第4話


 小屋に戻り、一通り暖をとったところでラクソンが切り出した。

「さて、では残っている干支を整理するでやんす。さっき襲ってきた辰。申。戌。巳。この四人でやんす」

「居場所の方はわかってイマスカ?」

「戌と申はわかっているでやんす。辰と巳はわかりやせん」

「辰は飛行しているようだからな。妾たちのように徒歩で移動していては追い付けんだろう」

「それはそうでやんす。ですが一つ試してみたいことがあるでやんす。酉の玉璽を誰か使えやせんか?」

「もしかしてその玉璽を使えば飛べるのか?」

「わかりやせんがそうだとかなり楽ができるかもしれやせん」

「ちょっとやってみるか」

 アルドが右手に酉の玉璽を握ると光の膜が部屋を包んだ。

「これは……体が軽いな」

「重量を軽減していると思われマス」

「飛ぶことは無理でやんすが、移動の助けになりそうでやんす」

「他の玉璽も試してみるか」

 玉璽の力を試してみると、午は重いものを持つ力。

 卯は透明になる力。

 寅は誰にも使えなかった。

「どうだラクソン。何とかなりそうか?」

「難しいでやんすが、何とかしてみるでやんす」

 そうしてまた小屋から出発した。




 先ほどとは違い険しい山道を歩む。雪はまばらになっていたが、雪中の登山はかなりの危険を伴う。だがしかし、アルドたちには玉璽があった。

「酉の玉璽さまさまだな」

 飛び跳ねるように山の斜面を駆けあがる。

「快適だ。これなら目的地までそう時間はかからないのではないか?」

「そうでやんすね。以前ここに来た時は半日がかりで何とかたどり着いたでやんすが、これなら随分楽なもんでやんす」

「そう言えばラクソンたちはどれくらい前からこの世界にいるんだ?」

「それはあっしにもわかりやせん。どうもここは時間の流れというものがわかりにくいらしいでやんす」

「え? じゃあここを出たら百年後なんてことになってたりしないか?」

「それは多分大丈夫でやんす。ここから出てもあまり時間は立たないらしいでやんす。逆に迷いがに入った次の瞬間に出てきた、なんてことにはなるかもしれないでやんす」

「……それはそれで不気味だな」

 そうこうするうちに目的地にたどり着いていた。

「では今回の目標は申と戌でやんす」

「前のように倒し方はわかっているのだな?」

「もちろんでやんすヒイナの姐さん。その前に、あっちをご覧下せえ」

 視線をラクソンの指の先へ向けると、二人の人物が争っていた。

「ワンワン!」

「ウキウキッ!」

「ベルトランに……ミグランス王?」

 隻眼の騎士と豪奢なマントに豊かな口ひげを蓄えた男性が戦っている。確か二人はもともと主従の関係だったはずなので争う理由などないはずだ。

「やはりあの二人が干支か?」

「そうでやんす。口髭の方が申。眼帯の方が戌でやんす」

「……あの様子じゃ会話もろくにできそうにないな」

「そうでやんす。なので何で喧嘩してるのかもよくわかりやせん」

「つまり気絶させてから玉璽を奪うしかないのデスネ」

「そうでやんす。今のうちに仕込みを終わらせておくでやんす」

 戦う二人を横目に二人の住む家へと向かった。


 申の家に様々なトラップを仕掛け、仕上げに白羽の矢を立てる。

「なんだかミグランス王にこんなことをするのはちょっと気が引けるな」

「王か。だがあくまでも別人だし、それに死にはしないはずだ」

ヒイナは午の玉璽を使って重いものを何度も運んでいる。アルドはその手伝いをしつつ、外の動向を窺っている。

「またよくわからない作戦だけど……これも物語の筋書き通りってことなんだよな」

「ああ。この物語は妾も知っている」

 この世界の住人は物語の筋書きに従う。それは以前の戦いでおおよそ掴めている。ラクソンとヒイナ。二人の現地人がそういうならアルドも否はなかった。

「お二人とも。もうすぐ申が戻ってくるでやんす」

「わかった。じゃあそろそろ家の外に出よう」

 家の外で隠れながら待機しているリィカと合流し、待っているとすぐに申が戻ってきた。家の中に入ると……どたばたと騒ぐ音が聞こえ、やがて聞こえなくなった。

「さ。それじゃあいくでやんす」

 こういう時は全くためらわない現金なラクソンだった。


 家の中は文字通りひっくり返されたような騒ぎの跡があった。

 囲炉裏の中の栗は破裂し、天井に据え付けられた臼はミグランス王の頭を強かに打っていた。

「……申し訳ありません。ミグランス王」

 ぽつりと小声で謝っておく。

 がさごそとラクソンがミグランス王の懐をまさぐり、慎重かつ丁寧に玉璽を取り出す。

「デハ、戌さんが来るのを待ちまショウカ」

 

 ベルトランこと戌が大急ぎで白羽の矢が立った家に飛び込み、またどたばたと騒ぎになる。それが静まった

頃に様子を窺うと……。

「わ……ワン!」

 ぼろぼろになったベルトランがかろうじて立ち上がっていた。その姿はまさに騎士。……犬語だが。

「ちょ、ちょっと攻撃しづらいな」

「で、ですが攻撃するしかないでやんす」

「せめて峰打ちで眠らせよう」

 全員が躊躇いながらも武器を構え、すぐに決着はついた……のだが形勢不利を悟った戌は負傷しながらも逃亡を始めた。


「キャウン!」

 ベルトランらしからぬ悲鳴を上げ、雪の斜面を転げまわる。もしも酉の玉璽がなければ追跡に苦労していただろう。

「ようやく追いついたか。ベルト……じゃなかった。戌。もうあきらめろ」

「イエ、アルドさん。彼はもうすでに気絶してイマス」

「何だって?」

 どうやら最後の力を振り絞って逃走していたらしい。

「別人とはいえ、とんでもない御仁だったな」

 ヒイナも感服した様子だ。もっとも本物のベルトランならこんなものじゃすまなかっただろうが。

「ですがこれで戌の玉璽も……」

 だが突然リィカが叫んだ。

「地面の振動を感知! これは、雪崩デス!」

「酉の玉璽を使うぞ!」

 全員の手を掴み、地面を蹴って空に飛び出そうとするがラクソンはその手を払いのけた。

「ま、まだ玉璽が!」

 ラクソンは何とか戌の体を掴むが、そのまま雪崩に呑まれてしまう。

「ラクソン! くそ!」

 悪態をつくが、事態は考える間を与えない。

「アルドさん! 辰が来マス!」

 上空を見ると確かに巨大な獣の姿があった。

「雪崩はあ奴の仕業か!」

 ヒイナが空中で鉄球を振り回すが、それを躱した辰は猛烈なタックルをアルドたちに浴びせた。

 酉の玉璽の力で軽くなっていたことが災いしたアルドたちは途轍もない勢いで空中を転げるように飛んでいった。

「ラクソン! すぐ戻る! だからそれまで耐えていてくれ!」

 聞こえるかどうかはわからない。だがそれでもアルドは喉の限り叫んだ。

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