古今東西今話
番翼
桃二十六郎
昔々あるところに、桃から生まれた桃太郎という少年がいた。
桃太郎は町で悪さをしていた鬼を退治し、金銀財宝を得て、
育てたおじいさん、おばあさんと共に幸せに暮らしたという。
僕は桃二十六郎。あの有名な昔話、桃太郎はずっと昔の先祖の話だ。
桃太郎の意思を受け継がせるために代々この名前を付けたらしい。
僕は今、しがないプログラマーとして働いている。
今度のプロジェクトは日本の一大テーマパーク、
オニガーランドの隣に来年度開園するオニガーシーの集客プログラムの開発をしている。
巨大テーマパークのプロジェクトに携わっているといえば聞こえはいいが、
実際には人目にさらされない裏の裏の裏の仕事だ。そんな裏方の仕事だけでも、
きっと何十人、何百人と関わっているのだろうと思う。
そう、僕一人いなくなっても問題ないくらいに…。
僕がこのプロジェクトに入ったきっかけは、当然のごとく名前が原因だった。
「桃太郎なら鬼なんか纏められるだろ?」
そう半分くらいバカにされながら。
ずっと昔がどうだったかは分からないが、
曾祖父、祖父の時代は鬼差別というのがあり、鬼は迫害の対象だったらしい。
父の時代では社会のグローバル化に伴い人種差別、鬼差別というのは少しずつ減っていった。
多少鬼に対して偏見を持つ人間もいるが、社会には少しずつ受け入れられ、
一大テーマパークを築き上げるまでになった。
僕自身、偏見がないといえば嘘になるが、鬼が嫌いではない。
最近ではジェンダー、男女平等に並んで鬼平等という言葉もよく聞く。
差別はなくすべきだという言葉に同意はする。
しかし、社会進出をした鬼の中には今までの迫害を受けてきたことから人間を憎み、
人間を襲う事件を起こしたりする輩もいる。
問題は想像以上に根深いのだ。
人間が鬼を迫害する起因となったのは、当然僕の先祖、桃太郎だ。
かつて逆の立場だった鬼たちを、たかだか15にも満たない一人の小僧が懲らしめたのだ。
それを知った人間は当然のごとく、今まで虐げられた仕返しにと鬼たちを迫害し始めた。
それが今の今まで続いていた。
自分には関係ないという気持ちはあるが、この名前を継いでしまっている以上、
責任感も少しだがある。
ただ、今は時代が違う。僕一人の力でどうにかすることなんてできないのだ。
そう思っていた。
ある日のオニガーシー開発プロジェクトの懇親会に僕は参加した。
上からの命令だった。
嫌嫌な気持ちで参加した。何せ桃太郎の名を継ぐものだ。
何と言われるかわかったものじゃない。
そう思っていた。
「君が藤田部長さんのとこの桃太郎くんだね!」
残業で少し遅れて部屋に入ると赤い短めの角を生やしたひげ面の鬼が僕に声をかけた。
藤田部長は僕の上司だ。
仕事はできるが面倒ごとはすぐに人に押し付ける人で、
今日も飲み会が面倒だからか先月もあったはずの「妻の誕生日」と嘘をついて、
この懇親会を僕に押し付けた。
「えっと、桃二十六郎です。鬼頭さん、ですか?メールではいつもお世話になっています」
僕は名前を言い直し、ひげ面の鬼こと、オニガーシー開発プロジェクトリーダーの鬼頭に挨拶した。
「今日は君がくるって聞いてみんな待ってたんだよ」
僕は「待っていた」という言葉に嫌な予感がした。
殴られてしまうんではないかと体を強張らせた。
「怖がらなくても何もしませんよ!むしろ感謝をしたかったんだ」
僕はきょとんとする
「桃二十六郎さんの複雑な境遇には正直同情しています。
ですが、今ここにいる私たちは、過去のしがらみにとらわれず、
協力して共に歩んでいきたいと考えています」
そういって僕の手を握ったのは若い女性の鬼だった。
赤く長い髪、薄い紅色の肌、額から生える黒い一本角。とても美しい女性だった。
「あ、すみません。私、広報の鬼姫と言います」
ひゅー、ひゅーと周りからはやし立てる声ではっと手を離し、鬼姫はそう言った。
その後も僕は彼女に目を奪われていた。
鬼頭さんの酔っぱらった勢いに任せたマシンガントークも右耳から左耳へとすり抜けてしまうほどだった。
懇親会が終わり、酔いつぶれた鬼頭さんを数人の部下の鬼たちが外に運んでいく。
「あの、桃二十六郎さん…また、会えますか?」
驚くことに、彼女の方からアプローチをしてきたのだった。僕は喜んでそれに答えた。
僕たちが正式に付き合うのに時間はかからなかった。
鬼と人、種族の壁を超えて、僕たちは惹かれ合った。
鬼と人の問題は想像以上に根深い。
でも、いつかはそれを乗り越えて調和出来る日が来ると信じるようになった。
来年には子供も生まれる。
世間の目は厳しいものになるだろう。この子が世界を信じられるよう
私たちが変えていかねばならない。
かつて、桃太郎が変えた世界を僕たちの手でまた変えていかなければいけない。
古今東西今話 番翼 @tsugai_tsubasa
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