第5話

あれから、まもなくしない間に警察に連絡し、ここ数日に起こったすべてを話した。何度か警察がここへ訪れ、どたばたしていたため、仕事は有給で休ませてもらった。


もう、彼が訪れた客間と家の裏の敷地は、警察の現場検証に付き添った時以外は視界に入れなかった。




周辺が落ち着き、職場に戻ってから、2週間経った日のこと。


仕事を終え、丁度母親のためにクローゼットの衣服を入れ替えている時であった。個人部屋のドアを叩いたのは、近くの交番に勤務している警察官だった。事件が起きたその日も、一番最初に家に駆けつけてくれたのは彼だった。それまで面識はなかったが、うろたえる俺に対して根気よく付き合って、確かに俺の支えになってくれた。




「失礼します。あ、こんにちは、山本さん。」




「あ、岡本さん、こんにちは。」




「突然、すいませんね。丁度見回りに回っているところだったんですけど、…1か月前の件、あれから何も聞いてないでしょう?少しでも伝えといた方がいいかなと思って、寄ってしまいました。良ければ、お時間いただけませんか?」




申し訳なさそうに、帽子の癖がついた髪を撫でつけ、後ろの出入り口を親指でさしてそういった。


自分の家で起きたことで、過去とはいえ自分と関係していた人が死んだのだから、ずっと胸に引っかかってはいた。

あれから、何度かあの日を夢に見た。自分の家であるのに、自宅に帰るのが過ごすのが恐ろしく、苦痛であった。




「大丈夫ですよ、仕事はもう終わってますし。良ければここでお話し聞かせて下さい。母はもう認知症で聞いても理解はしないと思います。」




廊下で話す方が、誰に聞かれるかわからないものである。今日の母親は、俺のことも認識せず、窓の先をずっと見つめていた。




「そうですか。…結局ですね、彼ら、無理心中だったようです。どうやら先にお子さんに手をかけられたようですが。ここまで来たのも、遺体を捨てるためかと。心中の理由は不明ですけど、数年前までは幸せそうに過ごされていたらしいですよ。ここ1年で旦那さんの性格が変わったように、奥さんと子供さんに暴力を振るうようになったらしいです。まあ僕も、正式な捜査には入らせてもらってはないので、詳しくは聞けなかったんですけど、山本さん知り合いだったんでしょう?公表されている情報より少し詳しいものしかお伝えは出来ないですけど、、あんな場面に出くわすなんて、気にされているのではないかと思って」




寒がりの母のために少し高く設定してあったエアコンの温度のためか、彼の額から汗がにじんでいる。それをぬぐおうとしたのか、ポケットからハンカチを取り出した時、一緒にこぼれ落ちた手帳が床に落ちた。手帳に挟まれていたのだろう、一枚の紙が丁度、母親の膝に舞い降りた。




その紙を拾った母親が、そっとつぶやく




「かわいい子ね。あら、真知子の幼い頃にそっくりだねぇ。」




母親の手の中には、見知った顔の二人と小さな少女が笑顔で写っていた。




「ああ、すみません、失礼しました。」




母親の手から、警察官の手に戻されていくモノクロの家族写真を眺めた数秒間。頭からさっと冷えていくのを感じていた。手帳にしまい込まれるまでずっと目が離せなかった、家族写真。




「それじゃあ、お邪魔しました、僕は交番に戻りますね。お母さまも失礼いたしました、健二さんと過ごされている時に申し訳ない。」




手帳とハンカチをを無理やりに、ポケットに押し込みながら、人のよさそうな顔でそういった。




隣で、にこにこと笑い手をふる母親が視野に入った。




「いえ、わざわざ、ありがとうございました。」




そう呟いた声と顔は自然にふるまえているだろうか。何かしらの動作で見透かされそうな気がしていて、両手を後ろで組んだ。




窓の奥、警察の車が消えるまで、誰に見られるわけでもないのに、俺は不自然な笑顔を浮かべていた。


過去の記憶に浸り、にこやかにほほ笑む母親と対照的に無理やり口角を上げた俺が向かいあう姿はさぞ滑稽であっただろう。




家に帰り、足が進むままに客間の戸を開く。彼と湯呑が消えただけ、それだけしか変わっていない。記憶の中の彼に重ねるかのように、彼が座っていた席に座ると視界の右上に家族写真が入ってきた。物心つく前に行った旅行で撮った家族写真。そこにはまだ若い母と父、そして幼少時代の兄と俺、1個違いの姉が写っていた。姉は俺の年少の頃に亡くなっていた。亡くなった原因は川遊びによる事故死だった。俺は幼かったため、記憶がおぼろげにしか残っていないが、下校中に寄り道し、川遊びしていた兄と子どもたちの中で起きてしまった。そこには、小学校に上がりたての姉もいた。




何故、彼は俺にあの時、車の中で問うたのだろう、俺の姉の存在を。


ここで彼は壁ではなく、この写真を見つめていたのではないだろうか、写真の中の姉を。




全てを悟った気がした。彼が、ここに訪れた理由を。そして彼女を置いて行った理由を。




俺が一つ犯したとするなら、彼の妻である人と過ごした一晩であろうか。


たった一度の夜が、誰が、悪だったのか、真実を教えてくれるものはこの世にはいない。


そして、明らかにするものもいないのだ。

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家族写真 ぽち。 @pochi1924

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