B-9 トラシアの一日
カリア王にことの顛末を報告した一行は十分な量のミスリルインゴットを褒美としてもらい受けた。その後すぐに帝都に戻ってきた一行は飛空艇ドックの中にいた。
「ミスリルインゴットを褒美にくれるとは思わなかったな。採掘からしないといけないと思っていたから、ひと手間省けた」
ガルフは上機嫌だった。これからのことを考えていたカミユはトラシアに今後のことを聞く。
「トラシアさん、ミスリルの武具お願いしてもいい?」
「ええ、研究所には武具工房も併設されていますし、ミスリルも扱ったことがあります。カミユさんにはロングソードとブレストプレートでよろしかったでしょうか?」
「全身の装備一式、軽めで動きやすい方がいいんだけど、お願いできる?」
「かしこまりました。他の方の装備も新調しないといけないので、1週間ほどお時間ください。そろそろ輸出品の一覧もできてくるころ合いかと思います」
ふと、待ってる間何をしようか考えたカミユはトラシアに提案する。
「待ってる間、地図と古文書の解読を手伝おうと思うんだけど、どうだろ?」
「それはぜひともお願いしたいです。研究所の方には話を通しておきます。明日から来られますか?」
「わかった、明日行くよ」
その言葉を承諾で受け止めたトラシアは足早にドックの奥へと走り去っていった。ガルフは武具の手配が済んだことに安心して、帝都の訓練場へ戻っていった。テオとミオのことが気になってカミユは二人に話しかける。
「テオとミオはこの後どうするの?帝都で待つ?」
「いえ、一度アリアスに戻って診療所を見ようかと考えています。帝都の方の出張があるとはいえ、癖のある病を患っている患者さんもいますから」
テオとミオは事前に話し合っていたようだった。
「そうゆうことだからカミユ、アリアスまで乗っけて行ってくれない?」
ミオのセリフにうなずいて、カミユはグラントリーフへと戻る。
「カミユ、俺は執務に戻る。マリス、輸出品の一覧がそろそろ出来上がるころ合いだから、サポートをお願いしても?」
マリスへと向き合ったラスタはマリスに頼んだ。
「はい、私でよければサポートいたします」
「ということなんで、俺たちも戻る。何かあったら執務室まで来てくれ、しばらくは執務室に缶詰になりそうなんでな」
そう言葉を残して、ラスタ、マリス、ミネルバは王宮の方に戻っていった。
「んじゃ、アリアスまで行きますか?」
久しぶりに4人となった一行は一路アリアスへの帰途についた。
(王都の研究所)
アリアスの町で休息をとったカミユとエリスは王都へと戻り、研究所の入り口に来ていた。
「さて、どうすればいいかな?守衛さんいるし守衛さんに声かけるか」
エリスはカミユについてくるつもりでいたため、カミユのセリフに頷いて共に守衛のもとへと向かった。
「すみません、カミユといいますが、トラシアさんを手伝うために来ました」
守衛の一人が前に進み出て応対してくれた。
「カミユさんですね。トラシア女史から話は伺っております。ご案内いたしますよ」
カミユは軽く頭を下げて守衛に促されるままついていった。
「しかし、すごいですね、トラシア女史を手伝う方がいらっしゃるとは聞いていましたが、これほどお若いとは」
「トラシアさんって、そんなにすごい人なんですか?」
「それはもう、現場の中では第一人者ですから、所長ですら頭が上がらない方です」
カミユはへ~と若干驚いていた。普段のトラシアからはそんな雰囲気は一切なかったためである。
「こちらですよ。ああ、またか」
守衛に案内された部屋の外には3人ほどの技術者が列を作っていた。
「いつもこうなんですよ、トラシア女史に確認事項がある技術者が部屋の前で待ち行列を作るんですよ。トラシア女史まだ寝てるのかな?」
守衛は技術者の列に対して簡単に断りを入れて、部屋の中へとカミユたちを連れて入った。
「トラシア女史、トラシア女史、起きてください。もう朝ですよ。」
机に突っ伏して寝ているトラシアを揺り動かして起こそうとする守衛。
トラシアはもぞもぞ動いて大きな背伸びをして眼鏡をかけた。
「もう、朝ぁ~~、あ~眠い。でも起きますよ、起きました」
トラシアが目を覚ますと、部屋の外がにぎやかになった。
「主任、まずはこちらの資料を」
「いや、こっちが先だ」
「まてまて、昨日から俺は待っているんだからここは譲ってくれ」
順番待ちで諍いが起きているようだった。
「も~、しょうがないなぁ。まずは資料から確認しますわ」
トラシアは机を立ち部屋に入り口で技術者の相手をする。ふと、エリスが何かに気が付いて部屋の入口へと移動する。トラシアを含めた4人をターゲットに、活力の魔法を使う。4人を淡い光が包んでその光が消える。
「え?」
「おおっ」
「なんだ、なにがおきた」
「これはっ」
「皆さんお疲れだったみたいなので、活力の魔法をかけました。ご気分はいかがですか?」
「目が覚めましたわ、エリスさん、感謝いたします……エリスさん、この魔法って簡単にかけられまして?回数の制限とかは?」
「いえ、何度でもかけられますよ。まだ、お疲れですか?」
「いえ、私ではなく、研究所の職員で疲れている人がいたらかけてほしいと思ったので、お願いできまして?」
エリスは満面の笑みで答える。
「はい、私でよければお手伝いいたします。どちらにいらっしゃいますか?」
ふと、トラシアはカミユの姿に気が付いて、カミユに声をかける。
「カミユさん、すみません、エリスさんをお借りします。地図と古文書は、私の机の左側の山の上にありますわ。少しだけ席外してエリスさんの魔法をかけてもらいに行ってきます。適当に座って解読していてください。」
カミユは、やれやれ、といった感じで、そばの書類の山に手を伸ばす。昨日見つけた古文書を手に取って、トラシアが座っていた椅子に腰かけて解読を開始する。
「それでは、エリスさん、こちらにおいでください」
小一時間ほど経過したのち、トラシアとエリスが戻ってきた。
「しかし、すごいですわね。これほど魔法をかけても、疲れた様子が見えません。」
「これくらいでしたら、いつでもお手伝いいたします」
エリスの魔力量に驚いてトラシアは感嘆を伝える。
「そんなに、疲れている人多いの?」
カミユはトラシアに話しかけた。
「今、輸出品の一覧と、ファルコンウイング、中型輸送船の凍結対策、ミスリルの武具製造、それ以外に、日常的に行っている研究があって、どこも徹夜続きなんですわ」
「ふぇ~徹夜、そりゃ大変だ。トラシアさんは大丈夫なの?」
「机で仮眠をとっているからそれほど問題ではありませんわ」
そうこうしていると、ふと入り口の方からノックの音が聞こえる。
「入ってくださいまし」
トラシアは簡単に応じる。入り口から一人の技術者が入ってきてトラシアにスクロールを渡す。
「輸出物の草案が出来上がりました。確認をお願いいたします」
トラシアは技術者をそのまま待たせて、スクロールを広げ内容を確認する。
「なるほど、なかなか良いと思いますわ。このまま殿下にお持ちします。ご苦労様でした。部屋で休んでいただいて構いませんわ」
「え!本当ですか?」
技術者は驚いて目を丸くしていた。不思議に思ったエリスが声をかける。
「なぜ、褒められたのに驚かれているのですか?」
「ああ、いえ、一度でOKが出るとは思っていなくて、主任にはいつもダメ出しされていたので、それで即OKが出たので驚いてしまいました。」
エリスは納得してうなずいた。トラシアはスクロールを巻き戻してカミユに問いかける。
「カミユさん、解読はどうなりましたか?」
「古文書の方から手を付けているけど時間かかりそう。まだ数ページ読んだだけ」
「地図の方から手を付けるのだと思っていましたが、どうかなさいまして?」
「地図を解読すると冒険の方に意識が向いて古文書に手が付かなくなると思ったから」
「なるほど、わかりました。引き続き古文書の解読をお願いいたします。私はこれから殿下の執務室にこれを持っていきます」
りょうか~いとトラシアに告げてカミユは古文書解読作業に戻る。トラシアは雑多な部屋の隅から椅子を持ち出してきてエリスに勧める。エリスはその好意を受け取り椅子に座ってカミユの作業を見ることにした。それを見届けた後トラシアは足早に執務室に向かった。
(ラスタの執務室)
荘厳な部屋のドアがノックされる。部屋の外に聞こえる程度の音量でラスタが扉に向かって声をかける。
「開いてるぞ、入れ」
ドアを開けて現れたのはトラシアだった。
「トラシアか、どうした」
「輸出品の一覧の草案が出来上がりましたので、お持ちいたしました」
「そうか、そろそろだとは思っていたができたか」
「まだ草案段階ですが」
そう言うとトラシアはスクロールをラスタに手渡す。受け取ったスクロールを広げラスタは内容を確認する。
「ふむ、やはり食料がメインか、魚介類もか、我が国の魚介類は多少高めだったと思うが、それでも出すべきなのか?」
ラスタは、品薄気味な魚介類が候補に挙がったことを疑問に思い尋ねる。
「冬季限定です。魚介類を冬のカリア王国で獲るのは困難かと思いますし、我が国の魚介類の生産体制にはまだ余力があります。候補に入れても問題ないかと」
「生産体制の拡充と合わせて行う必要があるな。まぁ、カリア王国が興味を示したら、の話だが、マリス、そのあたりはどうですか?」
脇に控えていたマリスに確認する。
「おっしゃる通り、冬に魚介類は王都にも回ってきません。喜ばれるかと思います」
市勢のことをわかっている。ラスタはよどみなく答えるマリスを見直していた。お飾りの王女ではないのだと。ふとラスタは輸出入の実際の輸送が気になりトラシアに問う。
「トラシア、中型輸送艦の改造の方はどうなっている?」
「ひと月といったところです」
「了解した。それなら実際の輸送の時に間に合いそうだな。済まんがよろしく頼む」
かしこまりましたと頭を下げるトラシア。その後も、確認事項をトラシアとマリスに確認しながら議論は続いた。草案だった輸出物一覧の確認が終わったところで続きがあることにラスタは気が付いた。
「要求事項もあるのか、ミスリルと魔道具、クリスタルか、クリスタルは帝国にも鉱山があるだろ、なんで要求事項に入っているんだ?」
「クリスタルは帝都の街灯などにも使われておりまして、需要があります。その需要に産出量が追い付いていなくて、輸入できるならばそれらを補完できるかと」
「なるほど、そんなに需要があるのか、わかった。要求事項はこのままでいこう」
一通りの議論が終わったため、トラシアは草案をまとめるべく踵を返す。部屋の去り際にラスタから慰労の声が飛ぶ。
「トラシア、草案のとりまとめはゆっくりやっていいから、少し休め」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げて執務室を退出するトラシア。ラスタはマリスと歓談をすることにした。
(練兵場)
軍事施設の中庭にある練兵場に足を向けたトラシアは、お目当ての人物を見つけ声をかける。
「精がでますわね、ガルフ」
振っていた剣をおさめ額の汗をぬぐうガルフはトラシアに応じる。
「おう、武器も手に入ったし、あとは技を磨くのみだな。あのゴーレム相手に駆け引きは通用しなさそうだし」
腕を組んで、当時の戦闘の様子を思い出すガルフ。トラシアは戦闘には参加しなかったものの、金属のゴーレムを見ていたためガルフの言葉は納得のいくものだった。
「武器はグレートソードにクリスタルの格納スロット2つでよろしかったのですよね?」
「ああ、俺には魔力がないからな、クリスタル一つじゃあのゴーレムと戦うのには不安があるし」
「防具はよろしかったのですか?新調しなくても」
「攻撃はよけようと思う。防ぐだけなら今の装備でも問題なかったしな」
ふぅ、と一息ついてトラシアはガルフに向き直す。
「わかりましたわ、あなたのご希望に添えるように装備製作局の方に通知します」
「よろしく頼むわ」
トラシアは踵を返して、研究所へと向かった。
(飛空艇ドック)
カミユとエリスを伴って遅めの昼食を取ったトラシアは、自分の部屋で二人と別れて飛空艇のドックに来ていた。作業者の中でリーダーらしき人物がトラシアに近づいてきた。
「主任、お疲れ様です。」
「進捗状況はいかがですか?」
トラシアはリーダーから作業進捗を聞き取り、状況を確認する。
「次は、油圧管の置き換えと耐寒装備ですね。油圧管の1番と2番をミスリルワイヤーに置き換えてください。3番と4番は、艦の中央にあるので耐寒装備で結構です。」
リーダーは指示を受け作業現場に戻り、作業者に指示を伝える。すると別の作業者が作業の確認のためトラシアの元を訪れていた。こうしてトラシアの午後は忙しさに包まれていった。
(夕刻のトラシアの部屋)
夕刻になってようやく飛空艇ドックの確認作業から解放されたトラシアは、ようやく自分の作業部屋に戻ることができた。
「おかえり、飛空艇ドックの仕事ってそんなに忙しいの?」
部屋で待っていたカミユはトラシアに声をかけた。
「はい、今はあそこが一番忙しいですわ。艦一つでも大変なのに、2艦同時に耐寒装備ですから、てんてこまいですわ」
「お疲れ様。こっちは古文書と地図の解読終了したよ。」
カミユはねぎらう形で話を続ける。
「古文書の方は、あの遺跡の使用手順書だったよ。機能停止の手順も載っていて、あの時の手順でよかったみたい。これで遺跡のガーディアンが復活することはないね」
「なるほど、それは朗報ですわ。地図の方はいかがですか?」
トラシアの言葉を受けたカミユは少し興奮気味に回答する。
「それが、聞いてよ、飛空艇のドックの位置が記載されていたんだよ。ユミルドックってのがここにあるらしい。」
カミユは地図の上の方の点と文字の場所を指さして答えた。
「ドックの記載があったのですか?これは最終目的地の場所が分かったということでよいのでしょうか?」
「行ってみないとわかんないよ。エンタープライズ級飛空艇がそこにあるかどうか確認したわけじゃないからね」
「ほかに気になる場所はありましたか?」
「リード記録保管庫ってのがこっちの点。ここも要確認ポイントだね」
なるほど、なるほどとトラシアはカミユとの会話を驚きをもって進めていた。
「行先の順序は、今度改めてみんなと話し合おうよ。ここだけで決められないと思うんだ」
「そうですわね。それがよろしいかと」
「トラシアさん、この地図の複製をもらえないかな?グラントリーフにも配備しておきたいんだ」
「承知いたしました。なるはやで複製をつくらせますわ」
「よろしく~、それじゃ今日は引き上げるね。トラシアさんも今日はゆっくり休んだら?」
「そうですわね。それがいいですわね。わかりました今日はゆっくり休みます」
トラシアの返答に安心したカミユとエリスは研究所を後にした。
(帝都のトラシアの住居)
夜になって間もない時間帯に、トラシアは自分の住居に戻っていた。
「ふぅ。3日ぶりの我が家ですわね。食事もとりましたし、お風呂に入って早めに寝ましょう」
風呂上がりのトラシアは、デスクでいくつかの報告書に目を通していた。
「今日はこのくらいにしましょうか」
手元の報告書をデスクにおいて、トラシアは大きなあくびをした。
「冒険の行先は決まりましたわ。艦だけでなく個人個人の耐寒装備を整える必要がありそうですわね。これはメモしておきましょう」
簡単にメモを取ったトラシアは寝床につく。今後の冒険に気を取られつつも、また居残りを命じられないか不安になるトラシア。
「まぁ、何とかなるようにしかなりませんか」
徐々に重くなる瞼に逆らわず、トラシアは夢の世界へと落ちていった。
忙しい一日の中でトラシアは充実感を感じ取っていた。また明日も忙しいのだろう。でもこの充実感は悪くないと感じていた。夜のとばりが下りていった。
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