不殺
主役や特定の人物に「敵であっても人を殺害させない」と言う制約を俗に不殺(ころさずorふさつ)と言います。(時には動物やモンスターも含まれるのでしょうか)
現在はどうかわかりませんが、一昔前のライトノベルにおいて、ヒロインにこれを課しているパターンが多く感じられました。
恐らく、清廉潔白な人物やヒロインの手を汚させたくないと言う作者の心理が働いた結果なのでしょうか。
実際、殺人には重い業が生じます。それによって、人物が作者の望んでいない評価を受けざるを得なくなることを考えれば「命までは取っていない」としたくなるのは責められたものでもありません。
むしろ、そこが気になる人は人命の重さに向き合えていると言えるでしょう。
しかし、不殺もまた、テーマとしては非常な難物です。
まず、不殺の制約を課すのに最低限度必要なのは「人を殺さないと誓っている明確な理由」でしょう。
巷で言われる不殺の語源はるろうに剣心のそれだと思うのですが、この作品は、幕末に人斬りをして多くの人命を奪った男が、奪った命の因果によって自身も悲劇に見舞われ、殺人の重みを真の意味で思い知ると言う背景から成ります。
そして、新時代(明治)では不殺を誓い、戦いこそ捨てなかったが刃と峰が逆の刀(逆刃刀)に武器を替えます。
そして、なんやかんや色んな強敵と戦うも、命を奪わない戦いを全うします。
(いくら峰打ちでも、あんな全力の必殺技で殴打したら死んでしまうだろう、と言う突っ込みは無粋なので止めてさしあげましょう)
戦いとは、言い換えれば「敵の無力化」を目指すものです。
そして、敵の殺害とは最も確実で迅速な、無力化の手段です。
敵が生きている限り「攻撃される脅威」は完全には消えません。銃や爆弾、魔法がある設定であるなら尚更。
当たり前ですが、死闘において全力を尽くすと言うのは敵を容赦なく殺すと言うこと。
逆説的に「殺さないと言うことは、全力を出していない。手加減をしている」とも言えます。
前述の剣心にした所で、ワンマンアーミーが可能になる域まで剣を極めたからこそ、命を奪わずに敵を制圧出来ています。一部の強敵に対しては紙一重の辛勝で、自分が命を落としかけてもいます。
仮に殺す気で戦えば、もう少し簡単に済んだ話も多かったでしょう。
やれる事をやらない。殺人に対する強烈な悔恨と言う、ある種「必死な」背景が無ければ納得されるものではありません。
また、現実の警察なども、余程の事がない限り殺害と言う手段は使えません。
例え相手が凶悪殺人犯だったとしても、生きて逮捕しなければならない。
つまり、国家や組織のルールと言う制約によっての不殺は、最も自然な切り口かも知れません。
創作の戦場において、漠然とした道徳心や思いやり程度の理由で「相手を殺さない」と言うのは、逆に、理由無き生殺与奪・命に対する否定とすら言えます。
悪し様に取られれば舐めプの謗りすら受けます。
そんなわけで、不殺に必要なのはまず「必死さを伴う理由」です。
そしてもう一つ、殺害と言う、戦術的に最短かつ最適解を捨てる以上は「そのハンデを埋めた上で敵を鎮圧せねばならない」と言う事です。
持たされる得物は剣でも銃でも良いのですが、自分が紛争地帯(一対一を想定したいなら暴漢の前)に放り込まれたところを想像してみれば、歴然です。不殺なんてまず言ってられません。
よくある、腕を撃って無力化すれば良いのかと言うと、それで失血死しない保障もどこにもないし、狙える的も極めて小さくなります。
こちらに殺意が無いと看破された場合、敵は多少殴られてでも大胆に攻める事が出来るようになり、攻撃手段の限られる不殺側はますますジリ貧に追い込まれます。
殺傷力のある攻撃とは、それ自体が牽制の役目も果たしていると考えます。
気絶に留める描写も一般的によく見られますが、腹への当て身や首筋への手刀なんかで意識を無くさせるのはそううまくいかないでしょうし、首筋への一撃なんかは、やはり下手をすれば殺してしまいます。
まず考えられる手立てとしては、やはり「圧倒的な実力差で殺さずにねじ伏せる」と言うものでしょうか。
しかし繰り返しになりますが、力の格差に任せた手加減は、そうせざるを得ない強烈な動機がない限りは嫌味に取られます。
次に考えられるのは「非殺傷・捕縛に特化した手段を極める」事でしょうか。
催涙ガス的なものとか、催眠術だとか、落とし穴に幽閉だとか、文字通りお縄にする拘束術だとか。
魔法や異能の存在する世界観なら、割かしやりやすいかとは思われますが、殺陣が地味だったり単調になるかも知れません。
いずれにせよ、真剣やマシンガンなど普通に殺す気満々な得物を持たせておいて不殺をやらせるのは、これもアンバランスを感じさせてなりません。
今一度まとめると。
・不殺にはそれを支える「強烈な動機」が必要不可欠である
・手を抜かせるのではなく、無血制圧に全力を尽くさせる
・不殺の戦い方は、通常の殺す前提のものとは違うメソッド・戦術が求められる
と言った所でしょうか。
引き算よりも足し算を、は色んな所で言える話でもありますね。
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