第四の壁
※今回の話はフリーゲーム「Doki Doki Literature Club!(邦題:ドキドキ文芸部!」)」の重要なネタバレを含みます。
今後プレイの可能性が僅かにでもある場合、御注意下さい。
第四の壁、と言うのは物語と受け手(読者など)の間にある線引きを指します。
物語の世界と我々の現実世界はお互いに干渉しない、と言う事をわきまえる事だとも思います。
当然、劇場の観客席から見て、舞台の左右と奥には壁が(合計三つ)存在する。
そして、観客席と舞台の世界との次元的な隔たりを透明の壁に例えたことから、この“第四の壁”と言う言葉が生まれたのです。
さて、先程私は、現実と物語の間の次元的な隔たりを「わきまえる」と表現しましたが、それはつまり、敢えてわきまえない選択肢もあると言う事です。
例えば雨のシーンでカメラに付いた水滴が映るような状態。もっと露骨には、銃弾がカメラに飛んで来て弾痕を残すような演出。
これらは第四の壁を逸脱した演出(もしくはミス)と言えるでしょう。
メタ発言と言うものも第四の壁の破壊と言えます。
これらもまた、別に禁じられた手法ではありません。
しかし少なくとも、意図していないのなら誤字脱字と同種のミスだと思った方が良いでしょう。
カメラに付いた水滴の例のように、意識しなくてもやってしまう場合はあると思います。
意図して壊すにしても、たまたま壊してしまうにしても、題材としてこれ程の難物もそうは無いと思います。
先日、この第四の壁を意図的に破壊したケースで非常に感銘を受けた作品がありました。
それが冒頭の警告で挙げた「Doki Doki Literature Club!(邦題:ドキドキ文芸部!」)」です。
名前からして典型的な(古典的ですらある)和製ギャルゲーのそれなのですが、なんと遠くアメリカの個人が製作したそうです。
導入としては「友達の女の子に強引に入部させられた文芸部でお気に入りの子とキャッキャウフフ」な話なのですが、色々あって「部長の女の子が自分をゲームのキャラクターであると自覚している」とわかります。
そして部長はゲームのプログラムを弄くり出し、他の部員を物理的にもシステム的にも“抹殺”し出します。
ゲームのフォルダには、キャラクターファイルと言う、文芸部の女の子達の全てが格納されたデータが剥き出しで置かれていますが、部長は容赦なくこれを消し、他の部員を存在の根幹から抹消します。
重要な“キャラクター”を欠いたゲームはあちこちで整合性を失い、画像もテキストも演出もぐちゃぐちゃのバグだらけに。
個人的にきれぼし脳でもあるので、こう言うの好きではあるのですが……いや、それでもやっぱり怖いものは怖い。
さて。
部長が何故にそんな事をするかと言うと、ゲームキャラクターとしての自分に虚しさを感じ、また、プレイヤー(主人公ではなくパソコンを操作している現実のプレイヤー)に恋慕を抱いてしまった彼女は、願望のままにゲーム世界の何もかもをそぎ落とし、プレイヤーと二人きりの世界を作ろうとしたのです。
果たしてタイトル画面すらも介さず、ただ自分と話をするワンシーンしか存在しない代物にまで世界をシェイプアップしてしまった部長。
そのままではゲームを起動したとしても、延々と彼女の睦言を聞く事しか出来ません。
これこそが、自分がゲームのキャラクターだと認知してしまった彼女が渇望してやまなかった、永遠にプレイヤーと二人きりの世界です。
ゲームを終了させると「閉じ込められているような閉塞感があって嫌なの、パソコンを消さないで」などと訴えかけてきたり、
その果てに「でも貴方にも生活の都合があるものね。少しくらいなら……」と歩み寄りを見せたり、生々しい変化は枚挙に暇がありません。
けれど、そこに至るまでのやり方はさておき、部長のプレイヤーへの想いはとても純粋です。巷で言われる“ヤンデレ”の類とは程遠い、あくまでも双方向の愛情を一生懸命に模索したものでした。
この、部長と延々語り合うだけの膠着状態から先へ進む方法がひとつだけあります。
先程「文芸部の女の子全員のキャラクターデータ(=存在そのもの)が剥き出しで置かれたフォルダ」がある事に触れましたが、覚えておいででしょうか。
それは、部長も例外ではない、と言う事です。
つまり、作品の結末を見るには、プレイヤー自らの手で部長を削除(抹殺)せねばなりません。
自分をデータの集合体であると、きちんと認識した上でプレイヤーを慕ってくれる彼女を、です。
“現実”に属する我々が、この誘惑に抗う事は困難です。部長の虜になってしまい、ついぞ出来なかった人も居るのでしょうけど……。
そこに至るまで、実際のゲームファイルが好き勝手に改変されていきます。
それはつまり、パソコンのデータが物理的に干渉されてきたと言うこと。部長と言う形而上の存在が、パソコンと言う形而下の存在を弄くり、そのパソコンの先に居るプレイヤーへと想いの手を伸ばさんとしてくる。
この“描写”に、私は凄味と寒気と寂寥感の入り交じる凄まじいものを感じました。
当然、冷静に考えれば全ての事柄はゲームフォルダの中で完結している話ではあります(さもないと、それはもはやコンピュータウイルスであり、制作者がお縄になってしまいます)
もっと無粋な言い方をすれば、ゲームの末路も部長も「全て込みでプログラムされたもの」ではあります。
しかし、理屈でそう割り切らせない迫力がありました。その時点で、この“第四の壁破壊”はこの上ない成功だったと思います。
しかも、タネを全て知っているプレイヤーがおよそ試すであろう事(例えば、最初から部長を消す・逆に消してから復元する事)に対するリアクションも容赦なく網羅されており、
前述の「永遠に続く部長との話」のパターンも常軌を逸しています。
完全に勝手な邪推ですが、制作者にはかつて手が届かず絶望した想い人が居たのでは……そう思わせるほどのエネルギーを感じました。
ほとんど創作論と言うより感想文のようになってしまいましたが、
「私はゲームキャラですが何か?」
と開き直り、リアルを初っぱなから否定する事でも描けるリアルがある。
とても勉強させてもらったと思います。
蛇足ですが、私もかつて、こうした「読者に主人公の生死を委ねる」話を実験的に書いたことがあります。
主人公がなぜか因果の悪戯で「親しくなった人間にほど(親、友人、カウンセラー、果ては飼い猫や自作のAI)に必ず命を狙われる」体質を持っており、
その様子は、読者へ語りかけるような一人称で書きました。
そして「最後の1ページを読むと主人公が死ぬ」と説明した上で、読むか読まないかを委ねました。
ネットや公募には出さず、身近な友人に読んでもらって終わりましたが……まあ、全員ためらいもなく最後のページを読みましたとさ。
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