雑兵にも五分の魂
前回「名無しの雑兵は“部隊”と言う塊にして、まとめて動かせる」
言い換えれば、名無しの雑兵は無個性、との考えを述べました。
けれど私は、この点に関しても懐疑的だったりします。
確かに、小説と言う媒体で、兵士一人一人の人生に言及していては遅々として話は進みませんし、メイン人物と同じ厚みを持たせろと言うのも不可能です。
その時点で兵士は“脇役”の領分を果たせなくなります。
小説には描写や説明の取捨選択が非常に大切になってくるのは、殊更言うことでも無いのかも知れません。
ただやはり、だからと言ってそうした小説的事情とリアリティとは、必ずしも対立するものでは無い。
伝えたいことのフォーカスを乱さず、しかし兵士や部隊に説得力を持たせる事は可能でしょう。
前回の例で言えば、敵幹部との対決をきっちり優先しながら、その部下の一般兵をハリボテにしない事。
これまでも何度か述べてきましたが、雑兵と言うのは言い換えれば“戦いのプロ”です。
同じメーカー品の槍や自動小銃、華の無い制服、おまけに無粋なバックパックと言う画一的な装備で揃えているのも「それがその時代で最適化された“最強の装備”だから」に他なりません。
(厳密には“最強”と言う表現は的外れですが、ここはコンセプトの伝達を優先します)
そしてその時代・その国で大勢の専門家が長い年月をかけて構築した“限りなく正解に近いメソッド”によって、彼等は戦っています。
更に言えば、能力には個人差があれど、生き死にが懸かっていますから、兵士一人一人が、その場で最良の行動を取ろうとします。
彼等の人生においての主人公は、彼等自身です。
棒立ちで、ただ薙ぎ倒されるのを待っているわけにはいきません。
つまりそれらを蹴散らす“無双”と呼ばれる事柄とは、最適解の更に一つ上を行かねばならない、簡単なようでハードルの高い題材なのです。
この辺りは、今までの話題とかぶっている所が多いのですが。
とにかく雑兵と言う存在とは「目立ちすぎてもならないが、粗末すぎても作品をチープにする」割りと厄介なファクターだと思うのです。
特に、体制側の圧政下にある世界観では、兵士がちゃんと強いからこそ実現している状況でもあるでしょう。
もう一つ、雑兵に限らないのですが、ありがちな話として「失敗した部下を処刑するボス」と言うものがあります。
これの是非はもはや、説明不要なほど、世間で論じられて来た事でしょう。
自分の思った成果を出さねば、即切り捨てる酷薄さの表現でキャラ付けをするのは、まあ良い。
けれど、その人物を処刑した結果「組織に対してプラス(その人物を処刑せねば組織が傾くマイナス)」をきっちり意識しないと、ただの自滅行為ですらあります。
現実の会社でもそうなのですが、確かにヒラや一般兵と言うのは“駒”である事は否定出来ない。
しかし、組織と言うのは、例え額面の人数が百単位・千単位の大勢であっても、手持ちの人数でカツカツなくらいの人員配置をしているものです。
裏を返せば「人員を遊ばせておくのは無駄であり、ひいては組織に不利益だから」です。
これは人材を軽んじるブラック企業ですら……と言うよりゆとりの無いブラックこそがより当てはまる事なのですが、例外ではありません。
例え役職のないヒラでも、無軌道にクビを切れば、その部署・その部隊の地盤が崩れ、場合によっては駒ひとつ(将棋で言う歩)を失った事で組織が傾きます。
これが名ありの幹部クラスであったら、なおのこと影響は甚大でしょう。
その人の能力を当て込んで要職につけたり側近にしたりしているのに、代替人材を考えずに粛清してしまっては……人材の喪失のみならず、それに依存していた指揮系統が全て死にます。
その人物しか知らない情報も、墓場まで持っていかれるかも知れない。
それで平気なら、最初から組織など持つべきではないでしょう。
最近ヒットした“鬼滅の刃”(そろそろ下火かな?)でも、この展開はありました。
幹部の下位半分を粛清してしまった為に「ラスボスのネームド敵撃墜率が主人公より多い」と言う笑い話になっていました。
しかし公式の設定か第三者の考察かは失念しましたが「そもそも部下などオマケ程度だ」と勘違いしている傲慢さの表れであり、下位とは言え現場戦力を自ら半減させてしまったばかりに主人公陣営の訓練を許してしまい、しまいには攻め込まれた、と言うオチに繋がったそうです。
これもまた、狙いがあるならありなのでしょう。
このケースでは「ラスボスが小者である必要性」は確かにあるのですが、そこのアピール不足で誤解を生んでいるとも思います。
狙いが無いと言うのも問題ですが、狙いがあるのに伝わりにくい場合も注意が要ります。
読者は深読みしてくれるとも限りません。
ちなみにこの雑兵問題について考えた私は、かつて「願えば叶う ロール」(某なろうにて放置中)の第二部冒頭において「敵幹部数名に攻め込まれた第三勢力の基地」と言う場面を書いた折り、
そこの一般兵全てに氏名と、それなりの背景を付けると言う試みをやった事があります。
雑用係に偽装した優秀な部隊長、自分の腕前に自信があり強気な少女兵、ひよっこながらも素質を見せる若者、兵士同士が恋仲で片方が戦死した時のもう片方の奮起、
など、ちょっとした掌編的なスキルも要求されて面白い経験が出来ました。
思考がダイレクトに能力に直結する世界観の関係上、装備や戦術にも個性がつけられ、主人公勢と比べてもインパクトに遜色の無い“一般兵”の群像が書けたと思います。
ツェーザル、フィリップ、クレア、ラウル、ローラ……それらの培ってきた人生全てが、異能で怪物化した敵幹部に蹂躙されていきます。
出来上がったものもそれほど読み苦しくもなかったのですが、恐らく一作に一回やればお腹一杯だとも思いました。
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