彼女とコーヒーとココア 1.5話
美桜さんの細い指が、ガムシロップをゆっくりと傾ける。とろりとした透明な液体は、キラキラと光りながら牛乳の混ざるコーヒーの中へと注がれていった。華奢な手が音もなくガムシロップの容器をテーブルに置く。そしてコーヒーカップの横に置かれていたマドラーを花びらを摘むように取った。氷の音を立てながら、コーヒーがかき回される。明るい茶色へと変化していく様子をジッと見つめていると、美桜さんがクスリと笑った。
「どうしたの、太朗くん」
「あ、えっと……」
口ごもって、そわそわとココアの入ったカップを触る。ほくほくと湯気を立てるココアの容器は熱いくらいに暖かい。
「綺麗だなって……思って」
美桜さんはふふっと笑って、そっとコーヒーカップの取っ手に指を通した。
「ありがとう」
そう言って、美桜さんはコーヒーを飲んだ。窓から差し込む明かりに照らされる姿は、絵画のようだ。カップを静かに戻した美桜さんは口元を覆った。
「そんなに見られると、ちょっと照れちゃう」
「あっ、す、すみません」
僕は視線を落とす。ココアから甘い香りがしてきて、それをゴクリと飲んだ。
「あちっ」
咄嗟にテーブルに戻したココアのカップがかちゃんと音を立てる。慌てて入店してすぐに出された氷の入った水を流し込んだ。少しヒリヒリする。
「大丈夫?」
「はい……」
しゅんと肩を落とす。顔を上げられず、罪もないココアをじとっと見てしまう。
クスクスと笑い声がする。そろりと顔を上げると、美桜さんが肩を震わせていた。数秒笑って、ふぅと息を整えた美桜さんは目元を緩めて僕を見つめてきた。
「可愛い」
「……」
正直、嬉しくはない。ココアをまた飲もうと手を伸ばすと、美桜さんが僕の手に触れた。滑らかな手触りと柔らかさに、僕は動きを止めた。
「また火傷しちゃうといけないから――」
美桜さんがコーヒーとココアの場所を逆転させる。
「――交換しましょう」
目の前に置かれたアイスコーヒー。苦いのは苦手だけど、さっきガムシロップを入れていたから飲めそうだ。美桜さんへと視線を向けると、ふーふーとココアに息を吹きかけていた。
僕はコーヒーを手に取って口にする。吟味するため口の中に少し留まらせて飲み込む。甘くて苦い。
「ちょっとガムシロップが少なかったかしら」
美桜さんがジッと僕を見つめてくる。微笑むその姿に、僕は大丈夫です、ともう一口飲んだ。ちょっぴり苦いけど飲める。
両手を組んで、しばらく美桜さんが僕を見つめる。そわそわと落ち着かずに視線を漂わせていると、美桜さんがイタズラっぽく笑う。
「間接キスね」
かちゃん、とテーブルに置かれたコーヒーカップが音を立てる。
美桜さんはイタズラに目を細めて小首を傾げた。
僕はコーヒーの散ったテーブルを拭くため、紙ナプキンに手を伸ばす。
「……美桜さんも……ですからね」
美桜さんは形のいい唇で弧を描く。そしてココアのカップに口付ける。コクリコクリと飲み進めて、空になったカップを音もなくテーブルに置いた。
「今度は直接でもいいのよ?」
テーブルを拭く手が滑ってカップを揺らしてしまう。ぱちゃりとコーヒーが飛び跳ねた。
彼女は雑踏に紛れて消えていった 春野訪花 @harunohouka
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