第37話 好きなお茶漬けは -中原和総-

 後日、俺は朝倉さんにデートのやり直しについてお伺いを立てた。

 朝倉さんからは快諾を得られたのだが、「今度は中原くんの行きたいところにしましょう」と言われてしまい、俺はまた数日悩むことになった。

 結局、初志貫徹するべし、と行き先を決めたのは金曜日の夜のことであった。






 その間、もちろん愛花に相談したのだが、


「お兄ちゃんの趣味なんて私が知るわけないでしょ!!」


 と至極もっともな正論で突き放されてしまった。

 それでも不安だった俺は、諦めることなく連日連夜お伺いを立てていたのだが、


「毎日毎日ウザいのよ!! あと、ついでに今日の弁当の献立を自慢してくるのやめてよね!! 死ぬほどウザいから!!」


 とブチ切れられてしまった。

 どうやら俺は知らぬ間に惚気けていたらしい、これは良いことに気づいた、愛花にはこれからも毎日報告してやろう。

 そう言えば、母さんから聞いた話では、愛花は俺のいないところでこうボヤいているらしい。


「あーもう、私もちゃんとしたカレシ、作ろうかなー」






 当然、みさき先生に相談することも考えたのだが、朝倉さんから鬼の形相で止められたので近づかないようにしていた。

 だがしかし、いつものように一階のトイレでくつろいだ後、教室に戻ろうとしたところを取り押さえられ、保健室に強制連行されてしまったのである。


「ねえ、みなとと付き合うことになったんだって?」

「守秘義務があるので」

「なあに、あれだけ親身になって相談に乗ってやったのに?」

「守秘義務があるので」

「だって、みなとに聞いても教えてくれないのよねー」


 己の普段の行いを省みてはどうか、とは言わなかった。

 それでもまだしつこく問うてくるので、俺は一計を案じた。


「そう言えば、みさき先生も来週末デートがあるんですよね」

「何言ってんの、アタシは毎日あるんだから」

「でも、その日は、温泉旅行の埋め合わせと聞きましたよ」

「みなとのせいで中止になっちゃったからねー」

「お相手の警官の方、優しそうな人で良かったですね」


 一瞬の静寂の後、みさき先生は顔をしかめた。


「それでは、俺はこれで」


 俺は保健室を後にした。


「ちょっと待った、アンタそれどこで!?」


 と先生が叫んでいたが、俺は舌を出して逃走した。






 次の週末、俺たちはとある駅に降り立った。

 俺は出口を確認するために案内板を見た。


「本当に、ここで良かったの?」


 隣の朝倉さんが問う。


「う、うん、そりゃあもう、何なら生まれる前から」

「ホントに? 嘘ついてない? 冗談じゃなくて? 心の底から? 神に誓って?」

「は、はい……」


 それでもまだ不承不承といった感じで、朝倉さんは何度も首を捻っていた。

 どうも、俺は未だに信頼されていないらしい、少しでも朝倉さんを気遣う発言をしようものなら、「また無理してない!?」とすぐさま怒られる始末である。「今度は愛花ちゃんと一緒に押しかけるわよ!」と脅されているため、俺はおいそれと冗談すら吐けなくなっていた。


「いやでも、ここは本当に来たかったんだ」


 俺は少し照れながら言った。

 そんな俺を見て、それなら良いわ、とようやく納得してくれた。


「……私、ここに来るの、初めてだわ」

「また、初めてだね。まあ、俺もだけど」

「お互い様じゃない」


 少し口を尖らせて朝倉さんが言う。


 後の話になるが、我々の中では先のネズミーランドデートはノーカウントとされたため、初デートと言えばここを指すことになった。以後、毎年ここを訪れることが恒例行事として定着することになる。


 俺は目的の出口を見つけ、あっちだと指した。


「そう。じゃあ、行きましょう、エスコートよろしくね」

「善処します」


 恐縮してみせたものの、ここの地理はすべて脳内にインプットされていた。とは言え、今回は徹夜で叩き込んだわけではなかった。


 何せ、ここは朝倉さんと出会う前から、いつか彼女が出来たときにと、憧れていた場所だったのだから。






 そう、好きなお茶漬けは、ここ。


 ――表参道である。(了)

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『絶対に媚びない系女子』の朝倉さんが全力で俺に媚びてくる やなぎまさや @masaya610

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