服の描写とか
先日、コンビニ強盗が逃走中のニュースを見た時に、
「犯人は黒のジャンパーにジーパン姿、髪型はやや短めでマスクを着用していたとの事です」
そんな人間、世の中にごまんと居るわ! と思いました。
特にマスク。このご時世に外でマスクをしていない人の方が稀なのは、言うまでもありません。
これだけを聞いて、目撃者が「もしかして、あの時すれ違った……」と思い出す事はあるのかどうか。
逃走中なので挙動が怪しいとか、そう言う意味で印象に残る事はあるかも知れないので、全くの無駄でも無いのでしょうけれど……。
まだ、似顔絵だとか同じ服装を再現した写真を出して、こんな容貌でしたよ、と一言添えた方が効果的に思えます。
これもまた“描写”と言うものの限界ではないか、と思いました。
描写は、読者に狙った情景を想起させる……言い換えれば、受け手の知識に依存した伝達手段であるために、新しいものや奇抜なものをダイレクトに伝えるのを苦手としています。
また、一つの事柄に対する情報が多ければ多いほど、連想に労力を要してしまうのでは無いでしょうか。
現代ドラマや学園ものなどはいざ知らず、服装に馴染みの無いファンタジーなどで挿し絵があるのは合理的なのかも知れません。
また、ジョジョの奇妙な冒険五部などのように何処のファッションショーか、と言いたくなるような独特の服装をデザインできるセンスがあったとしても、文字だけで表現するのは難しいでしょう。
「素肌に直接ネクタイを着け、所々に穴の開けられた黄緑色のスーツ」だとか「白地に無数の黒いドットのようなものが描かれ、あちこちにジッパーが付いていて、胸元が大きく開いたスーツ。頭には蛆虫をあしらったヘアピン」だとか絵も無しに言われても、常人にはおよそ想像出来る代物ではありません。
小説と言う媒体では、服装と言うのはのっぺりした物にならざるを得ないのでは、と思います。
あるいは、ある一点のみで勝負をかけるか。
普通のイケメンが黒い口紅ひとつを塗っただけでも、かなりインパクトは違うものです。
私の自著で良くできたと思えたのは、これまで何度か挙げてきた“最強戦士ケリー”(身体は男・心は女)です。
40代男の精悍な顔立ちを描写した後、サラサラの赤いロングヘアーに、キャリアウーマン然とした高級スーツを描写。それが、鎖分銅に可変する戦斧を持って暴れている所に遭遇したら(しかも、トンネル効果で障害物をすり抜けながら襲ってきたら)どう命乞いすれば良いのやら……と思える出来になったと思います。
食べ物の味も、意外と難しいものです。
これについては好き嫌いの個人差もあるので、なおの事では無いでしょうか。
個人的に納豆だけは絶対に食べられないのですが、毎朝納豆ご飯を食べている人とは、凄まじい感覚の齟齬があると思います。
出てくる納豆がどれだけの高級品であろうと、絶対に「美味しそうな描写だ」と感じる事は出来ません。
また個人的な事で、ワインを良く飲むのですが、これは辛口か甘口か・軽めか重めか・……など、品目ごとに千差万別です。
売場のポップに味の傾向が解説されている事も多いのですが、
「チョコレートのような薫り」
「プラムの程よい酸味」
「バニラのような樽香」
と言ったように、他のものに置き換えた間接的な表現が多く見受けられます。
最初の頃は「??? それが入っているのか?」とちんぷんかんぷんでしたが、数を飲んでみると、ああ、なるほど……と思えるようになりました。
自分の知っている事が、相手も知っているとは限らない。
そして、不特定多数の読者に対して、それを確実に擦り合わせねばならない。
山の景色や海の音、土の匂いなどは、大抵の事象は「たまたま大多数の人達で共有出来ている」から、一見して説明が容易ですが。
描写と言うものの難しさの正体は、そこにある気がします。
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