ルカへ



今頃、ミフユとふたりで電車の中かな。それとも、もうバスに乗り換えた頃かな。


明日も今日と同じくらい、いい天気になるって、さっき天気予報が言ってた。良かった。ホッとした。

せっかくの海、しかもルカがずっと行きたがってた、イルカの耳の骨が拾えるって海に、ようやくミフユと行ける日だもの。天気になって、ってずっと祈ってたんだ。


乗り換えも多いみたいだし、電車の乗り継ぎだとかバスの時刻表だとか、ああ、それに泊まる所だって探さなきゃいけないし。ずいぶんとミフユ、丁寧に調べてたみたいだよ。ルカったら行きたいって言うくせにそういうのは全然やらないんだ、ってミフユが苦笑いしてた。

でも、とっても嬉しそうな苦笑いだったよ? 相変わらずかわいいな、って思った。

え? ああ、もちろんルカ、あなたのミフユに好き放題言ってるわがまま顔も大好きだよ。たとえそれが私に向けられたものじゃなくたって、それでもやっぱり好きだ。大好きだ。


イチゴ狩りの翌日、リクエスト曲を初めてミフユに弾いてもらった時。いつものセレナーデも弾いてくれたから、聞いたんだ。

「この曲、まだ歌いながら弾かないの?」って。

そうしたらミフユ、何て言ったと思う? 

「この曲を歌えるようになっても、歌いながら弾くのはルカの前しか考えてないんです。ごめんなさい」だって。

「他の曲なら何でも歌いますけど、この曲はルカのためだけに歌いたいんです」だって。

代わりに、って言って、Beatlesの『Blackbird』を弾いて歌ってくれた。それはそれで、とても良かった。うん。本当に良かった。リクエストした『Little Girl Blue』とこの『Blackbird』は、私のためだけに歌ってほしいな、って思ったくらい。もちろんそんなことはひと言も言わなかったけれど。




今日、2月18日は、高校入試休み期間中。あなたは明日まで私と出かけてることになってるから、私は違う海に朝からひとりで来てる。あの夏の海の、隣の海。

この海にくる前に、線路沿いの道に寄ってきた。今年は暖かくなるのが早かったから、見られるかな、と思って。

桜と菜の花の道。うん。咲いてたんだ、桜。染井吉野ではなくって、河津桜。少し濃いピンク。きれいだったよ。あの南の国のピンク色の花を思い出させる色だった。よく見れば全然違う色なんだけど。不思議だね。

赤い電車が走る横を、ピンク色と黄色が寄り添うように並んでる。春らしくて優しい明るい景色だった。帰ってきたら、ふたりで見に行くといいよ。私も帰りの電車の中からもう一度、ちゃんと見ておこう。


そうそう。今いる海。あの夏の海の、隣の海。ここには灯台が建ってるんだ。登れば海が見渡せる。この海の向こう側に、あなたたちがいるはずの海がある。イルカの耳の骨が眠る砂浜。

ちゃんと見つけられただろうか。イルカの耳の骨。耳を当てれば、色んな音が聞こえてきそうな、イルカの耳の骨。ミフユのあの海での歌声まで聞こえてはこないだろうか。


ちゃんと見つけて持って帰ってこられたら、イルカの耳の骨との交換っこに、いい物、買えたんだ。マスキングテープ。銀河鉄道の柄の新作。きらきら光ってて、ネットで人気で、3月の半ばにならないと追加販売されないらしいから、今、持ってるのは希少価値があるよ? ってたかだか1ヶ月だけの話だけれど。

ああ、マステと言えば、気付いたかな? あのウニスタンドの中のマステ。気付いても、気付いてなくても、どっちでもいいのだけれど。それより私が驚いたのは、ルカ、あなたの手の小ささ。まさかあのウニスタンドの高さと同じだなんて、本当にびっくりした。

子供みたいに、小さい手。ミフユの手の中にすっぽりと収まってしまうくらいの、かわいい手。それでも自力でひらひらと飛んでいく蝶のような、素敵な手。それが、ウニスタンドと同じ大きさだなんて。


今頃、その小さな手は、あの白くて大きな手と一緒に、イルカの骨を探しているんだろうか。それとも海に沈むグミを拾い上げているんだろうか。

私はイルカの骨を拾える海には、行っても行かなくても、どっちでもいい。

だってあなたたちが持って帰ってきてくれるはずだから。

だから、私は待ってる。ずっと、ずっと、待ってる。

あなたたちが今、どこにいて、この先、どこに行こうとも。

そして、そう。私がどこに行こうとも。


大好きなふたりへ。

ミフユ。

そして、ルカへ。





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15センチメートル、その向こう側 満つる @ara_ara50

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