狐崎(うどん屋)は安田(エンジニア)とお笑いをしたい

やすだ かんじろう

狐崎(こざき)は安田とお笑いをしたい

「あかん、急にごっつぅ、ラーメン食いたい」


「それ、お前がいうと面白いんだよな、お前うどん屋じゃん」


 東京生まれ東京育ちの狐崎(こざき)が、いつも通りエセ関西弁で喋っている。狐崎は細目のひょろりとした風貌で、どことなく胡散臭い雰囲気を放つ男だ。関西人からすれば、イライラするほど煩いエセ関西弁なのだろう。しかし俺にとってはすっかり聞き慣れたエセ関西弁であるので、うどん屋の店主である狐崎がラーメンを食いたがっているという事実のほうが、気になるし面白い。


 狐崎と友人になったときのことを思い返すには、大学1年生のときにまで記憶を遡る必要がある。大学に入って最初の授業は、電気学科の学生が必修である電気基礎実験だ。2人1組で行うことになるその授業で、幸か不幸か、俺のペアが狐崎その人だったのだ。


 当時の俺に対して、狐崎と20年も続く友人関係になると伝えても、絶対、全く、信じないだろう。理由は簡単、ヤバいやつ過ぎて、狐崎への初対面の印象は最悪だったのである。


「俺、間違ってこの大学に入ってしもたんよね。うっかりしてたんよ」

「え、別の大学にも合格してたのに、間違って入学金払ったってこと?」

「いやいや、昨日気づいたんやけど、俺、お笑い芸人に向いとるんよ。最近M1とかキングオブコントとか見てて、確実な確信なんよ。安田くんも俺のオーラわかるやろ?」

「あ、そう……」


 初対面いきなりの会話がこれである。出会って2秒で即こいつがハズレだとわかった。あと関西弁がエセなことも。実験のペアは半年間は変わらないので、この瞬間から俺は、毎週の実験が地獄だと"確実な確信"をした。

 その日、俺が必死に電気回路の配線を繋ぎ合わせている間、狐崎は黄色の配線を麺に見立てて、ラーメンを食べる真似を1時間も続けていた。出会って2秒でハズレだとわかったが、出会って1時間で狂気による恐怖まで与えられるとは思っていなかった。

 なんなら狐崎は実験の授業が終わったときに、「ごちそうさま」とまで言ったのである。満足げな顔でその一言をはっきりと言い放っており、俺はこいつが本当に配線を食ったのではないかと、黄色の配線の数をわざわざ数えなおしてしまったほどだ。


 こんな変なやつと仲良くなれるわけがない、ここまでの流れだと、誰もがそう考えるだろう。いやいや、このあと何か素敵なきっかけがあるのかも、そう考える人もいるだろうか。

 残念ながら、どちらにせよ答えはNOだ。


 初の実験の授業以降、狐崎は俺の行く先々にストーカーのようについてきた。憑いてきたと言ってもいいかもしれない。授業を受けようと席に着いたら、何故かすぐ隣に座ってくる。食堂でうどんを食おうと席に着いたら、同じくうどんを手にした狐崎が目の前に座ってくる。毎日視界の外れから急に現れるので、狐崎は異世界人か妖怪なんじゃないかと、本気で疑ったことが何度もある。

 狐崎は毎日食堂で、お笑いの話だとか、かいけつゾロリの話だとか、俺とコンビを組もうだとか、どうでもよい話をしつこくしてきていた。最初は恐怖で食が進まなかったが、話をするぶんには普通に面白くて、普通に良いやつだと気づくのに、時間はそこまでかからなかった。せいぜい5ヶ月しかかかっていない。

 狐崎に取り憑かれたせいで、俺は狐崎以外の友人が大学で作れなかった。狐崎の正体は化け狐で、安田は呪われた狐を封印しようとしているのだと、学内であっという間に噂になった。

 結果、狐崎は裏でみんなに『化け狐 from 関西』と呼ばれ、俺は『陰陽師 with K』と呼ばれることになった。


 狐崎が留年しないでギリギリ卒業できたのは、9割が俺のおかげだろう。狐崎は地頭は悪くなかったので、テスト範囲と基礎問題の解き方さえ教えてやれば、ギリギリ単位を取れる成績を確保できるやつだった。俺がサポートをしなかったテストは全て確実に0点を取ってみせたので、こいつが留年するかどうかは、俺の心次第で間違いなかった。

 毎回のサポートは面倒だったが、狐崎が留年してしまうと俺は『陰陽師 with nothing』になってしまう。その事態を避けるべく、俺は狐崎をファミレス勉強に誘うしかなかった。


 無事卒業が確定した成績発表の日、狐崎は俺に笑顔で言った。


「安田、おおきに!あんさんのおかげで卒業できたわ。やっぱ安田についてよかったな、計算通りや」


 狐崎は何も考えていないようで、実は恐ろしく計算高いやつなのかもしれない。しかし計算高くないエピソードだってたくさんあるから、狐崎は謎なやつなのだ。


 例えば就活の時期は、電気学科の同期たち皆、エンジニアになるべく様々な企業の説明会に向かっていた。漏れなく俺も大手電機メーカーを狙って頑張っていたが、狐崎はそんな流れからしっかり漏れて、お笑い芸人兼小説家になると言って小説を書いていた。芥川賞を取るとか言っていたので、誰に影響されたのかはすぐにわかってしまう。就活の合間、わざわざ時間を作って狐崎の作品を読んだこともあったが、かいけつゾロリの9割パクリだった。


 結局俺は小さなメーカーに拾われることができたが、狐崎は当然小説家になれなかったし、お笑いの世界でも成功しなかった。

 しかしそれですぐ狐崎がうどん屋になるわけではない。「ピンだから上手くいかなかった、安田となら絶対成功する」と言って俺を何度もお笑いの世界に誘って断られたあと、ラーメン屋のバイト、パスタ屋のバイト、蕎麦屋のバイトを経て、狐崎はうどん屋の開業に辿り着いた。

 狐崎は大学での専門知識も豊富な職歴もお笑いへの熱も全てを活かさず、うどんを毎日作っている。




 狐崎が変人過ぎて振り返りが長くなってしまったが、今日はそんな狐崎と夕方からサシ飲みをしていた。しかし狐崎は下戸なので、酒は一滴も飲まない。狐崎は元々常に酩酊状態と言っても過言じゃないキャラクターなので、俺だけが酔っ払って丁度良いくらいだ。


 一軒目をあとにしてプラプラしている間、狐崎は今日も通常運転だった。


「安田、そろそろ俺とお笑い芸人目指しましょか」


「目指すわけねーだろ」


 狐崎はこれを定期的に口走る。挨拶か何かと勘違いている節があるようだ。いつも通り、否定されたところで何も気にしていない様子である。


「なあ、ラーメン食おうや。俺毎日うどんばっか食ってるから、俺の身体ってほぼうどんでできてるんよね、間違いなく。たまにはラーメンも食べんと、そろそろ俺の9割うどんのパクリになっちゃうと思うんよ」


「何言ってるか全然わかんねえけど、ラーメンはありだな。美味いラーメンが食いてえな」


「言っとくけど、美味いラーメンしか俺は許さんからな。ラーメンにはうるさいんよ、不味いラーメンを出すラーメン屋は看板を破壊したるさかい」


「お前って昔から食堂の激安のうどんも、カップラーメンのうどんも、美味い美味いって喜んで食ってたよな。なんでうどんよりラーメンにうるさいんだよ」


「不味いうどんは存在しない。しかし、不味いラーメンは存在する。だから俺は、より簡単なうどん屋を選んだねん」


「その発言、世の中のうどん屋を全て敵に回してるからな」


「おっ、そこに新しいラーメン屋できてるやん、入りましょ」


「とりあえず目についたラーメン屋でいいのかよ」


 俺と狐崎の会話は20年前からずっとこんな感じだ。こんな調子で、俺は狐崎に振り回され続けている。こいつといると、毎日がすぐにお笑いのコントみたいになってしまう。


「へいらっしゃーい!シャー」


 最近できたであろう小綺麗なラーメン屋に似つかわしくない、野太い威勢の良い声で出迎えられた。ラーメン屋のテンプレ的な頑固店主といった風貌で、しっかり鉢巻きと腕組みをしている。


「すんません、この店より美味いラーメン食える店知ってまっか?」


「そう、俺達は美味いラーメンが食いた…っておいー、失礼極まりないだろやめろ狐崎ー」


 狐崎はたまに変なスイッチが入るときがあるが、今日がまさにそれだったようだ。こういうときは全力で止めてあげなきゃいけない。そうでないと大変な流れになる。


「いやいや、俺たち美味いラーメンが食いたいやん。目的は達成せなあかん。さあ店主さん、答えてください」


「いやいや店主さん、答えなくていいですよやめてください」


 ちゃんと止めたはずなのに、店主は根が真面目なのか、浮かない顔で話し始める。この流れはまずい。


「そんなふうに言われたら、この店が1番と言いたいところだが、ここから駅に向かって10分くらい歩いたところにあるラーメンGODって店には勝てねえ。あそこのラーメンは本当に美味い、チクショー…」


「店主さん、おおきに、じゃあラーメンGODで神の味を堪能してきますわ」


「おいー、やめろやめろー、せっかくの店主の威勢が一瞬でなくなっちまったじゃねえか。暖簾をくぐったらその店で食う、それが常識だっつーの。それにGODってなんだよ、絶対怪しいだろ」


 ああ、ヤバい、トリオのコントみたいになってきた。


「でも店主さん、この店より、GODのほうが美味いんですよね?神なんですよね?」


「悔しいが、あそこには敵わねえ…カミ…」


「ほらほら、安田も美味いラーメン食いたいって言ってたやん、ここの不味いラーメンで腹満たしても仕方ないやん」


「やめろやめろやめろー、敵わねえって言ってるだけだろ。不味いなんて一言も店主さんは言ってねえ。ここも十分美味いかもしれないだろ」


 だめだ、これはもうコントの流れだ。ツッコミが止まらん。


「しゃーない聞いたるわ。店主さん、ここのラーメンはどんなラーメンです?」


「二郎系ラーメン、デス…」


「店名はなんです?」


「ラーメン漢二郎、デス…」


「はいドボン。この店は絶対二郎系を勘違いして油ギトギトのゴミみたいなラーメンを出す店や、間違いないやん。二郎に"漢"がついたら終わりや。ゴミで腹を満たしていいはずがないねん」


「やめろやめろやめろーいいじゃねえか、二郎系ラーメンだから、漢二郎って名前にしたんだろ、わかりやすくていいじゃねえか」


「要はパクリやん、9割パクリやん」


「やめろやめろ、そういうときこそインスパイアって言葉を使え。二郎系インスパイアって言えば許される風潮があるからそれを利用しろ。あとお前がパクリを語るな」


「すみません、うちは所詮、二郎のパクリです。存在そのものが間違ってるかもしれないです。ダメダ…」


「やめろやめろ、店たたむ勢いじゃねえか、こいつがサイコパスなだけなんで、そんなこと言わないでください店主さん。よし狐崎、俺はお前がなんと言おうと、この店でラーメンを食うぞ、もう絶対に決めた」


「はあ、安田がそう言うならしゃーないか。我ら、サイコパスから油に溺れる豚に変身〜」


「ラーメン二丁入りましたー!ヨッシャー」


「店主が威勢を取り戻した、よかった」




「お待ちどう、二郎をパクらせてもらったラーメン二丁です。パクリデス…」


「やっぱ傷ついてたわ」


「ゴミ is coming」


「お前は黙れ。見た目は美味そうじゃねえか、それじゃあいただきまーす……しょっぱ!このラーメンしょっぱい!おいおい店主さん、どんな味付けしたらこんな味になるんだよ」


「私の1Lの涙です。ジョボボ」


「ああああ、じゃあ俺たちのせいだ、ごめんよ店主さん」


「美味い!このラーメンこそが神の味やん!神から生まれたラーメンや!店主さん、俺今からラーメンGODの看板破壊してくるわ!雑魚に神は名乗らせへん!」


「お前がゴミ舌の超絶味音痴というゴミのようなオチ!!」


 急にツッコミの才能が開花した?俺は、脱サラして狐崎とコンビを組んだ。俺たちのコンビ名は『陰陽師 with 化け狐 from 関西』。

 色々模索した結果、かいけつゾロリのパロディネタでキッズに少しだけ人気が出た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

狐崎(うどん屋)は安田(エンジニア)とお笑いをしたい やすだ かんじろう @kanjiro_yasuda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ