「面白ければ良い」とは

 かつてスターウォーズのジョージ・ルーカス監督がインタビューで「実際の宇宙では音が出ない筈だ」と言う事を指摘された際、

「音が出る方が面白いじゃないか」

 と返したと言うエピソードが、自分の中での支柱の一つとなっています。

 …………が、このやり取りは色々な説があるようで、私が聞いたやつは「僕の宇宙では音が出るんだ」と言う部分が端折られていたとか何とか。

 今回、改めて調べ直して知りましたが、まあインタビューの原文を見る限りは大体合ってるらしいので、細かい事は置いておきましょう。はい。

 

 確かに、スターウォーズの宇宙空間が現実に忠実な無音であったら、あそこまでのヒットにはならなかったかも知れません。

 戦いのシーンを無音で延々見せられるのは、結構きついものがありそうですし。やはり、爆発四散あってこそのエンターテイメントですし。

 私もこの言葉を覚えていたからこそ、11月のバーモント州に紅葉はまず無い事を知った上で、その事実をねじ曲げて満開の紅葉を描きました。

 その話においてバーモント州での旅は、美しさと寂寥感に満ちていてなければならなかったので、必要でした。

 逆に、私がそうした考えを持たずリアリティと言う言葉に拘泥していた学生時代に書いたさる現代ファンタジーでは、主人公の剣や銃弾が敵兵の鎧に無情に弾かれています。

 確かに、簡単に鎧ごと両断されてしまっては、何のために装着しているのかわかったものではありません。この辺りは正しく“矛盾”を抱えた問題だとは思います。(別項で考察してみようかな?)

 しかし、この戦いでは主人公側が結果的にほぼ無傷で勝利します。

 テンポや爽快感、戦力の整合性、どれをとってもここで鎧がリアルに機能する必要は無いでしょう。

 そもそも、そこらの市販品アーマーも斬れないようでは主役級の人物としても情けない。

 想定しているパワーバランスにもよりますが、こういう場合は素直に無双させた方が良い場合もあります。無論、無双になる理由付けはした上で。

 ほか、異世界の空気感を感じられるからと言って延々と何ページにも渡って馬車に乗っているだけのシーンを見たいか? とか。

 やはり着目すべきは「読む人の快適性と説得力のバランス」であると思います。 

 

 さて「面白ければ良い」と言う文句は真実であり、それ故に自己弁護にも使いやすい悪魔の誘惑じみたものでもあります。

 私は、

「オレ様の作品は面白いから、どんな無茶も許される! 道理や条理の方がオレ様についてこい!」

 ではなく、

「面白い作品を完成させるには、こうする他に最良の手が無い」

 くらいの極限状態で使われるべき、重い言葉だと思います。「面白ければ良い」は。

 先に挙げたルーカス監督は、こうも言ったそうです。

「一度そう言う(例えば音の出る宇宙と言う)ルールを作ったのなら、(作った者は)そのルールと共に生きなければならない」

 

 面白いと言う自負を無くして良作は書けないが、面白いと言う慢心を持って進歩を止めても良作は書けない。

 とにかく、プライドと謙虚のバランスというものは難しいものです。

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