5話

 セーブなどできなくても、もともとループしてしまえばセーブは消えてしまうのだから、必要などないだろう、と思われるだろう。

 たしかに、ループしてしまえばセーブが消える、という意味では正しい。しかし、必要ない、というのは間違っている。


 たとえば、強いボスの直前などでセーブをしておけば、ループ前であれば、何度でもセーブからやり直して、ボスに挑むことが出来る。ダンジョンの中などでも、セーブしていれば、万が一、強い雑魚敵などで全滅してしまっても、セーブからやり直すことが出来るのだ。


 しかし、3章中盤頃から、どういうわけかセーブポイントに触れても反応しなくなり、また時を同じくしてオートセーブもされなくなってしまった。

 こうなると、最後にセーブが有効だった3章中盤以降は、どれだけ先に進んだとしても、全滅してしまえば3章中盤に戻されてしまう、ということになる。これは後半も後半、ラストダンジョンともなると問題は大きく、ラストダンジョンの非常に強力な雑魚敵に負けてしまうと、即、数時間前の3章中盤に戻されてしまうのだ。ラストダンジョンに到達して間もなかったころは、一度死んでしまえばもうラストダンジョンに再アタックすることは不可能というありさまで、ラストダンジョンの攻略は難航を極めた。


 一度、ラストダンジョンに入ってすぐの雑魚敵で全滅し、プレイが無駄になる、という事が連続で繰り替えされたことがあった。

 さすがの僕も心が折れそうになり、丸一日クラリオン5に触れず、SNSでこれまでの経緯とこのバグについての愚痴を放出したことがあった。どうせ、ネットに何を書き込んだって、ループすれば消えてしまのだ。多少辛辣な事を書いたっていいだろうと、かなり過激な言葉を交えて、このバグについて悪態をつきまくった。

 すると、「ループしてるのに、このゲームでラストダンジョンまで到達するなんて、相当頭がおかしいですね」という言葉を、かなりオブラートに包んだ形で、開発者を名乗る人物が返信を送って来た。

 開発者曰く、そのバグは開発者も認識しており、本来は発売日18日の昼過ぎに修正パッチを配信する予定になっていたのだという。


 その後、なにやらくどくどとそのバグが発生した理由などを並べ立てていたが、いちプレイヤーの僕にとっては非常にどうでもよいことで、そんなバグが乗った状態でゲームを出すんじゃない、と思うものだったが、そこは黙っていた。

 さらに、その開発者は「お詫びにゲームの攻略法を教えましょうか」などと言い出したので、僕は「殺されたいのか」をオブラートに包まずに伝え、SNSから逃げ出した。


 僕は攻略法を知ったうえでゲームをクリアしたいわけではないのだ。未知のゲームを、自分の手だけで攻略したいのである。もし攻略法が知りたかったのなら、とっくの昔にSNSで聞いているのだ。


 翌日からまた、僕は愚直にプレイを続けた。

 なんど全滅しようが、たとえ一歩もゲームが先に進まなくても、またゲームをオープニングからプレイしなければならなかったとしても、僕はプレイを続けた。いつかはクリアできることを信じて。

 結局、ループする世界でゲームをクリアするには、ひたすらプレイし続けるしかないのだ。何度オープニングを見ることになろうとも、何度同じボスと戦うことになろうとも、何度同じ場所で力尽きようとも、プレイを続け最適化を続けた果てには、必ずエンディングを迎えらえるはずだと信じて。

 

 クラリオンシリーズの恒例に漏れず、ラスボスは信じられない程の強さだった。当然、ラスボスで全滅すれば、3章中盤からやり直しである。ラスボスに到達して間もないころは、中盤からやりなおしても、またラスボスまで到達できるほど、ループまでの時間的な余裕はなかった。なにせ、ラストダンジョンには嫌がらせのような仕掛け――複雑なパズルや、スイッチを押さなければ開かない扉など――が無数にあり、それらを全てやり直さなければならないのだ。

 何度か繰り返すうちに、ラスボスで1回全滅するくらいなら、もう一度チャレンジできるくらいには、時間を捻出できるようになったが、それでも1ループの間でラスボスにチャレンジできるのは2回が限界だった。


 ループしている状況でなければ、ラスボスがどうやっても倒せないときは、レベルを限界まで上げてしまう、という方法で打開することが出来るだろう。

 しかし、ループしている状況下では、上げられるレベルにも限界がある。どれだけ経験値効率のよい場所でレベルを上げても、ラスボスを圧倒出来るほどのレベルにまで上げることは出来ない。

 それでも、僕は地道にコツコツとラスボスへのチャレンジを続け、ラスボスが1回変身してもくじけず、2回変身しても諦めず、3回変身したあたりで途方に暮れながら、4回目の変身で、ついにラスボスを倒すことに成功した。


 僕はループ開始を告げる無重力の中で、勝利の雄たけびをあげた。


 そして続く重力に押しつぶされながら、これではエンディングが見られない、という事実に気付き咽び泣いた。


 そこからさらに数回のループを経て、僕はついに、クラリオンのエンディングを最後まで見ることが出来た。

 ゲームはもうそれ以上続くことは無かった。

 正真正銘、完全なクリアだ。

 僕は強烈な余韻に浸りながら、無重力で天井まで押し上げられ、続く重力で床に叩きつけられた。

 結局、ラストダンジョンに到達してから、エンディングを全て見終わるまでに要したループ日数は103日だった。クラリオン5をループしている状況下で攻略をはじめてから、トータルで191日かかったことになる。

 こうしてクラリオン5は、僕の人生で、クリアするのに最も困難を極めたゲームとなった。


 これだけ苦労をしたのだから、もしかしてクラリオン5をクリアしたら、ループから解放されるのではないか、などと淡い期待をしていたが、そんなことは起こらなかった。世界は変わらず、ループし続けている。やはりこの世界は僕を中心に回っていたわけではないらしい。


 まあ、そんなことは、どうでもよいことだ。

 僕はゲームが出来ればいいのだ。

 世界には、まだ無数にプレイしたことのないゲームがあるのだ。


 さて、次はなんのゲームをしよう。

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ループする世界でビデオゲームを攻略するために僕がするべきこと なかいでけい @renetra

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