璽を使ってくれたでやんす。その効果は自分または周囲の誰かと信頼関係がある誰かのもとに移動する。……あっしなんかにこれを使えるくらい信頼してくれていたこと、誠に感謝するでやんす。言い訳に聞こえるかもしれないでやんすけど……玉璽のことを黙っていたのは皆さんに心配をかけたくなかったでやんす。少し持っているだけなら影響も少ないはずでやんすから」
肩を貸しながら、ネズミの頭を下げる。
「別に大したことじゃない。それよりも……」
「ハイ。治療を開始しマス」
羊の玉璽を使いつつ、気絶しているらしい戌とラクソンを手当てするリィカ。だがラクソンはバツが悪そうだった。
「ただそのう……皆さんにお話していないことがまだあるでやんす」
「話? なんだ?」
「あっしはが玉璽を奪われていない理由でやんすけど……実は招集をかけられても参加してなかっただけでやんす。あっしは、そのう、サボっていたというか怠けていたというか……もしもあっしが真面目に働いていればこんなことにはならなかったかもしれないでやんす」
ラクソンとしては断崖に身を投げ出す覚悟の告白だったのだろう。だろうが……。
「いや、正直そんなことじゃないかと思ってたぞ」
「ええ!?」
「妾も同感だ。露骨に話題を逸らしている時も少なくなかったしな」
「そ、そんなあ」
情けない声だが、むしろ安堵の響きがあった。治療もおおよそ終わったらしく、四人は巳に向き直る。
「ラクソン。あいつに見覚えはあるか?」
「無いでやんす。ですが、恐らくあれは偽物でやんす。巳はそういうのが得意な干支でやんした。玉璽も同じような力があるはずでやんす」
ピンと空気が張り詰める。すると巳は諦めたように哄笑した。
「くっくっく。ここまで疑われちゃしょうがない。俺は偽物だよ」
サイラスの姿を借り、干支の身分さえも詐称した何者かはいやらしい表情を浮かべながら舌なめずりをしていた。
「お前……何者だ」
「ああそうだな。この姿はもう飽きた」
黒い靄が巳を包むと……白い獣が姿を現した。
「俺はサイバラ。イタチのサイバラだ」
白い雪よりも白い毛皮を持ったイタチが凶暴な笑みを浮かべている。
対するアルドたちも異様な雰囲気を纏うサイバラから目を離せずにいた。
「イタチか。干支の建国神話にそのような動物はいなかったと記憶しているが……」
ヒイナの独白にサイバラは不愉快そうに口をゆがめた。
「だろうな。お前たちは忘れてしまっているだろうな」
「どういう意味だ?」
「知る必要はねえ! 俺はお前たちを倒して今度こそ玉璽を手に入れる!」
「あっしたちに玉璽を集めさせたのはわざとでやんすか」
「そうとも! 玉璽の制御に失敗した俺は二つの玉璽を除いて玉璽に触れることができなくなった! だが一旦主を定め、大人しくなった玉璽ならもう一度手にすることも可能なはずだ!」
「そこまでして玉璽を手に入れて何をするつもりなんだ!」
「この世界を、建国神話を空想のおとぎ話じゃない……現実に起こったものにする! 過去の改変が可能なら現実の改変も可能なはずだ!」
「あなたハ……この時代の住人ではありマセンネ?」
「この時代よりはるか過去から来た来訪者だ。だからこそこの世界を真実のものにする。いや、しなければならない! お前たちと今までここに集めた連中は生贄になってもらう!」
「生贄……?」
「……玉璽の機能でやんす。玉璽はここのお客の感情を力に変えているでやんす。だから使いすぎれば玉璽に飲み込まれるでやんすが……もっと強引に他人の命を吸い尽くせばより強い力を使えるでやんす。それで自分の目的を果たすつもりかもしれやせん」
「それが行方不明者を誘い込んだ理由か!」
あまりにも身勝手な理由にヒイナも叫ぶ。
「だからどうした! 今まで散々楽しませてやったんだ! ここで俺の為に命を捧げろ! こい! 辰!」
ばさりと翼を広げた獣が舞い降りると、サイバラの体と溶け合うように一体になった。
白いイタチが巨大に、さらに凶暴な姿となって再臨する。
「これが辰の本来の使い方だ! てめえらみんなばらばらにしてやる!」
「冗談じゃない! いくぞみんな!」
各々の武器を携え、巨獣へと立ち向かった。
迫るサイバラの爪をアルドが受け止める。その懐には丑の玉璽が輝いている。
合間を縫ってヒイナとリィカがそれぞれの攻撃を仕掛ける。
「効くか! そんなもの!」
巨体から繰り出される攻撃はいずれも力強く、掠めただけでも致命傷になることは想像に容易い。だからこそこちらも玉璽を使う必要があった。
寅の玉璽が輝き、サイバラの動きを止める。これこそが寅の玉璽の力。以前試した時使えなかったのは使う相手がいなかったからなのだろう。
隙を見逃さず、全員が渾身の力を込めて攻撃する。
だがそれでも巨獣はひるまない。その全身に力を漲らせ、アルドたちを打ち負かそうと爪牙を振るう。
「やはり正攻法では無理か」
ヒイナがちらりと後方で隠れているラクソンに視線を向ける。ラクソンの玉璽の力、他の玉璽を無効化する力を使わなければ勝ち目はありそうもない。
「問題はどうやってラクソンさんをサイバラに近づけさせるかデスネ」
ラクソンははっきり言って弱い。とてもじゃないが今のサイバラに近づいただけであっさり殺されてしまうだろう。
「いや、何とかできるかもしれない」
アルドは最後の玉璽、申を握りしめた。
暴風のように暴れるサイバラ。
そこに午の玉璽で強化した膂力によってヒイナが大岩を叩きつける。しかし驚くべき敏捷性を発揮したサイバラは悠々とそれを躱す。
だが巻き上げた雪によって視界は遮った。
「ふん! 小賢しい!」
ただ腕を振るうだけで雪煙が晴れるほどの怪力。開けた視界を見渡すと————辺りには誰もいなかった。逃げたか? 一瞬そう思ったサイバラだったがすぐに敵の作戦を看破した。
「そこだ!」
何もないはずの空間を薙ぎ払うとアルド、リィカ、ラクソンの三人が吹き飛ばされた。
「卯の玉璽で透明になって奇襲するつもりだったか! 間抜けめ! 雪上なら足跡でおおよその位置くらいわかる!」
勝ち誇るサイバラ。アルドたちは動かない。
「結末はあっけなかったな。これで終わりだ!」
その腕を振り下ろす。だがその刹那。
「いいや。終わるのはお前でやんす」
ラクソンの声と、玉璽がサイバラを貫いた。
みるみるうちに縮む体。玉璽の力がサイバラから失われ、倒れていく。
「な、何故だ!? お前はそこで倒れて……!?」
倒れているラクソンが起き上がり、その姿はヒイナに成り変わった。いや、正確にはヒイナがラクソンに変身していたのだ。
「巳の玉璽!? 何故お前が!?」
「申の玉璽だよ。これは玉璽を使っている相手に触れるとその玉璽と同じ力を一時的に使えるようになるらしい」
つまり三人はラクソンの囮になったのだ。
種明かしをすれば単純な作戦だが、それだけに騙されたサイバラの衝撃は大きい。
「くそっ! くそ! こんなしょうもない罠に引っかかるなんて……!」
「もう諦めろ。イザナから攫った人たちも解放してもらうぞ」
「できるかあ! こんな、こんな結末は認められない!」
「サイバラ。お前はどうしてそこまでするでやんす? あっしらは人々を楽しませるために……」
「それを、お前が言うかああ!」
サイバラの予想以上の怒声に思わず後ずさる。単なる欲望だけではこれほどまで怒れないだろう。
「俺は過去から来た。時空の穴だったか? あれを通ったが、ここに来て一番驚いたことはな! 俺自身がどこにもいなかったことだ! それどころか誰一人として俺を覚えていないかった!」
アルドはぎょっとしてラクソンを見る。ラクソンも顔から血の気が引いていた。
「俺達は迷い家の住人だ。そしてここの住人は現実の人間の記憶から失われると存在が消える。ただ死ぬだけじゃない! 初めからいなかったことになるんだ!」
アルドはようやくサイバラの憎しみの一端を理解した。
誰かが故人のことを覚えている限り、その人の中で死者は生き続ける。ならば、もう誰も記憶に残っていない人は完全なる死を迎えたことになる。
サイバラはそれが許せない。
自分のことを忘れ、それでものうのうと生きている人間。そして迷い家の住人。それらを許せない。
「俺の役割は滑稽だった! 競争に参加すらできず神にみじめったらしく報酬をねだる役どころだ! それでも俺はそれが役割だと言い聞かせて必死に演じていた! その結末がこれなのか!?」
「サイバラ……それでも。あっしたちはここの住人でやんす。現世の人々に迷惑をかけるわけにはいかないでやんす」
悲しく断言したラクソンの言葉を聞き入れる様子はない。
「なあ! あんたらも創られた存在なんだろう!? だったら、俺の気持ちがわかるはずだろ!?」
サイバラの言葉はヒイナとリィカに向けられたものだった。
「……正直に言えばわからなくはない。身勝手な理由で絡繰を打ち捨てる人間もいたのは確かだ。だが……それでもむやみに他者を傷つけるわけにはいかんのだ。……それが妾の誇り。それなくば意思無き人形と変わらん」
「ワタシはあなたのいうことがよくワカリマセン。ですが、すべての人々に悪意があるわけではアリマセン。ワタシにただの道具以上の心を注いでくれた人がいるのデスカラ、その人を裏切りたくはアリマセン」
リィカとヒイナの答えを聞いたサイバラは悔しそうな顔をした。どんな意味だったのかはわからない。
「サイバラ。もう終わらせるでやんす。人が死ぬように、物語も終わる時が来るでやんす」
「……いや、もう遅いさ。迷い家への道は閉じかかっている。俺が死ねば時空の穴を通り抜けられるのはあと一人だけ。そういう風に玉璽を使った。実際にお前たちは一人しか通れなかっただろう」
「「「「!」」」」
四人の声にならない驚きが場を支配する。
「そこの人じゃない二人は問題ないだろう。だが、帰れるのはあと一人だけ。残念だったな」
「待つでやんす! あっしたちは迷い家の住人! 死んでもまた現れるはずでやんす!」
「さっきも言っただろ。俺はこの時代では消えている存在だ。復活せずこのまま消える。やがてお前の記憶からも」
突き付けられたのはどうしようもない現実だった。迷い家に詳しいラクソンでさえも反論できないということは恐らく事実なのだろう。
だが、ヒイナは奇妙な質問をした。
「サイバラ。お前がここにやってきた時空の穴はまだあるのか?」
「ある。だがそこも迷い家出入口だからな。そこから出てもすぐに道が閉ざされることは変わらないぞ」
サイバラの嘲弄を無視してふたたび尋ねる。
「お前たちは忘れ去られれば消えると言ったな。もしもたった一人でもお前を覚えていればお前は消えないのか?」
「さあな。断言はできないが、消えないだろう」
嘲弄から困惑に近い声音に変わる。アルドもラクソンもヒイナの思惑がわからなかった。だがリィカはおおよそ察していたのかもしれない。
「ならばやるべきことは単純だ。妾が過去に戻りそのままサイバラのことを覚えていればよい」
あまりにも重い覚悟を軽く言われて絶句する。
「まさか、サイバラが来た時空の穴を戻るのか!? 危険すぎるだろう!? それにどれくらいの時間が流れるのかわからないぞ!」
「妾は絡繰。疲れも恐れもない」
「いや、それなら過去の誰かにサイバラの話をすれば済むはずじゃ……」
「それではだめだ。一瞬でもサイバラを覚えている誰かが居続けなければならないのだ。ほんの一瞬でも誰の記憶にも残らない瞬間があればサイバラは消えてしまう。この迷い家はそういう風にできているのだろう?」
「それは確かにそうでやんすが……」
「デハ、ワタシもお付き合いしまショウ」
「リィカ!?」
「一人より二人デス。ワタシはいざとなればスリープモードを実行できマスノデ生存確率は高いカト」
「二人とも……そんな」
二人の決意は固いようだった。
「妾たちが過去に戻りしだい、どこか安全な場所で眠りにつく。そうすれば過去を改変する危険もないだろう。それでよいな、ラクソン、サイバラ」
「……お願いするでやんす」
「……好きにしろ」
もはや止められないとアルドは悟った。
「わかった。なら、どこで眠りにつくのか教えてくれないか?」
「妾の父母の墓ではどうか? そこの近くに木でも植えてそこで眠っておく」
「……わかった」
「そんな心配そうな顔をしないでくだサイ。すぐに会えマス」
「俺にとってはそうかもしれないけどな……」
二人はこれから何年になるかわからない眠りにつかなければならないのだ。それはどれだけの苦痛なのか想像さえできなかった。
「そう案ずるな。元の場所に戻ればすぐに会いに来てくれ」
「ああ。必ずすぐ会いに行く」
力強く頷いて別れた。
アルドはそのまま元の時空の穴に戻り、ヒイナたちはサイバラを連れて過去に繋がる時空の穴のもとへ向かった。
ぐらりと揺れる感覚が元に戻る。
間違いなく怨丹ケ原のあの場所だった。
「あ、お帰りなさい兄さん。あれ? ヒイナさんとリィカさんは?」
酉の干支……ではなくまぎれもなく本物のフィーネが目の前にいた。
「二人は事情があってな。いや、道すがら説明するよ。早くいかないと」
「行く? どこに?」
「ヒイナの両親のお墓だ」
墓の前にたどり着いたアルドたちは近くにある見事な大木の地面を一心不乱に掘り始めた。
そしてカンっと硬いものに当たる手ごたえを感じ、慎重に掘り進めると土に汚れた石棺が姿を現した。
アルドたちはうなずき合う。
石棺を地上に運び、やはり慎重に開ける。
アンドロイドと絡繰。二人が仲良く眠っていた。
「おはよう。ヒイナ。リィカ」
声をかけると二人はゆっくりと起き上がった。
「うむ。久しいなアルド」
「スリープモード解除。システムチェックオールグリーン。おはようございマスアルドさん」
「二人とも大丈夫だったか?」
「存外な。時折話などをしつつ、随分長い時間を過ごした。一人ならば飽いていただろうな」
「それよりも迷い家はどうなりマシタカ?」
「どうだろうな。一応出入口はまだ残っていたけど……」
しかしそこで卑屈っぽい声が突然聞こえた。
「それはこういうことでやんす!」
そちらを見るとやはりネズミ姿の男が胸を逸らして立っていた。
「「サイラス (さん) の親戚?」」
やはり予定調和のような言葉が飛び出た。
「何でそうなるでやんすか! 確かに実物を見るとそう言いたくなる気持ちもわかりやすが!」
憤慨するラクソンをなだめつつ、なぜこんなところにいるか尋ねる。
「実はあっし迷い家を追放されやした」
「え!? 何で!?」
「以前何度か集合を無視していたことが問題になりやして……今は行くところの無い身でごぜえやす」
「そりゃ仕方がないな。迷い家に囚われていた人たちはどうなった?」
「全員解放されやした。もう家に戻っているころでやんす」
「そうか。よかった」
「サイバラも……無事でやした」
「あいつも今は落ち着いているのか?」
「少なくとも悪事はしていやせん」
なら、よかったのだろう。すべてがあるべき場所へ。元通りに戻っていった。
コホンと咳払いしたラクソンは芝居がかった動作で全員に向き直る。
「まずは皆さまに感謝を。特にヒイナの姐さん。リィカの姐さん。あなた方のおかげであっしたちは同胞を失わずに済みました」
ヒイナもリィカも表情は変わらないが、アルドの目には嬉しそうに見えた。
「さっきもいいやしたがあっしは行き場の無い身。可能であれば皆様方にご奉公させていただきたいでやんす」
……多分だが、ラクソンはあえて追放されたのだろう。俺達に同行するために。
なら断る理由などどこにもない。
「ああ。一緒に行こうラクソン」
「感謝いたしやす。これより子の干支ラクソン、皆さまのご期待に沿えるよう尽力いたしやす」
こうしてアルドのもとにまた妙な仲間が加わったのだった。
十二支合戦物語 秋葉夕雲 @akihayuugumo
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