第57話 小さな黒幕の名は、秘密!
「――やあ、作家先生。元気だった?」
クラシックな調度の喫茶店に足を踏み入れると、大きなバッグを傍らに置いた穂波が僕とミドリを手招きした。
「ミドリちゃん、久しぶり。まさかお兄ちゃんと一緒とは思わなかったよ」
穂波に頭を撫でられ、ミドリは「ご無沙汰してます」と一礼した。
「一体、今ごろ何しに来たんだ?合宿もロケも終わっちまったぞ」
僕が呆れながら言うと、穂波は「えへへ、実はここで、ある人と待ち合わせてるんだ」と秘密めかした口調で言った。
「ある人って、誰だよ。こっちは疲れてんだから、いちいち勿体つけんなよ」
僕が不平を漏らした、その時だった、ドアが開く音がして、複数の人影が姿を現した。
「あっ……」
店内に入ってきたのはなんと、雪江と正木亮だった。
「あ、ええと……どうして?」
突然のことにどう反応してよいかわからずにいると、さらにその後ろから意外な人々の顔が覗いた。雪江たちの背後から現れたのはみづきと角舘、さらにマダムと草太郎だった。
「皆さんお揃いでいったい、何事です?」
僕がやっとの思いで問いを放つと、雪江が「驚かせてごめんなさい。あなたにどうしても、教えたいことがあって」と言った。
「教えたいこと?何だい」
僕が訝ると、今度はみづきが「まだ発表してないんですけど私、この方と結婚するんです」と言って正木の方を目で示した。
僕はあまりのことに、口を開けたままその場に棒立ちになった。実はドラマのラストシーンで、ヒロインと別れた主人公が去っていった先にいたのがみづきだったのだ。
「この場をお借りして、言わせて頂きます。……草太郎先生、お母さん、みづきさんとの結婚を認めてください」
正木亮はそう言うと、マダムと草太郎にむかって深々と頭を下げた。
「あなたたちみづきが小さい頃からの付き合いじゃないの。今さら認めるも何もないわ」
マダムがそう言うと、背後の草太郎も「亮君も立派な役者になったことだし、こちらからお願いしたいくらいだよ」と笑顔でうなずいた。
いったい、何がどうなっているのだろう。僕が呆然と佇んでいると、今度は角舘が口を開いた。
「私の方こそ、ご立派なお嬢さんにこんな未熟な息子で申し訳ないくらいです。なあ亮」
なんだって?あの角舘さんが、正木亮の父親だって?
「あの、角舘さん、僕には何が何だかさっぱり……」
僕がおずおずと問いかけると、角田が「これは失礼しました。実は私が草太郎先生に工芸の手ほどきを受けていたころ、亮もよく御宅にお邪魔していたのです。そう行った縁でお孫さんのみづきちゃんとも、小さい頃から兄妹のように接していたというわけです」
なるほど、そういうわけだったのか。それにしても何というややこしい人間関係だろう。
「実は今回のドラマの配役を決める時、私が先生に亮を使ってくれませんかとお願いしたのです。先生と監督が昔から親しいと聞いていたので」
「いや、しかし亮君の舞は圧倒的だったよ。さすが小さいことから舞踊を習っていただけのことはある」
草太郎の言葉に、僕はそうだったのかと思わず頷いた。どうりで動きが優雅なわけだ。
「いえ、ドラマの撮影がうまくいったのは、神妙寺さんの演技があってこそです。本当に助かりました」
正木に深々と頭を下げられ、雪江は「とんでもない」と顔の前で手を振った。
「雪江さんがね、正木さんとみづきさんにどこよりも早くお兄ちゃんに婚約を伝えたいって頼まれて、それであたしに電話をくれたの」
そうだったのか……矢継ぎ早の展開の裏に、そんな思惑があったとは。
僕が遅ればせながら「あの、このたびはご婚約おめでとうございます」と祝いの言葉を口にすると、みづきが「秋津先生、一つだけお願いしてもいい?」と悪戯っぽく訊いた。
「なんです?僕にできることなら何でもしますけど」
「良かった。……あのね、秋津先生と神妙寺さんが、ミドリちゃんの両側に立っている写真を撮らせて欲しいの」
「は?写真?……それは別に構いませんけど、なんでまた」
真意を測りかねた僕がそう質すと、みづきは亮の方を見ながら照れくさそうに笑った。
「私たち、この三人の姿が理想の家族像なの。人前じゃ、まず撮れないでしょ?お願い」
みづきの突拍子もないリクエストに僕が戸惑っていると、雪江がミドリの手を取って「ミドリちゃん、わたしからもお願い」と促した。
「……変わった希望だな。こんな偽家族でいいのか」
ミドリは不思議そうに言うと、僕と雪江の間に収まった。
「素敵。……はい、ミドリちゃん、にっこり笑って」
みづきがカメラを向けながら言うと、ミドリは「難しい注文だな」と困惑顔で漏らした。
僕は苦笑しながら、「少々、怖い顔でも大丈夫だ、ミドリ。なにせ君は……」と囁いた。
「私がなんだというのだ」
「僕にとって、この事件の黒幕みたいなもんだからな」
〈了〉
ミドリは危険!2 ~ミドリは黒幕?~ 五速 梁 @run_doc
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます