神の視点バイアス・後編

※今回のお話にも、フォールアウト4のサブイベントの内容に触れる記述がありますので、ご注意下さい。

 

 最近、ゲームが終わった後にフォールアウト大辞典と言うサイトを眺めて、訪れた土地や出会った人物、手に入れたアイテムやら作中のブラックユーモア等について復習する事が、もう一つの楽しみとなっています。

 ゲーム中に出てきた地名、イベント、アイテム名など、あらゆる用語に対して、閲覧者が自由にコメントする事で成り立っています。

 ゲーム自体が広大なオープンワールドであり、用語の数も莫大なものなので、読んでも読んでもネタには事欠きません。

 皆さん元ネタや制作の事情にも非常に詳しいので、プレイ中には気付かなかった思わぬ発見もありました。

 今回のコベナントや“安全テスト”も例に漏れず、用語として登録されていたのですが……やはり、賛否色々、コメント同士での議論になっていました。

 コベナントや住人に対して、かなり“否”寄りの意見が見受けられました。

 まあ、人造人間に家族を殺されたからと言って30パーセントの冤罪者を巻き添えにした私刑・無差別殺人である事は否定できませんから“通常”の感性では到底共感できない所でしょう。

 

 しかしこのゲーム、主人公の所属し得る四大組織がどれも戦前に近い道徳観・社会秩序を保っているので忘れがちですが、世界の大半は無政府状態の無法地帯です。

(※ダウンロードコンテンツで、ヒャッハーの勢力に入れるルートも追加されているそうですが)

 当然、司法と言う概念が無いため、犯罪者に対する制裁は居住地総出によるリンチ殺人しか方法がありません。

 “法”の在り方自体が、我々の世界・時代とは全く違います。

 実際のプレイ中、鉛筆や缶詰の一つでも盗もうものなら、その近辺のNPCが全員敵対し、たちまち銃撃戦になってしまいます。

 決着は、どちらかが死ぬか敗走するか、のみです。

 姉妹作のスカイリム(中世ファンタジー)のように、衛兵が捕まえに来ると言う手順すら踏まれません。

 それは同時に、犯罪被害に対する復讐も再発の抑止も、一人一人が自分でやらなければならない事も意味します。

 比較的発展している都市では警察のような組織も生まれていますが、法律の精度も戦前の国家に比べれば程遠く、本質的には未開拓地の制裁と変わりありません。

 仇討ちは悪い事であり、加害者を法律のもとに裁く事が正しいとされるのは、(乱暴に簡略化するようですが)司法が生きていて加害者への“復讐”や再発抑止を一応の形で代行してくれる、我々の世界だからこそ言える事です。

 無政府状態の中、それが客観的に見てどれだけの悪法であろうと、自分達の居住地のルールで生きていく他ありません。自分達が政府の代わりに全てを決めねばならず、そこへ素性のわからない余所者を尊重する道理がありません。

 現実世界の安定した国家ですら、自国民を犠牲にして外国人を助けなければならない道理はありません。

 裏を返せば、コベナントの罠に引っ掛かるのは、自己責任による所も大きいと思われます。

 あれだけ不自然に豊かな集落がある時点で、一考しなければならないでしょう。   

 あまつさえ、作中世界における地下研究機関インスティチュートとは、半ば正体不明の都市伝説扱いにもなっており、存在の認知すら怪しい相手なので、なおのこと組織立って制裁するのが困難な相手でもあります。

 居住地を成り立たせている動機が動機なので、他に誰も人造人間に制裁を加えられない・再襲撃を防いでくれない現状、安全テストを止めさせると言う事は、復讐も防備も放棄しろと言うのと同義。

 住人、ひいてはコベナント全体に滅びろと言っているようなものです。

「憎しみにとらわれて別の被害者を出している」

 と言う書き込みも多かったのですが、警察や裁判所の無い世界だからこそ生まれる発想……我々の現実世界とフォールアウトの世紀末世界にはそれほどのギャップがある事を忘れてはなりません。

 ただ、現実世界との違いがわかっていてなお、コベナントを許せないと言うのであれば、それも間違いではないと思います。

 最もまずいのは、一週目の私のように、現代日本人の感覚で町を敵に回し(あるいは荷担し)人死にを出す事でしょう。


 もう一つ、コベナントを否定する要因として語られていたのが「安全テストは、逆に仇である地下研究機関インスティチュートを手助けしてしまっている」と言う意見です。

 どう言う事かと言うと、コベナントの安全テストとは、対話によって人造人間の擬態を暴く為のデータ収集である……裏を返せば、人造人間の擬態の事も同時に意味します。

 つまり、インスティチュートとしては、コベナントで捕まった人造人間の何がいけなかったのかを反省し、より人格プログラムの精度が高くなるデータを取ってもらっている事にもなります。

 実際、ゲーム内でインスティチュートはコベナントの存在を認知していると言う情報が得られます。

 つまり、コベナントを滅ぼそうとすれば造作もなく出来るのに、敢えてそれをしていない。

 インスティチュート所属の人造人間を仲間にしてコベナントへ連れていく事も出来ますが、戦いになる事はありません。

 また、仲間の人造人間が安全テストをパスしていると言う事は、実際に人格プログラムが強化されていると言う事でもあり、人造人間の製造責任者も、コベナントのデータを利用しているのは間違いないでしょう。(直接それを裏付ける発言があったかは失念しましたが)

 だから、コベナントは人造人間事件に手を貸している共犯も同じ……と言うのが、コベナント否定論の理屈です。

 これも“神の視点”から作品を俯瞰しているプレイヤーの立場だからこそ言える、結果論です。

 そしてもう一つ重要なのは、ゲームの主人公と言うのは、頑張ればいずれ真実にたどり着ける事が約束されていますが、コベナントのモブ達はそうではないと言う事です。

 むしろ、仮にコベナントが頑張った末にインスティチュートを打倒してしまうと、話が破綻してしまいます。

(他勢力との競争要素があればまだしも、この作品は自由度を売りにしているフリーシナリオです)

 つまり、主人公の努力は必ず報われるように出来ている一方、モブの努力はそうとは限りません。

 他に結果を出す方法も不確かな中、それでも出来る事をしなければならないのは、それこそです。


 物語に没頭する程に、これがなかなか難しいのですが、書く側も読む側も「作中人物と現実の自分は立場が違う」と言う事を忘れると本質が見えなくなってしまうのでは、と考えます。

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