第4話
放課後になり、私は川野といつもの映画館へ足を運んだ。
パンフレットを買い、キャラメルポップコーンMサイズを注文する。そして学生証とチケットをスタッフに見せ、第7スクリーンへ向かう。
・・・もう何回も行っている、私と川野のルーティーンだ。
「やっぱり落ち着くよな、この静かさとか。映画を見る前の独特な感じ。」
スクリーンに着くと、川野はスクリーン全体を見渡しながらそう言った。
私は頷いて川野の隣に座る。
周りは、沢山の人でいっぱいだ。新作映画で、有名な監督だからかもしれない。始まっていないので、まだ周りがうるさい。どんな映画か想像する、このざわざわした空間さえも、少し心地よくなる。
隣を見ると、川野はいつものように映画のパンフレットを見ていた・・・と思ったら、川野はボーッとしてスクリーンを見ていた。アイツは「いつものように」ではなかった。
「どうしたの、川野。」
川野は私を何度かチラ見した後、「えっと・・・」と言いづらそうに縮こまった。
この慣れているルーティーンの中で過ごしているせいか、余計に今の川野が変に見えてしまう。
「どうしたの、川野。」
もう一度同じ事を言うと、川野は吹っ切れたみたいに「あのさ、安西!」と私の名前を少し大きな声で呼んだ。直後、周りで喋っていた人達の視線が、私と川野を捉えた・・・が、すぐに元の会話に戻っていった。
「ど、どうしたの?」
「いや、えっとさ・・・安西、俺!・・・」
川野が言いかけたその時、全体の明かりが暗くなった。
川野の言葉は空気の中に消えていった。
【「啓介。私・・・啓介がどうしようもなく好きなの!・・・笑っちゃうよね。ずっと一緒にいるのにさ、私、啓介に今まで言えなかった。」】
【「優花・・・」】
【「私はもう、死んじゃうの。友達からも、先生からも・・・啓介からも、忘れ去られるのが、怖くて・・・怖いの・・・・・・」】
【「優花・・・俺は絶対にお前を忘れられない!俺も優花のことが好きだ!大好きだ!!忘れる訳なんてない!」】
映画の中のラストシーンを迎えた所で、ポップコーンを食べる手を止めた。いつの間にか、ポップコーンのケースが空になったみたいだ。
そろそろ映画も終わりだ。
隣の川野を見ると、さっきまで変だったにも関わらず、いつものように真剣な表情で映画を見ていた。
ただ、元気で素っ頓狂な事をするお調子者のような雰囲気はなかった。
どう表現したらいいのか分からない。
ただ、言うなれば――
――――1人の男子としての、大人っぽさが出ていた・・・気がする。
これは、気のせい?
私はすぐさま川野から視線をそらした。
なぜか、アイツと過ごした今までの時間が、私の中を駆け巡って来た。
今まで感じたことのない・・・誰かに埋められるような感覚がした。
嘘だ。絶対に違う。
恋愛映画を見たことで、こういう気持ちになることはあることかもしれない。
ただそれだけだ。
自分自身に暗示をかけた。もはや念ずることに近いかもしれない。
それでも、私の視線は自然とアイツに向いてしまった。
そして川野も、私を見ていた。
その途端、妙に長く感じる時間が私達の間を流れた。
映画は、エンドロールに差し掛かっている。
メインテーマの曲が、どこかから流れ始める。
「安西・・・美羽。」
川野は私を呼んだ。アイツが私の名前を言うのは、これが初めてだった。
「何?川野・・・・・・勇平?」
私もアイツの名前を呼んだ。もちろん、初めて。
「俺、今日、言いたかったんだ・・・俺が美羽に対して持っている気持ちを。」
「・・・うん。」
私は、自分から川野の言葉を待っていたような気がした。
なぜか素直に「うん」と言えた。
これから発せられるであろうアイツの言葉と、私が今思っている予想は違って、もしかしたら、私のとんだ勘違いかもしれない。
でも、言われるのは「この言葉」だけだ。
なんとなく、そう思えた。
そして川野の口からその言葉が発せられた。
・・・
私は立ち上がった。
ちょうどエンドロールは終わった。場内には、映画が始まる前のざわざわした空気で埋め尽くされた。私も、その人波に乗って帰ろうとする。
「えぇっ、ちょっと、安西!?」
川野は私の後に続いて席を立った。
私は振り返った。私も返事を言わなくては。
「・・・今度映画に来る時は、私じゃなくて、彼氏の川野が予約してね。」
「えっ、・・・・・あぁぁぁぁああッ、ちょっ、安西!待って、待って!!」
私達は、来た時とは違う関係で・・・今いた第7スクリーンを後にした。
120分は、人の関係さえも変えられる。
それは、私とアイツも例外ではなかった。
・・・
8年後。
私の隣には、まだアイツがいる。
「それじゃあ行こうか、美羽。」
映画館の入場口。
アイツの差し出してくれた手は、とても暖かかった。
私はもちろん、その手を優しく握り返す。
「うん、勇平。」
光るリングは、私達の左手に輝いていた。
終
120分、君と私と。―第7スクリーンで待ってる― キコリ @liberty_kikori
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