その後の話

 十一月、前々から頼んであったジャン・フランソワ・ミレエの画本が入ったと本屋から連絡があり私は神保町にいた。本を受け取り、他に用もなく何気なしに歩いていると正面より男女と行き違った。私は女に見覚えがあった。Kより見せられたSの写真だった。Sと男はただならぬ仲であると感じた。私はこのことをKに伝えるべきか思案した。Sと男はとても親しげに見えたが二人の関係は分からない。男は贔屓の客であろうか。それならば店以外で逢うことを禁じられているKとの辻褄が合わない。男は親族かもしれないし、そうでなくとも予てからの親しい友人かもしれない。そもそも私はSについてKからの話でしか知る由もなかった。

 ここに面白い話がある。歌舞伎役者は男女を演じる際に肉慾的な関係があるかないかで立ち居振る舞いを変えるのだという。男女が横に立ち並ぶだけでも二人に肉慾があった場合は腰を寄りそうように密着させる。プラトニックな場合は男女の間には距離があり腰が触れ合うことはない。成程、確かに男と女の関係というものはそのようにできているのかもしれない。Sと男は前者であった。私は要らぬ詮索はしないことに決めた。私はSを悪女と思ったしKへの不誠実に対して些かであるが義憤も感じた。しかし探偵の真似事のようなことはしたくなかったし、第一にKが私の話を素直に信じるとは思えなかった。剰え私が虚実を吹聴していると誹りを受ける事態も考えられ、それは到底受け入れられることではなかった。

 一月、Sはカフェーを辞めた。Kへ挨拶や便りの一通もなく消息を断ったと風の噂で聞いた。私はKとの面会を避けていた。KにSとの近況について全く尋ねないというのは不自然であるし、かといってKの失恋話(それは果たして失恋と呼べるものであったかは分からない。)を辛抱して聞く気にもなれなかった。それ見たことか、俺は初めからそんな女は怪しいと思っていたんだ。とKを傷つけることもしたくなかった。

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カフェーの女 津田善哉 @jyunkic

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