第4話
☆
終わりを迎える日。
文化祭準備により午前にその日の授業が終わりになって、僕はスケッチブックを持って一直線に屋上を目指し、勢いよく扉を開けた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
吹き抜ける風と共に流れる大きな雲の下。
果たして、今日も彼女はそこにいた。
柵の無い屋上のヘリに立って。
「やっと来たわね、空人君。風の気まぐれで、危うくひとりで終わりを迎えるところだったわよ」
「そんなところにいたら、危ないですよ。落っこちる気ですか?」
「ふふっ、そうすれば本当に終わりね。でも、まだ空人君の答えを聞いていなかったわ」
「用意しましたよ、答えを。だからそこにいてくださいね」
僕は慌てず急がず、しかしもたつきもせずに歩いていく。
そして、ようやく彼女の目の前まで来て顔を一瞥してから、手に持っていたスケッチブックを広げて見せた。
「それが僕の答えです」
ひと晩かけて出来上がった絵を、リナリアさんが凝視する。
「空は、遠いけど近くて、町はほんのり色付いていて、屋上には何も無いけど、リナリアさんがいて……確かに願いがあったんです」
「願い? 一体どんな?」
「私はここで生きていたいという願いです。ここが終末だろうとそうでなくても、リナリアさんは悲しそうで、楽しそうだったんです。だから、僕が感じたすべてを絵に描いたつもりです」
「…………ふふっ、この照れてる女の子が私だなんて。滑稽ね」
「記憶というのは美化されるんです。だからこれでいいんです!」
そうね、とつぶやいてリナリアさんは僕の目を見た。目をそらないでいると、リナリアさんは破顔した。
「今にも屋上から落っこちそうな私を引き留めようともせず、ただ絵を見せるだなんて……非常識で、自分勝手ね」
「そうかもしれません。でも、それでいいと思うんです。自分勝手に挑んで、それで嫌いになる人もいるかもしれないけど、好きになってくれる人もいるって思うんです」
それを伝えてくれたのは、他でもないリナリアさん自身だけど。
「僕は僕の色付いた世界を描いた。リナリアさんだって、好きに生きればいいんです。誰だってきっとそうです」
日常が輝いている。それは、とても素敵な事なのだから。
「ふふっ。それじゃあ、これは私の自分勝手なお願い。手を、引いてくれる?」
陽光が辺りを照らしていく中、彼女は面白がりながらも、手を差し出す。
「はいっ」
軽く手を引くと、彼女は僕に抱き着いた。
「うええええええん! うえええええええん!」
「えっ!? ちょ、なんで、リナリアさん!?」
「ええええええええんっ、うっ、ううっ、ええええええええん!」
僕は訳もわからず、しばらくその場で風からリナリアさんを守るようにして、頭を撫でてあげたのだった。
☆
終わりを超えた土曜日。
待ち人来たらずな僕は昇降口前のエントランスで鎮座していた。
結局、リナリアさんのやりたかった事は分からず仕舞い。身の上も、理屈も、本懐も。
ある意味ではただの分別のつかない子供のいたずらのような。
それは僕も片棒担いだ同伴で、いわれはないのだけど。
あの人は楽しんでいたのだろうか。悲しんでいたのだろうか。
推し量る事はできない。結局僕はリナリアさんの事をまだ何も知らないから。
でも、悲しんでも明日は来る。
楽しくても明日は来るのだ。
そして非日常は続く。
文化祭、当日。
「空人君、お待たせ」
初めて校内で会った彼女の表情はいつも通りだった。
ただ、あまりに外見の一部が変化していて驚いた。
「髪、切ったんですね」
「ええ。どう? 似合ってる?」
「はい。とても似合ってます。可愛い」
僕がそう言うと彼女は、
「ありがとう」
穏やかな笑みを浮かべたのだった。
「さあっ、行きましょう」
「ええ」
差し出した手を彼女は握って、くすぐったそうに笑った。
「どうかしたんですか?」
「何でもないわ」
それからこう付け足した。
「寒いのも、痛いのも、慣れてしまったから。でも、温かいのは落ち着かないものね」
僕らは並んで歩きだす。
終末がいつやってくるかなんてわからない。
明日突然にやってくるかもしれない。
でも、きっと人類はしぶとく生きようとするのだ。
だから僕も勝手に生きていきたいとのぞむんだ。
まずはリナリアさん、いや、東雲静莉さんと、文化祭を楽しんで。
リナリアの終末 九重杏也 @coconoekyoya
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