第3話

 ラクソンに案内された小屋の外観は控えめに見ても粗末だった。その中身も予想に反さず粗末で隙間風が身に染みた。

「ずいぶんと古風な小屋だな」

「そうでやんすね。しばしお待ちを。今火をおこしますので」

 ラクソンが囲炉裏に向かい、手際よく炭に火をつけると幾分寒さが和らいだ。

「改めて自己紹介するでやんす。あっしはラクソン」

「アルドだ」

「絡繰のヒイナだ」

「KMS社製本用作業用アンドロイド、リィカデス。アルドのおじいさんを介抱するのでワタシはあちらにイマス」

 アルドが背負ってきた村長は茣蓙ござの上に寝かせており、リィカはそちらを指していた。

「わかった。ラクソン。ここは迷い家だったか。一体どこなんだ?」

「どこでもないでやんす。まずは迷い家について説明しやしょう。ヒイナさんはご存じでやんすか?」

 服装などからヒイナだけをこの地方の出身だと判断したのだろうか。そう質問していた。

「多少は。そこを訪れた者に富を授ける幻の家だったか」

「大体間違っておりやせん。ですが我々が授けるのは富ではなく、ひと時の楽しみでやんす。常世の恨みつらみを忘れ、ここを訪れる誰かに幸福を与える。それが我々迷い家の住人の宿命」

「……とてもじゃないが楽しめないぞ」

 行方不明者が出ており、来て早々村長に襲われては楽しめるはずもない。

「今は異常でやんす。玉璽がばらばらになったせいでやんす」

「玉璽か。確かにただならぬ道具だったな。伝説上の印章ではなかったのか?」

「いいえ。伝説上のものでやんす。というよりここ、迷い家は伝説から産まれた空間。人々の願望から産まれた世界でやんす」

「じゃあ、ここは現実じゃないのか?」

 アルドは思わずほっぺをつねるが痛みを感じる。とても夢の中ではなさそうだ。だがむしろラクソンはその言葉を肯定した。

「夢の中だと思ってくれて構わないでやんす。人々の祈りと夢によってこの場所ができた。あるいは何者かが作ったこの場所に人々の夢が溜まって産まれた。ここはそういう世界でやんす」

「大体わかった。似たようなことは今までにも何度かあるからな」

「アルドは経験豊富だな」

 怪しいねずみ男の妄言と聞き流すどころかあっさり受け入れたアルドにヒイナは少し驚いていた。

「ご理解感謝しやす。そしてここでは外から訪れたお客を演劇でおもてなしする決まりでやんす」

「その演劇が、国造りの神話ってことか?」

「その通りでやんす。建国神話の演劇を見ていただいて、ここを訪れたお客に喜んでいただくでやんす」

 もちろんアルドはこの世界の理念と現実に大きな齟齬があることに気付いた。

「待ってくれ。現実じゃ行方不明者が続出しているんだ。それはここと関係ないのか?」

「残念ながらあるでやんす。最近ここを訪れたお客は物語に取り込まれてしまうでやんす」

「取り込まれた人間はどうなる?」

「人形のように同じ役割しかこなせなくなりやす。あ、人形といってもヒイナの姐さんとは全く違うでやんす」

「わかっている。だがこれで妾たちを無視する理由や、誰も戻ってこない理由はわかったな」

「行方不明者はみんな物語に取り込まれているってことか。それはじいちゃんもか?」

「いえ、アルドの旦那のおじいさんは別口でやんす。この世界が生み出した新たな登場人物でやんす。アルドの旦那は他の方々とは違い、きちんとお客として招かれているでやんす。だからアルドの旦那の記憶から登場人物が形作られているでやんす」

「あくまでもじいちゃんによく似た別人ってことか」

 リィカが介抱している村長を見る。間違いなく記憶にある姿だが、むしろ記憶から作られたのだとしたら、記憶と違うことがおかしいのだろうか。

「ただ、申し訳ないでやんすが……お二方はお客としては扱われてないようでやんす」

 お二方とはもちろんリィカとヒイナだろう。人間ではない二人はこの迷い家にとって異物らしい。

「気にするな。人々を楽しませたいというお前たちの気持ちは正しいものだ」

「ありがたいでやんす」

「色々聞かせてもらったけど結局どうやったらもとに戻るんだ? 玉璽が関係しているのか?」

「ご明察でやんす。玉璽はこの迷い家の核といってもよい存在。この異変は玉璽が何者かに奪われたことがきっかけでやんす。どうもそいつは玉璽の制御に失敗したせいで、玉璽が暴走しているでやんす。玉璽を元通りにすれば異変もすべて解決しやす」

「ん? ラクソンの玉璽は無事だったのか?」

「え、ええまあそうでやんす。あっしは危機を察知して隠れていやした」

 露骨に歯切れが悪くなったがひとまず聞かなかったことにした。

「わかった。でも玉璽が暴走しているなら一筋縄じゃ行かなそうだ」

「その通りでやんす。玉璽を得た人物は人を超えた力を持ち、狼藉を働いていやす。おじいさんも本物より強かったでやんす?」

「いや、じいちゃんはあれより強いぞ?」

「え? いやいやまさか。玉璽を得た人間は人間の限界を超えた力を手にするでやんす。それを超えるなんて……」

「力はともかく、戦いの技術や技は格段にじいちゃんの方が上だったな」

 アルドはどこか遠い所と苦難の記憶を眺めるような瞳をする。引き気味になったラクソンは何やら不穏な空気を察していた。

「ま、まあ。ご安心を。すでに玉璽はあっしが羊と亥の二つ手に入れていやす。さっきの丑の玉璽とあっしの分を合わせてこれで四つでやんす」

「そう言えば玉璽っていくつあるんだ?」

「建国神話によると干支は全部で十二だ。子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」

「さすがヒイナの姐さん。この迷い家でも十二の玉璽があるでやんす。手に入れた玉璽は三人にお渡ししておくでやんす」

「大丈夫なのか?」

「もうすでに暴走していないでやんす。あっしは自分のもの以外の玉璽は使えないんで皆様が持っておいた方がいいでやんす」

 アルドは丑、リィカは羊、ヒイナは亥の玉璽を受け取った。ラクソンが玉璽を手渡すときに少し寂しそうな表情をしたのは気のせいだろうか。

「これ、どうやって使うんだ?」

「持っていればそのうち使えるようになるでやんす」

 牛の彫刻が施された印章を握っても、取り立てて何かが起こることはない。

「オヤ? これハ?」

 ふと横を見るとリィカの羊の玉璽が輝いていた。その光は村長に向かっていき、そのまま体を包んだ。

 すると村長はむくりと起き上がった。

「ふわ~あ。ああよく寝た」

 健康体そのものと言わんばかりの村長が大きく伸びをする。

「もしかして今のが玉璽の力か?」

「おそらくそうでやんす。ちなみにあっしの玉璽は判を押した相手の玉璽の力を一時的に封印するでやんす」

 どうやらリィカやヒイナでも玉璽の力は使えるらしい。お客として扱われるのと玉璽が使えるのはまた違うらしい。

「ああ皆さん。どうやらご迷惑をおかけしたようですな。申し訳ない」

 頭を下げる村長。その反応から察するにアルドに見覚えはないらしい。

「やっぱり別人なのか。気にするなよじいちゃ……じいさん。ここで休んで行ってくれ」

「おおすまんな若者。わびと言っては何だがこれを持っていけ。薬膳茶だ。温まるぞ」

 老人が手渡したのは竹筒だった。ほんのりと暖かい。

「ありがとう。ラクソン、他の玉璽の場所はわかってるのか?」

「もちろんでやんす。行きやすか?」

「だな。休憩はできたしそろそろ出発しよう」




 ラクソンの案内のもと、再び寒空の下を歩み続ける。生身のアルドには厳しい寒さで、厳しい風と足元の雪が体温を奪っていく。

「ラクソンは寒くないのか?」

「あっしは産まれた時からここにいやす。お二方は……寒さを感じないようでやんすね」

「そうだな。妾は絡繰ゆえ」

「ワタシもアンドロイドでデスノデ」

「絡繰はともかく、アンドロイドってなんでやんす?」

「人工知能を搭載した人型機械の総称デス」

 アルドはその説明でかろうじて納得できるが、ヒイナとラクソンはそうもいかないらしい。

「ものすごく複雑な道具を組わせて作られた人形だと思ってくれればいいんじゃないか? 俺もよくはわからないけど」

「その認識で構いマセン」

「ふむ。そうか」

 そう納得したヒイナは顔をほころばせている。

「どうかしたのか?」

「いや、遠い異国でも妾たちと同じような存在がいるのが嬉しかっただけだ。驚きでもあるな」

「ワタシとしては職人の手によって木から作られた絡繰人形が存在することの方が驚きデスガ」

 応えるリィカも嬉しそうに見える。そうアルドが思っているだけかもしれないが。

 ヒイナとリィカ。二人は全く違う存在だが、人から作られた存在であることは共通している。二人にはお互いにしかわからない孤独があるのかもしれない。

 ふと思う。ヒイナとリィカには寿命に限りがあるのだろうか。

 異なる時代で同じ人物に会ったことはない。数百年の時を経て生きていられる人間なんかいないからだ。しかし、もしかしたらヒイナは時を超えてリィカと再会することができるのだろうか。

 だが未来に渡ったアルドがヒイナと出会っていないことはつまり、その時代までヒイナは生きていられないということなのか。

(それこそ考えても仕方のないことなのかもしれないけどな)

「到着したでやんす」

 アルドはラクソンの声で現実に帰り、真正面を見た。


 山間のわずかながら整えられている道。それを遠巻きに眺めている人々がいた。あの人たちもこの世界に取り込まれた人なのだろうか。

「この方々は一体何をしているのデスカ?」

「競争の観戦でやんす」

「競争? なら例の建国神話のか?」

「それが……どうも違うようでやんす。どうも他の演目が混じっているというか……何にせよ正しい迷い家のあり方ではないのでいつまでたっても決着がつかないでやんす」

 ラクソンの言葉が終わると同時に歓声が聞こえ、次に競争の参加者を紹介するような声がどこかから聞こえた。


『お集まりの皆さま! 今宵は卯、寅、午、酉の四名による競争をご覧いただけます! ここからあちらの赤い旗の下に最も早くたどり着いた瑞獣の勝利となります!』

 目線をはるか彼方に向けると確かに高々と赤い旗が掲げてあった。

『さてではまず紹介いたしますのは瑞獣……酉!』

 そう呼ばれて出てきた少女の顔を見て驚いた。

「フィーネ!?」

「落ち着けアルド。恐らくはあれも夢の中のフィーネだろう」

「あ、ああそうか」

 それでも見知った顔が突然出てくるのは心臓に悪い。

『酉さん! 今のお気持ちはいかがですか?』

 どこかから聞こえてくる声はフィーネに対して質問している。

『ぴよぴよ!』

 元気よく可愛らしい声で飛び跳ねながら答えた。ただし、人語ではなかった。

「って、それはひよこだろ!? いや、鶏だって鳥だけどさ!」

「ね? 妙でやんしょ?」

「ま、まあラクソンの言いたいことは何となくわかった。色々とおかしなところが多すぎる」

『さあ続いて卯』

 次に出てきた顔も知り合いだった。

「今度はエイミか」

 兎なのだからピョンとでも鳴くのかと思ったが……。

『亀には負けないピョン!』

「いや亀はどこにもいないだろ!?」

「ワタシのデータベースによると兎と亀が競走した童話がアリマス」

「他の物語が混じってるってことか……?」

「そう言うことでやんす」

 アルドは疲労感を隠せなくなった。どうにも見た目が同じ知り合いが奇行をしているのは気疲れする。

『そして寅!』

「今度はアザミか。もといた場所の近くにいなくてもやっぱり現れるんだな」

 黒髪を結った少女、アザミが凛々しく歩いている。……若干この先の言動が不安ではある。そしてアザミは手を高く掲げ……。

『私と結婚したいか! ならばこの競争に勝ってみせろ! だが私より遅ければ……斬り殺す!』

「今までの出場者みんな女だろ!? というか物騒だな!? いつもとしゃべり方が違うから別人だってわかるけども!」

「アルドの旦那……あと一人でやんすから頑張ってくだせえ」

「俺がいちいち何で突っ込まなきゃいけないことになってるんだ!?」

 他に誰もツッコミ役がいないからだ。ラクソンはこっそりそう思ったが口には出さなかった。

『最後に午!』

「今度はイスカなのか」

 プラチナブロンドの髪を波打たせ、優雅に歩む少女もまたアルドの知己だった。

『♪~♪~♪』

「何で弦楽器みたいな音が口から飛び出るんだ!?」

 イスカの口から曲が奏でられている。壮麗ではあるが、かくし芸のようにも見えてしまう。

『以上が今回の参加者となりま……』

「ちょっと待つでやんす! まだ参加者はここにるでやんす!」

 観客の視線が一斉にラクソンに集まる。

「ラクソン?」

「アルドの旦那。ここはあっしにお任せを」

「ふむ。アルド。ラクソンが真にネズミの干支なら任せてもよいはずだ」

 ヒイナとラクソンには何かの策があるらしい。ひとまずは黙って頷くことにした。

『おおっと! ここで乱入者の登場だ! どこのどいつだあ!?』

「子のラクソン! 瑞獣が一つでやんす!」

『まさかまさか! 子が現れたぞ~!』

 実況がはやし立てると観客からも歓声が沸き上がる。

「このラクソンは玉璽を賭けて決闘する!」

 ラクソンが宣言すると、歓声はいっそう大きくなり、他の参加者も歓喜の様相を見せた。ラクソンの乱入は歓迎されているようだ。

「ラクソン。競争に勝てる算段があるのか?」

「無いでやんす」

「え!?」

「よく考えてほしいでやんす。ウサギや馬、挙句には鳥と競争して勝てると思うでやんすか?」

「そりゃあ人間じゃ無理だろ」

「そういうことでやんす。なのでアルドの旦那たちには他の参加者の妨害をしてほしいでやんす」

「いや、妨害ってダメだろそれ」

「安心して下せえ。妨害しちゃいけないとは言われておりやせんし、どうやって妨害すれば勝てるかは何度かこの競争を見ていてわかっているでやんす」

「うーん。それでもなあ」

 正々堂々と戦うことにこだわりはないが、生きるか死ぬかの戦いでもない競争の場で卑劣な行為は乗り気ではない。

「いや、アルド。ここはラクソンの案でよいと思う」

「ヒイナ? それなら別にいいけど……」

 むしろヒイナはアルドよりも嫌がるような気がしていたので意外だった。

「デハ、ラクソンさん。妨害の方法を教えていただけまスカ」

 そうしてラクソンから方法を教えてもらったのだが……本当にそんなことでいいのかと首をひねることも少なくなかった。

 疑問を感じながらもラクソンは競争のスタート地点に向かい、アルドたちは妨害工作の準備をすることになった。


「なあヒイナ。何か勝算はあるのか?」

「アルドは知らぬだろうがな。そもそも干支において最も早く神のもとに到着したのはネズミなのだ」

「え? そうなのか? どうやって?」

 馬や鳥、他にも速そうな動物たちが競っている中で小さなネズミが勝利したのは意外だった。

「牛の背中に隠れ乗って目的地に到着する寸前で飛び降りたらしい。さらに言えば猫を騙して参加できなくさせたとも言われているな」

「き、汚いな」

 冷静に考えればかなり卑劣な作戦だ。童話とはそんなものだと言われればそうかもしれないが。

「そういうわけでこの競争も負けはないだろう」

「ラクソンがいるからか?」

「いや。恐らくだが、この迷い家では物語を終わらせることが優先される。この競争が何らかの物語と混じった結果なら各々の物語と同じ状況を用意すれば物語と同じ結末になる……そう考えている」

「……?」

 ヒイナの言葉は要領を得なかったが、うまくいくと確信していることは伝わってきた。遠くで太鼓の音が聞こえる。どうやら競争が始まったらしい。

「じゃあまずは寅からだな」

 途轍もない勢いで迫ってくる参加者たち。降りしきる雪をかき分け驀進している。

 ちょっとやそっとではとても止まりそうにない。

「デハ、林檎を転がしマス」

 リィカの手からコロコロと林檎が転がり、瑞獣たちの視界に収まるが邪魔をしない場所で止まる。

 すると、アザミ扮する寅が林檎に飛びついた。そのままマタタビを嗅いだ猫のようにゴロゴロと喉を鳴らして林檎にかじりついている。

「こんなにうまくいくなんてな……」

 奇妙な感慨にふけりながら、次の場所へ向かう。道は曲がりくねっているので急ぎさえすれば先回りするのは容易だった。


 寅が欠けて四人となった競走。

 それに向けてヒイナが大声を張り上げる。

「泥棒がそこにいるぞ!」

 道端の明かりだけがともった小屋を指さす。その言葉に反応したのはフィーネだった。

「ぴよ!」

 何故か手近なイスカ、つまり午に飛び乗った。だがそのままイスカは突き進む。フィーネ一人の重さを感じさせないような快走だった。

 そこにアルドが銀貨三枚を投げつける。するとイスカは来た道を戻り始めた。

 フィーネとイスカは楽しそうに歌いながら競争を忘れたかのように戻っていった。


「……なるほど。本当にラクソンの言う通りだったな」

「恐らくは筋書き通りということなのだろう。この迷い家の住人は予定された物語からは逃れられない」

「じゃあエイミ……卯も言う通りでいいのか?」

「だろうな」

 エイミへの妨害は……何もしないこと。そうすれば勝手に脱落するらしい。


 そして一人目的地に向かったエイミを追うこと数分。あっさりと道端に眠りこけるエイミこと卯を発見した。

「気持ちよさそうに眠っていマスネ」

「だなあ」

 気が抜けた声しか出ない。こんなにあっさり片が付くとは思っていなかった。

 そこにゆっくりと走ってきたラクソンが合流する。

「ご協力感謝するでやんす。あと一息で目的地なので気張っていきやす」

「おお。頑張れ」

 のんびりとラクソンに声をかける。だが、そこにリィカの警告が響き渡った。

「皆さん警戒ヲ! 飛翔体が高速接近していマス!」

 リィカの視線の先の上空、小さな点だった影は一瞬で膨らみ、巨大な翼が生えた獣のごとき威容が姿を現し、轟音と共に着地した。これもやはり見覚えがある。

「ギルドナ!?」

 ミグランス城で魔獣王ギルドナが真の力を見せた姿だった。一筋縄ではいかない相手だが、今回は以前とは別種の禍々しさを感じていた。

「ただならぬ相手のようだが……どうも奴は我々の行く手を遮っているな」

 暗器を構え、油断なくギルドナに気を配るヒイナはこの窮地を正確に認識していた。ラクソンの目的地はギルドナによって遮られており、さらに着地の衝撃で巻き上げられた土砂や雪によって道が塞がれている。

「ラクソン! ギルドナは俺達が引き受ける! お前は迂回してゴールへ行ってくれ!」

「だ、ダメでやんす! 道から逸れると失格でやんす……それに、その……」

「どうかシマシタカ?」

「こ、腰が抜けて動けないでやんす」

「……お前なあ」

 あまりにあまりなセリフに脱力するが、アルドたちにそんな余裕はない。

 ギルドナがその爪牙を振りかざし襲ってきた。

 一撃ごとに地が裂け、空が割れる。とてもラクソンを抱えながら脇を通り抜けることなどできそうもない。ぐずぐずしていると他の瑞獣が戻ってくるかもしれない。そうなればすべてご破算だ。

 何とか攻撃を躱しながら打開策を探していると、ヒイナの懐が光を放っていた。

「む? これは……なるほど、こう使うのか」

 鉄球を振り回し、ギルドナではなく道を塞ぐ雪と土に叩きつける。目を開けていられないほどの閃光と爆音。そして道には人一人がゆうに通れるだけのスペースが確保されていた。

「亥の玉璽の力は障害を破壊する。そういうものらしい。ラクソン! 今なら通れるぞ!」

「で、ですがあっしは……ってリィカの姐さん!?」

「失礼シマス」

 ラクソンを抱え一気に走り出すリィカ。ギルドナの爪をぎりぎりで躱すと、一気にラクソンを放り投げた。

「どえええええ!?」

 奇声をあげながらギルドナの攻撃範囲外に離脱させられるラクソンに声を張り上げる。

「ラクソン! まずはこの競争を終わらせてくれ!」

 そのままギルドナに向かい、戦いは再開された。


 ぽかんとしていたラクソンは腰を上げる。放り投げられた衝撃なのか、動かなかった体はいつもよりも軽いとさえ感じる。今なら行ける。

 それでもギルドナとかいうあの暴威を思い出すと足が震える。くじけそうになる。だが。

「あっしがちゃんと走るって信じてくれているんでやんすよね」

 アルドたちは知り合って日が浅い自分を信じてくれている。だから、止まるわけにはいかない。顔をぴしゃりと叩くとラクソンは走り出した。


 ギルドナの猛攻を凌ぐアルドたちだが、旗色は悪い。それに対してギルドナは疲れなど知らないかのように暴れまわる。

 しかし、そこに思いもよらぬ助太刀が現れた。

「ピョン!」

「は!」

「エイミ! アザミ!」

 競争から脱落していた瑞獣たちである。どうやら協力してくれるらしい。

「ピヨピヨ!」

「♪~」

 そこにイスカとフィーネも加わる。これで七対一。数の上では有利だ。ギルドナもそう判断したのか、翼をはためかせて空に消えていった。

 それと同時に競争の終了を告げる太鼓が打ち鳴らされた。

「ラクソンさんが無事に勝ったようデスネ」

「みたいだな」

 ほっと一息をつくと、瑞獣たちが近寄ってきた。

「私の負けだピョン。玉璽はお前たちに渡せばいいのかピョン?」

「そうだな。ラクソンは俺達の仲間だし」

「じゃあ、はいぴょん!」

 エイミから兎をあしらった印章を受け取る。

「そ、そうだからな。あなたたちが勝者だから……その……」

「あ、うん。玉璽をくれるのか?」

「それもあるけどそれだけじゃなく、私をおよ……」

「ピヨ!」

 何かを言いかけたアザミを遮るようにフィーネが玉璽をアルドに渡す。

「ありがとうフィーネ……じゃなかった酉。ええと、寅は何を言いかけてたんだ?」

「……何でもないです」

 寅から玉璽を受け取り、最後に終始歌いっぱなしだったイスカから玉璽を受け取り、この場で手に入れられる玉璽は全て手に入れた。

「お疲れ様でやんすアルドの旦那。玉璽も無事手に入れたようでやんすね」

 ラクソンの視線はじっと玉璽に注がれていた。

「ラクソン。お前も頑張って走ってくれてありがとうな」

「いえいえ。もとはといえばあっしの見込みの甘さが原因でやんす。まさかここで辰が現れるとは思いやせんでした」

「やっぱりさっきのギルドナも干支の一人なのか」

「そうでやんす。とはいえ皆さんお疲れでしょうから、一旦あの小屋まで戻った方がよさそうでやんす」

「そうデスネ。バイタルは危険域ではありまセンが、無理は禁物デス」

「わかった。じゃあいったん戻ろう」

 雪原の、足跡が残る道を逆に歩み始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る