AoR-8「苦悩と試練」

 エルさんたちがキャメロットを出て行ってから1週間が経った。騎士団長がいなくなったキャメロットの内部は常にピリピリとしており、とても長居はしたいとは思わなかった。それはシロサイさんやスマトラサイさんも同じようであり、一刻も早くキャメロットを去りたいと目で訴えているようだった。

 バスのゴンドラに荷物を詰め込んでいく。大半がぼくの作った斧やナイフの予備部品なのだけど、これがなくては、ぼくはただの弱虫の意気地なしになるだけだ。そうならないためにも、戦うための武器は用意しておくに限る。


「気を付けろ、スマトラサイ。これはすごくデリケートな機械だからな。少しでも手を滑らせようなら、かばん殿から大目玉を喰らうことになるぞ」

「分かっている。お、おおっと…?…っとと。大きさのわりに軽いのが気になるが、何が入っているんだ?」

「蒸留器だ。麦やジャガイモなんかをすり潰してイーストという粉を入れたら、ウォッカという飲み物ができるのだ。食事の時にキタシロサイ殿やユニコーン殿が暴れ回っていたのも、かばん殿が作ったウォッカを勝手に飲んだせいだな。飲むと理性が蒸発してしまうが、その分気持ちよくなれるぞ。ゴコクエリアで過ごしていたときは密かな楽しみの一つだったな」

「………」


 蒸留器を搬入しながらスマトラサイさんがソワソワとしている。クロサイさんの話を聞いて好奇心をそそられたのだろう。ネタなら既にいくつか作ってあるし、今夜にでも蒸留して振舞ってみよう。お酒が入ったスマトラサイさんがどうなるか少し楽しみだ。


「この箱、少し臭いますわね。何が入ってますの?」

「ヒミツ。さ、どんどん積んでいこう。それらも旅をする上では欠かせないモノだからね」

「はぁ…。かばん様がそうおっしゃるなら…」


 せっせと物資をバスの中に積んでいく。ひとつ、ふたつと荷物を積む度に、車体が沈んで荷物の多さをうかがわせる。ユニコーンさんからもらった濃縮サンドスターの瓶もちゃんとある。準備は万端だ。


「かばん!!」

「ユニコーンさん?」


 出発しようと思った先に、ユニコーンさんがキャメロットから飛び出して来た。息を切らしていて、何か焦っているようだった。


「良かった、間に合った…!はい、これ!」

「…?これは…?」

「あたしが作ったお守り!純潔の乙女が作った神聖なお守りよ!きっと貴方たちの役に立つと思うわ!」

「わぁ…。ありがとう!大事にするね!」

「そうしてくれると嬉しいわ。それと、もしも何かがあった時はそれに願ってみて!あたしの中のサンドスターとパスで繋がってるはずだから、もし何かがあったら、あたしの馬脚を使ってすぐに駆けつけてみせるわ!」

「…うん!その時はよろしくお願いします!」


 そうして、ぼくたちはキャメロットを後にした。ゴンドラで揺られるシロサイさんたちの顔はなんだか気難しく、複雑な心情でいるように思えた。

 バスを走らせながら小さくなるキャメロットを尻目に見る。そこには、どこか不安げな表情をしたユニコーンさんが静かに佇んでいた。まるで、これから起きるであろう災厄を見据えているかのようだった。



…………



 暗く濁った穴の底を見る。一筋の光すら差さない、暗い闇の澱む大穴だ。タルタロスの支配する奈落というものも、このようなものなのだろうか。

 身を縛るような瘴気が私の体を包み込んでいく。まるで、私を穴の底へと誘うようだ。

 闇が私を覗き込む。おいで、おいでと手招きしている。その呼びかけに答えるように、私は闇に手を伸ばしていく。甘美な言葉に導かれて、私は一歩、また一歩と足を踏み出していく。

 一歩崖の淵に近付くごとに闇が私に語りかけてくる。力が欲しいかと、語りかけてきている。そして、無数の手が、闇の底から私を攫おうと手を伸ばしてくる。

 力が…力が欲しい…。すべてを圧倒できるだけの…力を…。


「エル」

「っ……」


 不意に私を呼ぶ声が聞こえた。見ると、キタシロサイとニシクロサイが背後から私を見ていた。


「自分を見失わないで」

「闇に呑まれるな。闇に呑まれ、その力に屈しようものなら、お前の持つ旅の意義も無くなるというものだぞ」

「……分かった。感謝する、二人とも」


 闇から手を引き、大きく深呼吸をして、再び闇の底を見る。……改めて見ると、恐怖すら覚える深い闇だ。私を誘うこの深淵は、いつの頃からここに存在していたのだろうか。まるで、ずっと私を待っていたかのようだ。

 一歩、崖の淵へ足を踏み出す。ぱらりと崩れた小石が穴の底へと落ちていく。あと半歩でも踏み出そうものなら、私もこの深淵へと落ちてしまうだろう。けど、私の目指すものは、この闇の底にあるのだ。

 決して自分を見失ってはならない。決してその力に屈してはならない。そして、私はその力を自らの物としなくてはならない。その力に屈することなく、私の物とするのだ。


「………」


 足を前に出し、暗い闇の底へと足を踏み出す。足が地面を離れ、ふわりと体が闇へと吸い込まれていく。暗い穴底へ、闇の中へと、落ちていく。そうして、私は奈落へと身を落としていった。



…………



「グッ……!」


 重い衝撃と共に、ぐちゃりと嫌な音と感触が身体へ伝わった。まるで、無数の肉の塊に突っ込んだかのようだ。


「ぐっ…。くっ…」


 鈍い痛みに耐えながらなんとか立ち上がる。足元は妙に柔らかく不安定で、うまくバランスが取れない。それにひどい臭いだ。何かが腐ってるんじゃないかと思う程だ。

 足を進めるたびにバキッと何かが折れる音がする。歩みを進めるたびに何か嫌な考えが頭の中をよぎっていく。

 そうだ…。今、私が歩いているのは骸の山なのではないか?このぐちゃりとした肉のような感触も、何かが割れ、折れる音も、この臭いも…。すべてはそれらから感じているのではないか?そう思えて仕方がなかった。

 ふと、暗闇の中に一人の女の姿が見えた。……違いない。あの禍々しい悪魔の姿は奴の物だ。

 バフォメット…。黒ミサを司る謎多き悪魔…。私の魂を喰らい、呪われた私の運命を嘲笑う悪魔だ。


「よく来たな、エラスモテリウムよ…。ここが何処だか分かるか…?」

「さあな。さしずめモルグといったところか?」

「くっくっくっ…。違いない…。余は、お主に試練を与える為に此処を用意した…。お主が、真に目的を達成できるか試すためにな…」

「………」


 悪魔が右手に青い火を灯す。その時、私はふと一つの違和感に気付いた。

 自身の手すら認識できない程の真っ暗な闇の中に、悪魔の姿が見えている。輪郭すらはっきりと分かる程のくっきりとした姿だ。

 けど、そんな事を気にしている場合ではない。あの悪魔は、私に試練を与えると言った。どんな試練かは知らないが、私に課される試練というのであれば乗り越えるのみだ。

 私は、私の望みを叶える為に、あらゆる準備をしてきた。悪魔に魂も売った。今更こんなところで挫ける訳にはいかない。


「さあ、悪魔の試練を乗り越えてみせよ…」


 そう言って、悪魔は青い火を残して消えていった。そんな悪魔と入れ替わるように、一つの影が入れ違いに現れた。

 黒い人型の影…。そんな奴の頭の中央に、ぽつんと大きな穴のような一つの目が付いている。

 ……セルリアンだ。それも、私そっくりな姿をしている。私の輝きを奪って作られたとでも言うのだろうか。


「そいつを倒すのだ。そいつは、お主の心を映しだした影だ。奴を倒し、見事一つ目の試練を乗り越えよ」


 悪魔の声と共に、私そっくりなセルリアンがランスを構えた。……こいつが私の姿だけでなく、私の戦い方をも模倣しているというのであれば、倒すのも容易であろう。

 右脇にランスを構えてセルリアンの大きな目を睨む。少ない手数で急所を突いて確実に倒す。それで倒せないと分かったのであれば、私のホーンランスで焼き尽くすのみだ。

 ……近接攻撃用のナイフも数は用意してある。狙うは目、首、手足の腱…。確実に急所に叩きこみ、腱を切って戦力を削いでいく。そして、勝つのだ。

 狙いを澄ましたセルリアンが私へと斬りかかってくる。的確に突きつけられたランスが鋭く空気を裂き、その威力を私に示している。流石は私を模倣したとだけあって、パワーもあるようだ。


「やるな…」


 暗闇の中で鈍い風切り音が反響する。ランスが交わるたびに、眩い火花が闇を照らす。一進一退の中で繰り広げられる剣劇は、私の心を奮い立たせてくれる。

 黒い尖塔が互いに交わる。一撃と交わるたびに、痺れるような鈍い感触が腕を伝っていく。ランスを滑り、耳をつんざくように甲高く鳴らされる金属音が穴底で反響して、耳鳴りを覚えるようだ。


「っ………」


 横一閃にセルリアンのランスが薙ぎ払われる。しかし、その一瞬の隙を私は逃さなかった。

 重く一歩踏みこみ、セルリアンを射程内に収める。がら空きになった懐に潜り込むと、ランスの柄頭をセルリアンの顎に叩きこんだ。

 ……手応えありだ。まともなフレンズであれば卒倒してもおかしくないだろう。現にセルリアンの顎から、真っ黒な血のようなセルリウムが滲み出ている。オリジナルを模倣するだけの贋物にも、痛みというものがあるのだろう。

 よろめくセルリアンに追撃を加える。ランスを握る右手に力を込めると、心臓の在るべきところへ向けてランスをを大きく放った。

 ぐしゃりと鈍い感覚が右腕を伝った。ランスはセルリアンの身体を貫いている。

 勝負はついた。所詮は、何かの真似をする事しかできない存在。真なる起源を持つオリジナルには叶わないのだ。

 ランスを引き抜いて、纏わりついたセルリウムを払う。試練の番人を倒した私は、次なる試練へ臨もうと天井を仰いだ。

 その時、不意に敵意のようなものを感じた。見てみると、胸を穿たれたはずのセルリアンが再び立ち上がろうとしていた。


「っ………。まだやる気か…」


 ランスを握る手に力を込める。とどめを刺さんとランスへサンドスターのパスを繋げると、静かに呪文を紡いだ。


「我が魂は死の風に跨り、この手に破滅を宿らせ給う…。受けてみよ…!」


 ランスに炎が灯る。闇を吸い込み、熱く滾る炎の前にセルリアンは狼狽しているように思えた。


「ッ……!くらえっ……!」


 セルリアンの胴体目がけて横一文字に大きく薙ぎ払う。黒い炎がセルリアンの身体を焼く。やがて、セルリアンはホーンランスの劫火に身を包むと、灰燼と化して消えていった。今度こそ、私は勝ったのだ。


「ふんっ、造作もない。試練とはこの程度か、バフォメット」

「ふっ…。お見事だ、エラスモテリウムよ…。では、次の試練を与えよう…」


 暗闇から三騎の騎士が現れる。……あの影は……クロサイにシロサイ、スマトラサイか…?

 さっきのセルリアンと違い、より正確な姿を形取っている。赤い二つの眼に黒光りする鎧…。彫刻のようにも思える姿は、本物と見間違えんようだ。


「………。いかなる敵であれ、ただ倒すのみだ。かかってくると良い」


 再びランスに炎を纏わせる。騎士団の未来を担う若人に手を掛けるのは少々心苦しくはあるが、試練を乗り越える為であれば仕方のない事だ。

 それに、クロサイたちの姿をしているとはいえ、奴らはセルリアンであることには変わりない。何も躊躇う必要はない。ただ斬って、倒すのみだ。


「せめて苦しまずに逝くと良い。ロートールド────」


 ランスを構えたその時、クロサイの姿をしたセルリアンが先陣を切った。韋駄天の如き神速で私の懐に入らんと突っ込み、私を突きあげようとしている。


「ッ……!!」


 ……完全に不意を突かれた。このままではまずい…!


「ぐっ…!はァッ!!!」


 力を開放してクロサイを吹き飛ばす。……うまい具合に私の距離に持ってこれた。これならば…。


「これなら…!ダァッ!!!」


 黒い炎を纏わせたランスを振るう。しかし、3騎の騎士は私の放つ一閃を物ともせずにかわしてみせた。

 犀騎士の装甲は言わずもがな、犀のフレンズはその俊敏さにおいても他のフレンズとも見劣りしないものを持っている。加えて、パークの平安の為に絶えず訓練を行っているのだ。

 戦いを前に降伏は恥とする精神、忠誠こそ名誉とする信条、日夜研鑽して技術を積み、高みへ昇るとする美徳…。騎士団の誉れとして、私たちは日々互いに磨き上げてきた。それらを前にして、私は今、試されているのだ。


「──────ッ!!」


 クロサイと入れ替わるように一騎の犀騎士が前へと躍り出る。その犀騎士はランスを高く振り上げると、私の頭を叩き割らんと振り下ろした。しかし、その攻撃は私を叩き伏すには少し甘かった。


 ギィンッ!


「ッ!!」


 振り下ろされたランスを抑え込む。がら空きになった胸元は、我が一閃を叩き入れるにはこれ以上ないチャンスだ。


「終わりだ…!」


 その時、ふと背後にただならぬ殺気を感じた。思わず攻撃の手を止め、背後の存在に全神経を集中させる。


「ぐっ…!?」


 右肩から鎌のような得物が振り下ろされる。勢い良く振り下ろされたそれは私の自由を奪うと、そのまま自らの元へと引き倒した。

 二つの赤い眼光が私を睨む。それは再び鎌のような得物を振り上げると、勢い良く振り下ろした。


「──────ッ!!」


 ズガンッ!


 大鎌が地面を穿つ。辛うじて身をよじってかわすことができたが、アレをまともに食らってはただでは済まなかっただろう。

 体勢を立て直して眼前の騎士を睨む。三対一、私の立たされている数的劣勢に思わず息を呑んでしまう。


「ふぅぅ……」


 数的不利もさることながら、この三騎の犀騎士は技量的にも勝るに劣らないものを持っているようにも思える。これはいよいよ不味いか…?


「否……」


 この程度の事で負ける私ではない。

 感覚を研ぎ澄ませ。日々の訓練を欠かさなかったのは何の為だ。犀騎士の頂点に立つ者はこの程度の劣勢に屈するのか。私はエラスモテリウム…。ジャパリ騎士団の頭領であり、己が破滅の道を往かんとする孤高の騎士だ。


「私を舐めない事だ…!」


 私の中に眠る野生部分を解放させる。敵も何かを感じ取ったのか、私の野生解放に応えるように赤い双眸を光らせた。

 先陣を切った私に対抗するように、突撃してきたのは黒い犀騎士、クロサイだ。

 空間を裂くように二条のランスが互いに交わる。甲高い金属音が暗い穴底に木霊して聴覚を奪っていく。


「はァッ!!!」


 黒い炎を纏わせたランスをクロサイに向けて振り下ろす。しかし、敵のクロサイはそれを見切ったようにかわしてみせた。

 空を切ったランスが地面を穿つ。……何も私も当てれるとは思ってはいない。

 すかさず二撃目を振るう。しかし、確実に叩き入れるために振るったそれは、スマトラサイの大鎌に絡めとられてしまった。


「ぎっ……!!」


 三騎目の犀騎士、シロサイが私の首を獲らんと躍り出てくる。

 正面と右側面、二つの方向から私の首を獲らんとランスが振るわれる。

 ……視界がゆっくりと流れる。絶体絶命の状況に思えた。

 ランスから手を離す。身を屈めて二つの攻撃を受け流す。すぐさま左脚に隠していたナイフを手にすると、右側面から攻めてきたシロサイの首にナイフを刺しこんだ。


「──────ッ!?」

「獲った…!」


 まずは一人…。次に倒すはスマトラサイだ。アレを放っておいてはまともに戦えない。大鎌で身体や得物を絡めとるというトリッキーな戦い方をしてくるスマトラサイは、放っておいては非常に厄介だ。アレを放っておいてクロサイと戦おうものなら、この戦いにおいても勝てるか怪しいものだ。

 私のランスを放り捨てたスマトラサイが大鎌を構えて私を睨む。まだ予備のナイフはいっぱいある。多少無駄に捨てても問題はないだろう。ただ、この中で堅実に攻めて来るクロサイと、トリッキーな戦い方をしてくるスマトラサイが相手となれば私も油断ならない。

 そうして攻めあぐねていると、クロサイが先陣を切って攻めてきた。

 やはり経験が浅かったのか、私は身を捩って射程内に収めると、クロサイに顔面に向けて肘鉄を叩き入れた。

 クロサイが怯む。しかし、その先に見たのは、勢いよく迫るスマトラサイの大鎌だった。


「ッ……!?」


 寸でのところでかわすことができた。思わぬ反撃にたじろいでいると、キラリと光るものが下に見えた。

 ……怯んだはずのクロサイのナイフが私の喉めがけて突き上げられていた。必死に身を捩って回避を試みるけど、かわせるかどうか分からなかった。


「しまっ……!」


 鋭い剣圧が肌を滑る。どうやら、辛うじてかわすことができたようだ。

 ……やはり油断ならない二人だ。感情持たぬセルリアンである以上、慢心するという事もない。心理戦に持ち込むことができないことが、かくも苦しい事と思わずにはいられない。

 間断なく大鎌とランスが私の身体を砕かんと振るわれている。息つく間もなく繰り出される攻撃は休む事を許さない。得物を失い、リーチの長い得物を前に拳を構えるというのは、明らかな劣勢に他ならなかった。

 ……だが、私は負けない…。勝算ならばいくらでもある。この程度で挫ける私ではないのだ。

 こういう状況に備えての訓練だってしてある。戦場において、100%のまま戦えることは非常に稀だ。100%に近付くことはできても、万全で物事に臨めるというのはそうそうない。

 そうして、今私は、その状況下にある。幸いにも士気は高い。体調も万全だ。後はランスを失った状況で、どうやってあの2騎を倒すかだが…。


「さて、どう攻めるべきかな…」


 大地を踏みしめる脚に力を込める。間合いの取り方ではこちらが不利だ。私の拳を叩きこむためには、相手のリーチへ切り込む必要がある。スマトラサイはともかく、クロサイは騎士団の一員でありながら、ただ一人、ゴコクエリアでフレンズの為にその槍を振るってきたのだ。その槍を掻い潜り、打ち砕くのは私であろうと至難の業であろう。

 だが、不可能ではない。


「──────ッ!?」


 疾風迅雷。兵は神速を尊ぶと云う。クロサイは、ゴコクエリアで長い年月をかけてセルリアンを掃討した。クロサイは孤独に戦い続けたのだろう。しかし、助けるばかりで導くを事をしなかった。それだけは分かる。

 槍を引き、クロサイを地面に伏せる。よろめき地面に倒れたクロサイの背後に、大きく大鎌を振るうスマトラサイの姿が見える。

 ……学ばないものだと嘆息を吐かずにはいられない。同じ手が二度も通用すると思ったら大間違いだ。

 しかし、スマトラサイもまだまだ甘い。足を掬うばかりで決定打を決めれずにいるのが分かる。

 ……そんな悪手がどんな結末を生むかを、今に教えてくれる。


「─────ッ!!」


 勢いよく振り下ろされた大鎌に拳を叩きこむ。案の定、大きな衝撃を受けたスマトラサイが大鎌から手を離した。

 大鎌を手にし、大きく一歩踏み込んで、彼女目がけて大鎌を振り下ろす。それは私の狙い通りに、スマトラサイの右肩を砕き、大きな致命傷を負わせた。

 そのまま鎌を引き、息も絶え絶えなスマトラサイの喉にナイフを突き立てる。僅かに残った力でなんとか抵抗してみせるが、もはや無意味だった。

 鈍い感触が腕に伝わる。力なく腕にもたれかかる骸を足元に、大鎌を突き立てる。

 ……あとは一騎、残るはクロサイただ一人のみだ。

 ただの一人になっても決して諦めない。それはクロサイの意思をコピーしたのか、感情を持たないセルリアンの性質かは分からない。ただ、私はそのどちらのようにも思えた。

 試合は決したようなものだった。この子は私には勝てない。既に分かり切ったもののように思えた。

 そばに転がっていたランスを手に取る。パスを繋いでランスに黒い炎を灯す。万策尽きたクロサイも、ただ私が横一線に薙ぎ払えば勝負がつくだろう。

 意を決したであろうクロサイが私に突撃してくる。槍を構えて、私はただその様子を窺った。

 装甲を貫く。私の槍は、狙い通りクロサイの胸部を貫いていた。

 セルリアンともいえども、決して降伏することはしなかった。ただ敵に当たって、見事に玉砕してみせた。意志持たぬオリジナルを真似するだけの存在でも、騎士の持つ誇りや矜持を覚えたのであろうか。だとすれば驚きなものだが…。


「見事だ、エラスモテリウムよ。では、第三の試練を与えよう…」


 悪魔の声が響く。そして、目の前に現れたのは、決してそこにいてはいけないものだった。

 暗闇から足音が聞こえる。青い瞳に、ワルキューレを思わせるような気品のある戦衣装、見間違えるはずもない、その姿が間違いなく…。


「……エル…」

「ユニコーン……」


 一人の姫騎士が私の目の前に現れた。その姿は間違いなく、ユニコーンそのものだった。


「エル…。会いたかった…」

「……どうして…。どういう事だ、バフォメット…!」

「これも試練の一つよ…。お主はこれの為に戦ってきたのだろう…?ならば、すべきことは分かっている筈だぞ…?」

「ッ…!!」


 ランスを握る手に緊張が走る。


「彼女を…殺せ」

「ぐっ……!」


 一歩、彼女に向けて歩みを進める。これは幻…。彼女がここにいるはずはない。ここにいる事を知る筈がない。必死に自分にそう言い聞かせた。


「エル…?」


 ユニコーンが不思議そうに私に視線を向ける。透き通るような声、青色の瞳、黄金の髪…。すべてがユニコーンそのもののようだった。


「……すまない…」


 腰に差していたナイフに手をかける。そして、悟られないように首にナイフを当てると、一思いに首を滑らせた。


「……!?ど、どうし、て……」

「………」


 鮮血が鎧を濡らす。……後悔などしない。そのために、私は長い月日を重ねて準備をしてきた。そのために、すべてを偽ってきた。今更後悔など…。


「わ、私は……」

「見事だ。誠に見事…」

「ッ…。黙れ…」

「余も楽しめたぞ?エラスモテリウムよ…。お主は、余が与えた三つの試練を全て乗り越えた。これで、何事も、何人も、お主を阻むことは出来ぬであろう…」

「黙れ…黙れェ!!!」


 ランスを声のする方へ振るう。しかし、それは空しく虚空を払っただけだった。


「おお、あな恐ろしや…。怒るでない、騎士団長殿よ…」

「戯れ言を…!私は貴様の遊びに付き合ってる訳ではないのだぞ…!」

「そんな事は分かっておる…。余は、お主が真に己が運命に立ち向かえるか試したまでよ…。お主が辿る未来…。お主を待ち構える苦悩と試練…。そして、それに抗えるだけの力を…余は授けようというのだ…」

「なに…?」


 苦悩と試練を乗り越えるだけの力…?私は既に授かってるのではないのか?私はこいつと既に契約を交わしているのではないのか?


「悪魔というものは……斯くも悪趣味なものなのだな…」

「でなければ、悪魔などと呼ばれておらん…。クックックッ…」


 悪魔の声が遠ざかっていく。それと同時に、私の意識も深い闇の中へと吸い込まれていった。



…………



『エル…。エル…!』

「ッ……」


 不意の呼び声に目を覚ました。見てみると、どうやら私は、あれからここで気を失っていたようだ。ズンと重い頭痛が頭をもたげる。

 しかし奇妙だ。セルリアン相手に激しい戦闘を繰り広げていたにも関わらず、争ったような痕跡も、たくさんあった死骸の山もない。それよりも、どうやって二人がここに降りてきたのかも気になる。


「私、は……」

「まったく、あれほど勇み立って穴の底に身を投げたというのに…」

「まさか、親衛隊の二騎を連れての目的は自殺だったのか?」

「はっ、まさか…。……ここに来た目的は達成できた。さ、行くぞ。ここに来たという事は、何かしら此処へ通じる道があったのだろう?案内を頼むぞ、キタシロサイ、ニシクロサイ」

「ええ。……ところでエル、そのランスに巻いてある物は…?」

「むっ……」


 そう言われて右手に握るランスに目を向けると、記憶にない赤い布がランスに巻かれてあることに気付いた。

 地味な嫌がらせをするものだと思いながら赤い布に手をかける。幾重にも巻かれた赤い布をはらはらと剥がしていく。

 黒い槍身が赤い布の間から顔をのぞかせる。その瞬間、私の意識は途絶えた。



…………



「ハァッ…!ハァッ…!」


 視界が赤く濡れている。鋭いような、鈍い痛みが体のあちこちに響いている。肺は裂けんばかりに酸素を求めて、激しく動いている。

 ────力が……力が欲しい……。すべてを呑み込む……大いなる力が……。


「ゥぐ……あっ……」


 禍々しく闇を放つランスに手を伸ばす。

 ……遠い。ニシクロサイらの手によって弾き飛ばされたであろうランスが遠くに転がっている。

 ランスに手を伸ばす。しかし、いくら手を伸ばせども私の得物に届かない。私はそれがとても悲しく思えた。

 ……ランスをまたがり、一人の黒い甲冑を纏った騎士が歩み寄ってくる。なんだか怒ったような顔をしたその騎士は、私の元へとやってくると、おもむろに私の事を蹴り上げた。


「──────ッッ!!?」


 うつ伏せになってた体が蹴飛ばされる。その騎士……。ニシクロサイは私に馬乗りになると、私の顔面を殴打した。


「手こずらせやがって…!目を覚ませ、エルッ!!!」

「……ッ! ニ、ニシクロサイ…。わ、私は……」

「……何が起こったか分からないけど…。どうやら危険なコトに手を出したようね、エル。この赤い布は巻いておいた方が良さそうだわ」

「チッ…。面倒な事に手を出しやがって…。さっさとそれを巻け。巻いたらさっさと出るぞ。出口はあっちだ。遅れるなよ」


 そう言って、ニシクロサイはさっさと行ってしまった。姿を目で追っていると、確かに上へと上がっていく道のようなものが見える。


「ニシクロサイの言う通りよ。早く布を巻いて行きましょう」


 そう言うキタシロサイも肩を上下に揺らして呼吸している。……どうやら私は、力に呑まれて我を失っていたようだった。サバトの黒山羊の与えた試練、その末に手に入れた力は、私にはとても大きすぎたようだった。恐らく、私のランスに巻かれた赤い布も、その力を封じるために奴が自ら巻いたものなのだろう。


「…………」


 これから待ち受けるであろう運命に思いを巡らせる。奴が課した試練は、今後私に訪れるであろう未来だという事は、想像に難くない。

 ……どんな困難が訪れようとも、私は決して立ち止まらない。決して躊躇ったりしない。事実、私は幻とはいえ、ユニコーンの首にナイフを当て、切ったのだ。

 ……それが、私の求める未来、希望だ。

 ああ、私の光、希望よ。私の中から生まれた君は、私に何を見せてくれるのだろうか。

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