十二支合戦物語

秋葉夕雲

第1話

 神隠し。古今東西を問わず幅広く語られる普遍的な神話である。

 その実態は原因不明な行方不明者を強引に説明するための方便である。……だが。その中には……真実に神隠しとしか考えられない現象も存在していた。


 アルドから見て東方と呼ばれる国の一つ。巳の国イザナ。石垣と緑の木、あでやかな桃色の木。色彩豊かなこの町で、行方不明者が続出しているらしいと聞き、さらにその行方不明者の母親から涙ながらに捜索を懇願されれば断れるわけもなかった。

 ひとまず行方不明者が続出している怨丹ケ原に向かってみると……。


「……こんなにあっさり原因が見つかるとは思わなかったな」

 目の前の空中に巨大な渦が周囲の空間を飲み込むように存在している。普段時代を移動するときに使うものよりもはるかに巨大だった。どう見てもこれが原因だろう。

「時空の穴を計測シマシタ。ただし転移先は不明デス」

 アンドロイドのリィカがセンサーを走査させて人間には知覚できない異常を検知している。

「つまり、どの時代に到着するのかわからないってことよね」

 アルドの妹、フィーネが心配そうに渦を眺める。

「ハイ」

「どうするのアルド」

 未来のウェポンショップの看板娘であるエイミからの質問に、少しだけ腕を組んで考えていたアルドだが、他に妙案も浮かばなかったので単純な行動を言葉にした。

「行ってみよう。行方不明になった人たちがここにいるのかもしれない」

 誰も異論はなく、並んで時空の穴に足を踏み入れた。


 すると辺りの景色は一面の雪国だった。

 近くの地面は踏みしめられるほど白く、雪化粧した山々が遠くに聳え立っている。

「うわ、寒いな。急に気温が変化したから余計にそう感じる」

 温暖な場所から急激に寒い場所に来たせいで思わず身震いし、反射的に出た言葉に誰からの反応も返ってこないことを不思議に思って辺りを見回すと……仲間たちの姿はなかった。

「え? みんなどこに行ったんだ?」

 首を振り、仲間の姿を探していると、足元から小さな鳴き声が聞こえた。

「ニャー」

 旅に同行している黒猫、ヴァルヲだった。

「お前はいてくれたんだな」

 ヴァルヲを撫でながら改めて周囲を見回す。ひとまず危険はないようだが、この場所に見覚えはない。

 後ろを振り向くとまだ巨大な渦のように時空の穴が広がっている。

 選択肢は二つ。仲間を探すために進むか、一度戻るか。もしも別々の場所に移動していたとしても、引き返せば元の場所に戻れるならすぐに合流できるはずで、普通なら同じように考えるはずだ。

 ただ、もしも引き返しても誰もいない、あるいはまったく別の場所に出てしまったら……。

「それこそ考えてもしょうがないな。いったん戻るぞ、ヴァルヲ」

 巨大な渦に再び吸い込まれるように歩む。そして……。


 元の場所に戻っていた。ほっとしたのもつかの間、フィーネが詰め寄ってきた。

「アルド兄さん! 無事だった!?」

「ああ。なんともないよ。それよりもどうしてみんな時空の穴に入らなかったんだ?」

「入れなかったのよ」

 エイミが落ち着いて訂正する。

「アルドさんが時空の穴に飲み込まれるとすぐに穴は小さくなりマシタ。ヴァルヲさんしか穴に入ることはできませんでシタ」

「何だって? 俺は普通に出入りできたけど……」

「ふうむ。皆の者、しばし待たれよ」

 一行の中でも特に変わった風体であるカエル姿の剣士サイラスが時空の穴に歩みを進める。すると、時空の穴は一気に広がり、サイラスを飲み込むとすぐに小さくなった。

「うわ! 確かにこれじゃ人間は出入りできないな」

 アルドが驚くとすぐに戻ってきたサイラスが現れた。

「どうやらこの時空の穴は誰か一人でも通ると穴が小さくなってしまうようでござる」

「一人しかこの穴の向こうにはいけないってことか」

 これはなかなか難しい。今まで誰かと共に戦うことで難局を乗り切ってきたアルドにとって一人旅がどれだけ過酷かは想像に難くない。

 しかしリィカは少しだけ訂正した。

「より正確には、この時空の穴は大きさが変動するようデス。アルドさんやサイラスさんが時空の穴に入った後も穴はごくわずかに増大していまシタ」

「じゃあ時間が経てばまた入れるようになるの?」

「ハイ。このままのペースならおよそ四十二時間後に二人目が通れると予測しマス」

 つまり二日近く待てばまた通れるようになるらしい。恐らく時空の穴の大きさが変化することで今まで見つからなかったのだろう。常にこれだけ巨大ならすぐに噂になるはずだ。

「それはちょっと難しいな。向こうは冬みたいだったからじっと待ちぼうけなんかしてたら凍えちまう」

 一人で行くのも難しい。かと言って複数人で向かうのも厳しい。さてどうしたものかと考え込んでいると、エイミがリィカに提案をした。

「ねえ。リィカ。一度あなたも時空の穴に入ってみてくれる?」

「え? そんなことしても……」

「ハイデス」

 止める間もなくリィカはさっと時空の穴に入った。……だが、時空の穴は全く変化しない。

 すぐにリィカは戻ってきた。

「どうデシタカ?」

「やっぱりね。時空の穴はそのままだったわ」

 納得している二人だがアルドは要領を得ない。

「なあ、どういうことなんだ?」

「お忘れデスカアルドさん。ワタシはアンドロイドデス」

「もしかして、この時空の穴は生物が通り抜けないと小さくならないのか?」

「そのようデス」

 アンドロイドであるリィカは生命体として認識されないようだ。見た目こそメカメカしいが、ごく普通に会話しているうちに人間のように接していてしまったアルドはその事実が頭から抜け落ちてしまっていた。

「少なくともリィカは向こうには行けるわ。二人ならだいぶ楽になるんじゃない?」

 アルドとしては自分が行かないという選択肢は頭から排除していたし、それは仲間たちもわかっている。ただ、アルドの脳内にはもう一人同行できそうな顔があった。

「一人、呼んでみたい奴がいるんだけど、いいか?」




 艶やかな羽織を着こなした女性が時空の穴を通り抜けるが、その大きさは全く変動しない。ほどなく女性は戻ってきた。

「どうだった?」

「ああ。問題なく出入りできるみたいだ。悪いけど同行を頼めるか?」

 アルドが呼んだのはヒイナと呼ばれる女性だった。一見ごく普通の人間に見えるが、実際には職人によって作られた絡繰人形であり、人ではない。

 ヒイナにはすでに事情を説明しており、快い返事をもらっていたが、フィーネは改めて依頼した。

「ヒイナさん。すみませんけど兄さんと一緒に行方不明の方々を探してもらえませんか?」

「かまわない。妾も行方の知らない人々を放ってはおけない」

 凛とした声でフィーネの呼びかけに答える。

 只人なら不遜とも傲岸ともとれる態度だったが、彼女のそれはとても様になっていた。

「よし。じゃあ、リィカ。ヒイナ。一緒に行ってくれるか?」

「ハイデス」

「ああ」

 フィーネたちとひと時の別れの言葉を交わすと、時空の穴へと向かっていった。


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