読書感想文 正欲(著:朝井リョウ)

※正欲(著:朝井リョウ)の内容に一部触れる部分があります。

 極力大事な所はぼかしますが、ご了承下さい。

 

 

 

「これを読んで、性の多様性についての見方が180度変わった!」

 と言う声を聞いたので、読んでみました。

 帯にも他の作家による「朝井さんやっちゃったね。皆の秘密バラしちゃった」と言う煽り文句が書いてありましたが、果たして。

 個人的に、こう言う身内で盛り上がっているのを見ると一抹の不安を覚えますが……。

 

 まず、純粋な技術的な感想として。

 複数の主役の視点が切り替わる形で進行していくのですが、理想的な群像劇だと思いました。

 引きこもりから立ち直るべくYouTuberとして活動しはじめた少年達。思いのほか反響が大きく、コメント欄に多くのリクエストが殺到する。

 しかし人気の真相は、(窒息やラップ巻きにされる様を好むなど)様々な性癖の小児性愛者が、彼らを性的な目で観察して消費していた為のものだった……と言うことが別視点から語られます。

 学校へ行かなければならないと言う強迫観念を打ち破り、自分の進む道を見付けようと足掻く子供の動画が、決して報われているわけではない。そして、当の少年達は、視聴者が自分のコンテンツに共鳴してくれたと信じて疑わないし、視聴者らの真意を知る術もない。

 A視点での話がB視点に影響される。当たり前と言えば当たり前ですが、その当たり前を綺麗に出来ている群像劇は思いのほか少ないと思います。

 また、終盤までの話は各人物の内面描写や日常に終始しており、はっきり言って起伏が乏しい。

 それにも関わらず、読んでいてほとんどダレなかったのが逆に凄いと思いました。

 恐らく、プロットを凝りに凝って急展開に満ちた起伏の激しい話よりも、こうした平坦な話を面白く書く方がある意味で難しいと思われます。

 単純にいち現代ドラマとしても、読んで損は無いでしょう。

 

 さて、個人的には「皆の秘密をバラしちゃった」と言うよりは、性の多様性についてとっ散らかっていた考えがある程度纏まった、と言う方が正確でした。

 まず、

「性の多様性と言うなら、小児性愛者も許されるのか」

 と言うのは避けては通れない問題だと思います。

 事実、本書では買春と児童ポルノ所持による逮捕から話が始まります。

 ただしよくよく考えてみると、例えば同性愛者と小児性愛者では「被害者の有無」「双方の責任能力の有無」と言う決定的な違いがあります。

(ここで言う被害者とは、金を貰って納得の上で応じた児童も含まれます)

 だからLGBT啓発活動を行う方々には避けられない問題であると同時に、批判のためにロリコンを引き合いに出すのもまた、ナンセンスな逆張りであると言う事です。

 問題は、他人からすれば「実在の児童に手を出した事がないとは言っても、明日も“そうではない”保障がどこにもない」事でしょうか。

 結局のところ、

「相手の同意無しに手を出したり、物を壊したりは、どんな性嗜好の人間でもダメでしょう」

 と言う作中の一言に尽きるのですが、周囲の認知の低さと当事者の過剰な被害者意識、未熟な啓発活動などの要因が複雑に絡み合い、問題の本質を見失いがちであることを指摘してくれているようです。

 また、この台詞を言った人物が、それまで明らかに読者のヘイトを集める言動ばかりしていたのも巧みでした。

 最後の最後でこの人物なりの確固たる考えを持っている事がわかり、彼女のことを「半端な同情心で動く浅はかで迷惑な人間だ」と一方的に断じていた読者に、色眼鏡で他人を見る愚かさを突きつけてきます。

 また、主役が逮捕されたあと、仕事上で気に食わなかったと言う私怨(それも逆恨み)で彼を糾弾する会社の同僚も登場します。

 正直、浅慮で口汚い老害そのものであり、この数ページに渡って行われる陳述は差別と偏見と私怨にまみれていて、一見してとても聞くに堪えないものです。

 しかし、この人物の長口上から冷静に私怨の部分を除去すると、人の親なら一度でも考えた事のある純粋な危機感が浮かんできます。

「何で自分や我が子が特殊性癖の人の都合で怯えなければならないのか。少しでも可能性のある人間は隔離して欲しい。何処へ? そんなのボクが考える事じゃないでしょ」

 また、主役の一人が言う「大人は子供を正しい道に導く責任がある」と言うのも、一理あると思います。

 他の極論(不登校は落伍者とするような持論)や、彼の人格の矮小な部分に埋もれて「一方的で理解の無い大人」と言うレッテルを生み出していますが、その全てを否定すべきでは無いかと。

 バイアスをかけて他人を見る事が、いかに危険な事かを読者に体感させる表現が随所に感じられました。

 とにかく“嫌われ者”に読者を自己投影させる手腕が巧みです。

 

 私としては劇的な変化を感じるほどの影響はありませんでしたが、小説と言う媒体を最大限巧く使い、現状をわかりやすく噛み砕いてくれたとは思います。

 ただ、一ヶ所だけ頂けなかった点が。

 作中で、ある重要な事件に関して、実在のそれを丸ごと引用して登場させているのですが、容疑者の名前まで(苗字だけですが)そのままなのは、如何なものか。

 まして、その容疑者は後に、車を暴走させる事件を改めて引き起こすのですが、実在の名前を引用した人物の末路をそう決め付けるのは、道義的に問題があるのでは、と。

 作品のクオリティには直接関係は無いのかも知れませんが。

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