第36話 うべらばおわは -朝倉みなと-

「待ってたわ」


 私は仰向けにひっくり返った中原くんの手を取った。

 不思議な顔をして私を見つめている。


 ……何て顔をしてるのよ!


 思わず吹き出しそうになるのをこらえる。

 息を整えてから、私は優しく語りかけた。


「ごめんなさい、さっきの返事がまだだったわね」


 中原くんの体が飛び跳ねる。

 体の震えが止まらなくなり、唇は紫に変色し、半開きになった口からはカチカチと歯が奏でていた。


 ホントに、この人は、と思う。

 面白くて、おかしくて、見飽きることなんてなくて、一緒にいれば癒やされるのに、ときどき不意にかっこよくて、だけどどこか危なっかしくて、一瞬たりとも目が離せなくて、ずっと放っておけないんだから。


「……いいわ」


 中原くんが静止する。息はもちろん、鼓動まで止まったんじゃなかろうか。


「こちらこそ、喜んで」


 その瞬間、中原くんが破顔した。


「……よ」


 全身の力が抜けたのか、その場にへたり込む。


「よかったあああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~」


 最後のほうは涙混じりであった。

 私が中原くんの側にしゃがむと、まるで五歳児のように、中原くんは大声を上げて泣きだした。もはや、子供であった。


 ……もう、仕方ないんだから。


 私はしゃくり上げる背中を擦りながら、あやすように言葉をかけた。


「緊張した?」

「うん、うん」

「怖かった?」

「うん、うん」

「安心した?」

「うん、うん」

「……ありがとう」


 私のことをそんなにも深刻に考えてくれて。

 私のためにそんなにも真剣に考えてくれて。

 私のことをそんなにも好きになってくれて。


「うべらばおわは~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 意味不明な泣き声を上げて、中原くんは崩れ落ちた。

 中原くんはなかなか泣き止まなかった。その間、私は彼の手を握りながら、ずっと「うん、うん」と頷いていた。


 本当に、どこまでも放っておけない人だった。

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