第2話

 以前来た時と変わらない雪景色。吐息は白く、鼻頭が冷たい。

「二人とも寒くないか?」

「アルドさん。私は寒さを計測することはできますが、感じません」

「妾も寒さで凍えるようなことはない。そうでなければここに来れないのだろう?」

「あ、そうだったな。というか、今更だけど……二人とも、物扱いされているみたいで気分を悪くしていないか?」

 この時空の穴では人間は一人しか通れない。それこそ服や剣のように持ち運びできる道具のような扱いとしてリィカやヒイナを扱ってしまったことに違和感があった。

「気にするようなことではないな。さっきも言ったが妾の願いでもある。無理強いされてここにいるわけではない」

「そうデス。ただ向き不向きがあるだけデスカラ」

 あっさりと息の合った返答をする二人。どうやら余計な心配をしていたらしい。

「そうか。ありがとう。じゃあ、行方不明の人たちを探そう。……その前にここがどこかわかるか?」

 迷子を捜しに来て自分が迷子になっていれば意味がない。だからこそここがどこか知りたかったが……。

「ワタシのGPSには反応がありません」

(……確かリィカのGPSとかいうやつは正確に機能してなかったような……)

 何度かリィカの方向音痴に悩まされているアルドはあまりリィカに道案内を頼みたいとは思っていない。

「妾もここに見覚えはない。ただ、アルドたちが住む大陸でも、この巳の国近辺ではないだろう」

「どうしてわかるんだ?」

「木の植生が違う。いや、そもそも妾はここに生えてある植物を見たことがない」

「木に詳しいのか?」

「妾は木より作られし絡繰からくり。万が一の折には体を修理するために木材の知識は常日頃から蓄えている」

 ヒイナにとって植物の知識は怪我の治療方法のようなものらしい。それだけにその言葉には確信が感じられた。

「手掛かりはないか……」

「イイエ。アルドさん、前方をご覧くだサイ」

 リィカの言葉に従って前方に目を凝らすと……。

「足跡か?」

 降り積もった雪の跡にくっきりと足跡が残っていた。そこに向かって歩くと確かに人の足跡が見えてきた。

「おそらく成人男性が三人ほどか。行方不明者のものかもしれんな」

「追ってみよう」

 他に選択肢もなく、そもそも目的の行方不明者が見つかるなら願ってもなかった。


 しんしんと雪が降り積もる中、白い息を吐くアルドはちらりと仲間たちを見る。

 二人はこの寒さにも全く堪えた様子はなく、顔色一つ変えない。こうしてみていると確かに人間ではないのだろう。見た目が完全に人間ではないリィカはともかくヒイナもこうしていると実感してしまう。

 前を向くと足跡は右の木の影の向こうへと繋がっていた。

 その角を曲がると、ようやく人影を見つけた。身なりから推測するとイザナの住人だろう。三人の老人だった。

「よかった。ようやく見つかったな。あんたたちはイザナの人だよな」

「もうすぐ競争が始まるな」

「競争? 何の?」

「急がないと瑞獣が決まる瞬間を見逃してしまう」

「なあ、あんた俺の話聞いてるか?」

 アルドが話しかけても老人は目線を合わせず独り言のようにつながらない会話を続けている。

「神様がお決めになったことだ。わしらも従わねば」

「……無視しているわけじゃないよな?」

 老人の前に立ち、顔を覗き込んでも全く会話が繋がらない。

 リィカとヒイナが話しかけてもそれは変わらなかった。結局老人たちは一度もアルドたちと顔を合わせることなく立ち去った。


 せっかく行方不明者らしき人物を見かけても何もできずアルドたちは途方に暮れていた。

「どうなってるんだ……?」

「まるで妾たちが見えていなかったようだったな」

「先ほどの方々のバイタルは全て正常デス。何らかの疾病、体調不良である可能性は極小デス」

 何が起こっているのかは全くわからなかったが、先ほどの老人は気になることを言っていた。

「瑞獣や競争がどうのこうのと言っていたけど、ヒイナ、何か心当たりはあるか?」

「ああ。恐らくは国造りの神話だろう」

「神話?」

「獣たちを競争させて速く神のもとにたどり着いた十二の獣に玉璽ぎょくじを授け、その獣たちを干支と称する。そういう神話だ」

「玉璽とは何でショウカ?」

「簡単に言えば王である証だ。古の神話において玉璽を授けられた瑞獣が王を選ぶ……そう言われていたのだ」

「もしかしてナグジャムが辰の国って呼ばれてるのはそれが理由なのか?」

「どうかな。例えば妾の故郷である呂の国は獣の名を冠してはおらんし、この辺りは様々な国が興亡を繰り返してきた。国の数は十二だけではないだろう。ただの建国神話のはずだ」

「でも、さっきのじいさんはそれがまるで今まさに起こっているような口ぶりだったぞ?」

「……確かに」

「その建国神話が事実デ、私たちは古代にワープしたのでショウカ」

「でもそれじゃあ俺達を無視していた理由がわからないな」

 首をひねり続けるアルドたちだったが、突然悲鳴と轟音が聞こえてきた。

「ただ事ではなさそうだな」

「行ってみよう!」


 三人が到着すると、そこは焚火を囲む憩いの場であるはずだった。だがそこは見るも無残な有様で、道具や家具が散乱していた。先ほどの老人たちも何者かから逃げてくるようにすれ違った。

 そしてその混乱の中心にいたのは……。

「もおおおおお!」

 翠の服に身を包んだ白い口髭が豊かな老人だった。そしてその顔にアルドは見覚えがあった。

「え!? じ、じいちゃん!?」

「祖父? アルドの?」

「あ、ああ。バルオキー村の村長なんだ。いや、でも何でじいちゃんがここに? バルオキー村にいるはずだろ?」

「もおおお!」

 アルドの質問には全く答えずに、アルドの祖父らしき人物は当たるを幸いとばかりに木や物を薙ぎ払う。

「全く会話が通じてイマセン」

「くそ! ひとまずじいちゃんを大人しくさせるぞ!」


 村長が大きく杖を振りかぶってアルドたちに突進する。単調で直線的な動きで、避けるのは容易だったが、狙いを外した一撃は大木を一撃でへし折った。

「アルドの祖父を攻撃するのは心苦しいが、なるべく傷つけぬよう努力する」

 ヒイナは自らの体に仕込まれた暗器の一つ、鎖付きの鉄球を武器の杖に巻き付ける。

 がっちりと絡みついた鎖は外れず、ヒイナと村長が綱引きのような形になった。

 その隙を見逃さずアルドとリィカが一機に肉薄する。しかし村長は強引にヒイナを引っ張り、リィカに叩きつける。

 なんとかリィカがヒイナを受け止めて衝撃を逃すが、恐るべき怪力だった。

「ああもう! いい加減落ち着け!」

 剣の峰で村長の腹を殴打する。骨の一本や二本折れてもおかしくない一撃だったが、村長は堪えた様子がない。

「もおおお!」

 またしても杖を大振りしてアルドに攻撃を加えるが、やはり単純な動きしかしないので避けるのは容易かった。だが一撃でもまともに当たれば致命傷になる怪力は冷や汗をかかずにはいられない。

 態勢を立て直したリィカとヒイナがそれぞれの武器でなるべく傷が浅くなりそうな場所に向けて攻撃する。

 しかしその攻撃はまるで鋼鉄の壁にでも阻まれたかのように甲高い音をたてて弾かれた。

「アルドさん。おじいさんもアンドロイドデスカ?」

「そんなことはない。じいちゃんはちゃんと人間だよ」

「しかし、これでは埒が明かん。動きを止めたくともあの怪力では縛ることすら容易ではなく、こちらの攻撃が効いた様子もない」

 大暴れする村長を相手に攻めあぐねる三人に、どこかから声がかけられた。

「お困りのようでやんすね!」

 勢いはあるが妙に卑屈っぽく聞こえる声だった。

「誰だ!」

 アルドが声の方向を見ると、声の主は樹上から飛び降り、地面に舞い降りた。

「あっしもお手伝いするでやんす!」

 立ち上がったその男は……顔がネズミだった。ネズミ姿の男が直立し、二足歩行していた。

 どことなく見覚えのある姿に思わずこうつぶやいた。

「……サイラスの親戚か?」

「サイラスって誰でやんすか!?」

 かっこよく登場したつもりだったねずみ男は思わぬ指摘にずっこけた。

「あっしはラクソン! ネズミのラクソンでやんす!」

「わかった。ラクソンだな。それで、お前はじいちゃんをどうにかできるのか?」

「いや、そもそもあれはあんたの祖父じゃごぜえやせん」

「どういうことデス?」

「今は説明している状況じゃごぜえやせん。まずはあの老人が持っている玉璽をどうにかしやせんと」

「玉璽? アルドの祖父が惑乱しているのは玉璽のせいなのか?」

「そうでやんす。皆さま少しでいいからご老人の気を引いて下せえ。後はあっしが何とかしやす。ご安心を。傷つけるわけじゃごぜえやせん。ただし! あっしは戦えやせん! 弱いのであしからず!」

「自慢することかそれ!?」

 愚痴を言いながらも他に打つ手もなかったアルドたちはアイコンタクトで会話した。

「もおおお!」

 相変わらずの剛腕を村長は振るう。

 それを躱し、アルドとヒイナが足元を攻撃して村長のバランスを崩すと、リィカが大槌を村長の杖に振り下ろした。乾いた音をして砕け散る杖。それに怒ったのか雄たけびを上げながら立ち上がる村長の背後に忍び寄ったラクソンは手に持ったハンコのような何かをその背中に押し当てた。

 すると今まで鋼のようだった村長は老木のように頼りなくなり、膝から崩れ落ちた。


 アルドは地面に倒れそうになった村長を慌てて支える。すぐに呼吸を確認し異常がないことを確信し、ほっと一安心した。

「ラクソン。お前一体何をしたんだ?」

「あっしの玉璽を使ったでやんす。それとこの人の玉璽も回収するでやんす……て、ひいっ!」

「ん? どうかしたのか?」

「そ、そのう……その黒猫を近づけないで欲しいでやんす」

「もしかして猫が怖いのか?」

「お、お恥ずかしながら」

 まあネズミだからなあ。などと思いつつアルドはヴァルヲを抱きかかえてラクソンから引き離す。

 ラクソンはそそくさと村長の懐から持ち手に牛の彫刻が施されているハンコを取り出し、愛おしそうに手の中に包んだ。よく見るとラクソンの手にはネズミの彫刻が為されたハンコが握られていた。恐らく同じ種類のハンコだろう。

「ラクソンとやら。事情を説明してもらえると思ってよいのか?」

「もちろんでやんす。ですが皆さま、ひとまずはお休みした方がよさそうでやんす。ひとまずあっしが滞在している小屋にご案内しやす」

「みんな。それでいいか?」

「モチロン」

「妾たちはともかくアルドには休息が必要だろう」

 全員の同意を得て案内をはじめようとしたラクソンだが、不意に立ち止まった。

「そうでやんす。が来たのでこれだけは言っておかなきゃいけやせん」

 咳ばらいをしてアルドたちに向き直る。今までとは違ってかしこまった様子で、何十年もこなしてきたかのように板についた動作であいさつした。

「ようこそ迷い家へ。ここは夢の叶う、夢によって作られた場所。どうぞごゆるりとお楽しみくだせえ」

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