B-10 準備

 装備品が完了したことをトラシアからの伝言で知ったカミユとエリスは研究所に来ていた。研究所についた一行は守衛に案内され装備製作局の備品管理室に来ていた。その部屋には先客がいた。同じく装備品を依頼していたガルフとミネルバだった。

「ガルフ、ミネルバ、久しぶり」

「おう、ようやく武器が仕上がって聞いて急いできたぜ」

「私も装備品を依頼しておりましたので、トラシアからの伝言を聞いて来た次第です」

 1週間ぶりに顔を合わせる一行。そこにトラシアがやってきた。

「皆さん、お集まりですね。いま装備品をお出ししますわ」

 連れてきた数名の技術者がそれぞれ持ってきた武器、防具をテーブルの上に置く。

 ミスリル製のロングソード、ブレストプレートメイル、グレートソード、ハルバード、プレートメイル、それらの品がテーブルの上に集合した。

 各々自分が注文した品を受け取り、試しに装備してみる。

「それなりにずっしり来るね」

「カミユさん、装備品に魔力を通してください」

 トラシアに言われた通りに魔力を通すカミユ。

「お、おお!ロングソードは重くなったのに、メイルは軽くなった」

「ロングソードには重量付加の魔法陣を刻んであります。ブレストプレートメイルには逆に重量軽減の魔法を付与いたしました。攻撃力アップと敏捷性を考慮しています。ロングソードにはもう一つシャープネスエッジの魔法を付与していますので、切れ味も鋭くなっております」

 カミユはロングソードをまじまじと見つめていた。

「カミユ!試し切りしようぜ!」

 ガルフがカミユに思い付きで声をかける。

「そうだね、試し切りしてみたいね」

「よし、行こうぜ」

一行は練兵場へと移動することにした。


(練兵場)

 軍事施設の中庭にある練兵場の片隅に来ていた。目の前には藁を束ねた人型の人形が3体設置されていた。ガルフが練兵場にいた新兵に依頼して設置させたものだった。

「んじゃ、俺からやってみるわ」

ガルフは3体のうちの1体に向き合って剣を構える。中段に剣を構え思い切りよく横なぎに人形を横断する。一連の動作の中、音は全くしなかった。人形は上半身がするすると横に移動して倒れ落ちる。

「なんだ、この切れ味、まじか、音がしなかったぞ」

ガルフは驚いて剣をまじまじと見つめる。そこにトラシアが口をはさむ。

「いかがですか?武器工房でも選りすぐりの者に打たせました。お気に召しまして?」

「あ、あぁ、こりゃすげぇ。もっと固いもので試し切りしてみてもいいか?」

「どうぞ、お気に召すまま試し切りしてくださいまし」

 ガルフは新兵を呼びつけ、古くなって廃棄扱いになっているプレートメイルを用意させた。

 今度は上段の構えを取ったガルフは、プレートメイルの前で気合を入れて剣を振り下ろした。パキンという音とともにプレートメイルは両断されていた。

「うぉぉ、これすげぇぜ、どうなってんだこりゃ」

 ガルフが驚きを口にし、それにトラシアが答える。

「ガルフのグレートソードには、シャープネスエッジと硬度向上の魔法を埋め込んでいます。そうそう折れはしません。ミネルバのハルバードも同じ付与をしてあります」

 今度はミネルバが人形をハルバード横なぎにする。やはり音はせず、人形の上半身横に崩れ落ちた。

「いい切れ味だ、これなら文句はない」

 カミユも人形に相対して剣を横にふるう。今度も音はせず人形の上半身は崩れ落ちた。

「ふはっ!これすごいね。なんでも切れそう」

「カミユさんの件には硬度向上は付与していないので、あまり固いものを切ると剣が負けるかもしれません。ご注意ください」

「了解!気を付けるよ」

「それでもガルフが切ったプレートメイルくらいならばカミユさんの剣でも切れると思いますわ」

 カミユは両断されたプレートメイルの半分を立ててそこに上段から剣を叩き込む。パキンという音とともにプレートメイルの片割れはさらに半分になった。

「こりゃ、相当な戦力アップになるぜ。トラシア、もらったミスリルは全部使っちまったのか?」

「ええ、素材となったミスリルはこれですべてです。もし余りがあるなら飛空艇の方に回したかったのですが、仕方ありません。こちらが優先でしたから」

 トラシアの回答にカミユが問いかける。

「飛空艇にミスリルって何に使うの?」

「グラントリーフにも適用していますが、魔法回路を用いた操舵系の部分にミスリルワイヤーを用いているのです。耐寒装備のためにももう少しミスリルが欲しいところなのですが、現状はないのでギリギリの範囲で耐寒装備を行っています」

「早く輸入できるようになるといいね。たぶん向こうの輸出物にミスリル含まれて来ると思うから」

「ええ、心待ちにしておりますわ」

 そんな会話を続けていた一行に、ラスタたちが近づいて来た。

「ここにいたのか、ん?試し切りしていたのか」

「そうだよ、すっごい切れ味なんだよ、プレートメイルが真っ二つ」

「ほう、それは相当な戦力向上だな、頼もしい限りだ」

「それでラスタ、今日はどうしたの?」

「ああ、またお前の飛空艇を借りたいと思ってきたんだ。カリア王国まで運んでくれないか?」

「それはいいけど、今度は何?」

「貿易するのに条約を結ぶんだが、陛下がいっその事平和条約を結べないか?と案を持ってきて、事前交渉のためにカリア王と面会をしようと思ってな」

「なんか、それって、大事?」

「ああ、結構な大事だな、平和条約を結ぶと相互に相手が困ったときに助け合うことを義務化するようなもんだからな」

「んじゃ、今から行く?メンバーはどうする?」

「このメンバーでいいだろ、カミユ、エリス、ガルフ、トラシア、ミネルバ、マリスと俺で。トラシアは初カリア王国になるか、構わないか?」

「ええ、私もカリア王国を見てみたいですし、ぜひお願いいたします。」

「オッケー、んじゃ移動しようか?」


(グラントリーフ内部)

「しかし、この飛空艇があるおかげで、帝国も相当変わるよな。」

 感慨深げにラスタが一人ごとをつぶやく。

「確かにカリア王国とのやり取りは、今はグラントリーフがメインだからね。でも、ファルコンウイングが改修されたらそっちがメインになるんじゃないの?」

 カミユがラスタの独り言に反応した。

「う~ん、ファルコンウイングが悪いわけじゃないんだが、小回り効くのとスピードで、グラントリーフを今後も使うと思う。カミユの負担になって悪いが」

「こんな飛空艇、買えるものじゃないし、もっと使ってくれて構わないよ」

「そうか、感謝する。これからも頼むな」

「まかせて、んじゃ、グラントリーフ発進!」


(カリア王国王宮)

「しばらくこちらでお待ちください。カリア王にラスタ殿下の到着を知らせてまいります。おそらくすぐ謁見となると思います」

 王宮の近衛騎士がラスタ一行にそう告げると、王の間に向かっていった。

「すぐに謁見させてもらえるとは、カリア王国と俺たちって相性いいのかな?」

 カミユはラスタにそう問いかけてみた。返事は別の方向からやってきた。

「ほかの国とのやり取りなんてこれまでしたことがなかったので、陛下も最優先で扱ってくれるものと思います」

 マリスから回答を得たカミユは納得してうなずいた。

「お待たせいたしました。このまま謁見となりますがよろしいですか?」

「ありがとう、よろしく頼む」

 足早に戻ってきた近衛騎士が謁見の間へと案内する。ラスタは簡単に礼を述べて近衛騎士に続く。重い扉が開かれる。

「エルドリア帝国皇太子殿下ラスタ殿ご一行ご入来!」

 近衛騎士が高らかに宣言し、謁見の間へと進む。

 カリア王の手前10mのところで一行はしゃがんでカリア王の言葉を待つ。

「ラスタ殿下、この度の来訪を心から歓迎いたす」

「ありがたきお言葉、感謝いたします」

「それで、此度は何用で参られたのか?」

「はっ、貿易を行う条約を結ぶ予定でしたが、エルドリア皇帝陛下が平和条約を結べないかと申しておりまして、カリア王国の希望を確認させていただきたく参りました」

「お恥ずかしい限りだが、我が国は他国と交渉を行ったことがない故、平和条約とはどのようなものかお教えいただけないだろうか?」

「はい。通商条約から一歩進んだ条約となり、相互不可侵、相互補助、技術交流や、人の往来など多岐にわたってともに歩んでいこうというそういった条約となります」

「なんと!それは誠か?しかし、我が国にメリットがあるのは間違いないのだが、エルドリア帝国に負担を強いるものではないのか?」

「いえ、我が国の得られるメリットは技術交流や貿易に始まり、人々の往来など多岐にわたります。一方的な関係ではございません。平和条約の締結に当たり、わが帝国はカリア王国に対して、中型輸送飛空艇の提供を行う予定です」

 ラスタの発言は、ラスタ一行にも驚きをもって迎えられた。

「へっ?中型輸送艦をカリア王国に渡しちゃうの?」

 カミユの問いかけはカリア王の耳にも届くものだった。

「ラスタ殿下、カミユが驚いておるが、それほどのものまでも提供いただけるのであろうか?それほどまでに平和条約とは大きなものなのか?」

「互いの国の不得手な部分を補い合い、互いの長所を生かすための条約です。飛空艇の一つや二つ、惜しくはありません!」

「エルドリア帝国の提案に我が国も異論はない。だが、中型輸送艦の対価となるようなものなど我が国にはないのが実情で、どうしたものか?」

 ラスタのわきに控えていたマリスが口を出す。

「陛下、我が国にはコアクリスタルがいくつかあったかと思います。コアクリスタルは、帝国にとってはのどから手が出るほど必要とされる一品です。そちらを提供してはいかがでしょうか?」

「コアクリスタルか、確かにある、我が国では使い道が定まっておらず、持て余しているのは事実だが、それで対価となるのだろうか?」

 カリア王の疑問にトラシアが割って入る。

「陛下、横から口をはさむご無礼をご容赦ください。わが帝国には飛空艇を建造する技術がございます。その飛空艇の建造にコアクリスタルは必要不可欠なものです。現在わが帝国にはコアクリスタルがなく、飛空艇の建造ができない状況となっております。貴国からコアクリスタルの提供をいただければ、さらなる互いの国の発展に寄与できるものと存じております」

「そうか、我が国にも提供できるものがあるのか。ラスタ殿下、心から平和条約の締結に賛同いたす。よろしく頼む」

「はっ!心得ました。平和条約を締結できること私も心から喜んでおります」

「はっはっは、愉快じゃ、今宵は宴としようぞ。殿下たちも楽しんでいってくれ」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えまして、参加させていただこうと思います。」

「王宮の一室を用意させるので、宴の準備が整うまでその部屋にて待っていてくれ」

「承知いたしました」

こうして謁見は無事成功の中終了となった。


(ラスタたちに割り当てられた一室)

「はぁ~~緊張した~~」

 カミユは背伸びをしながら緊張をほぐしていた。

「途中思わず声出しちゃったけど、大丈夫かな?」

「あのカミユの驚きはよかった。飛空艇の価値を認めさせるいい機会だった、まぁ、ちょっと、礼儀的には問題があるかもしれないが、な」

 ラスタは少し笑いながら冗談半分にカミユに返す。

「この後の流れはどうなるのでしょうか?」

 トラシアが今後の流れを確認すべく疑問を口にする。

「あとは儀典局の仕事になるな、条約案を作成して、一度カリア王国に草案を提示、その後両国が受け入れられる内容に修正して本番に臨む。草案提示の際には儀典局の人間もカリア王国に連れてくる必要がある。カミユグラントリーフまた借りるぞ。」

 りょうか~い、と、カミユは軽く返す。

「問題は、本番だな、どうなることやら」

「ん?事前に詰めておけば、あとは粛々と行事を執り行うだけじゃないの?」

 カミユがラスタの一言に口をはさむ。

「ああ、いや、陛下が締結式に出席したいらしい」

「陛下自らお出ましになるのですか?」

 トラシアが驚いて口にする。

「ああ、トラシア、条例の締結までにファルコンウイング何とかなるか?さすがに近衛兵とか載せないといけないから、グラントリーフだと無理っぽい」

「平和条約締結はいつ頃の予定ですか?」

「2~3週間後といったところか。何とかなりそうか?」

「かなり厳しいですが、何とかしますわ。他にはどなたが出席される見込みですか?」

「たぶんラキアス卿になると思う、帝国元帥としての参加になるし、ファルコンウイングの艦長を務めてもらうことになりそうだ」

「ふ~ん、んじゃ、グラントリーフの出番はなしかな?」

 カミユが気楽に話を出すが、ラスタはそれを遮るように返した。

「いや、皇帝御座艦のファルコンウイングだけだとさすがにまずいから、護衛艦としてグラントリーフにも出てもらうつもりだ。もちろん俺はグラントリーフに乗る」

「おうふ、そうか、護衛艦か、まぁ、わかったよ」

 カミユは予想外の仕事に驚き、ため息をつくが、やる気は失われてはいなかった。

「来る日に備えておいてくれ」

 ラスタはカミユに掛け声をかける。カミユはわかったと応じて、宴へと気持ちを切り替えた。

北の地との約束を創るべく、一行は旅路を続けていく。

また新たな一ページが加えられようとしていた。

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