3 面会

「――ご無沙汰してます、檜山サン。慎太郎」


 久しぶりに会ったアクリル板越しの帆沼さんは、いくつかピアスが減っていた。けれど唇のピアスなどはそのままだったし、何なら顔色は以前より良くなっているようにも見えた。


「よく俺に会いに来ることができましたね。親族でも無いのに」

「僕は君の更生に関わる人間だからね。特別に許可が下りた」

「なるほど、つくづくあなたと丹波刑事には足を向けて寝られません」

「というか、君ほど縮こまって寝なければならない男も他にいないだろ」


 檜山にしては珍しい軽口に、帆沼さんはうっすらとした微笑を浮かべて頷く。

 帆沼さんの裁判は、もう終わっていた。予め彼は罪を全面的に認めるつもりで、控訴もしないと決めていたらしい。けれど、一審だけで終わった裁判は、大いにメディアなどからの注目を集めることとなった。

 オレも傍聴席にいたから知っている。公判も終盤に差し掛かった頃、突然被害者の一人である堂尾氏の娘さんが立ち上がったのだ。


『償う!? バカなこと言わないでよ!』


 これには周りの人はもちろんのこと、被告人である帆沼さんも驚いた。けれど証言台に立つ彼は、彼女に体を向けて真摯に言葉を聞いていた。


『あなたが父さんを殺したことに変わりはない! 償うって言うなら父さんを返してよ! できるの!? できないでしょ! なら軽々しくそんなことを言わないで!!』


 隣にいた彼女の母が、何とか娘を止めようとする。けれど娘はそれを振り払って、叫んだ。


『だから! お前は一生! 父さんを殺したことを忘れるな!』


 彼女は泣いていた。彼女の母も、少し離れた場所にいた鵜路さんのお母さんも泣いていた。


『これからお前がどんなに幸せになっても忘れるな! 父さんのことを! 私と母さんのことを! 悔やんで悔やみ続けて、お前が踏み躙った人全てを忘れるな!!』


 帆沼さんはしばらく彼女を見つめたあと、深く頭を下げた。

 ――検察側は、彼に死刑を求刑していた。

 自らが手を下していない件もあるとはいえ、人を殺人へと導いた罪はあまりにも重い。それに加えてオレや弟のつかさを殺害しようとしたこと、多くの人を手駒のように操ったことも。

 それでも、遺族の誰一人として彼に極刑を望まなかったのだ。そして彼自身の反省と、弁護人の訴えが情状酌量の余地を与えた。

 帆沼さんに下された判決は、無期懲役だった。

 確かに重い判決だけど、生きて罪を償える。そのことは、オレにとって本当に嬉しい事実だった。


「慎太郎」


 帆沼さんの手が、そっとアクリル板に添えられる。「なんですか」と、オレもそこに自分の手を合わせた。


「裁判、来てくれてありがとう。お前がいてくれたお陰で、俺は判決に向き合う勇気が持てたと思う」

「良かったです。オレも、帆沼さんが誠実に対応してくれて嬉しかった」

「ありがとう。でも、俺にできる誠実があるなら、それはこれから重ねていかなきゃいけないものだと思う」


 その言葉にどう返せばいいかわからなくなって、オレは口をつぐんだ。……帆沼さんがそう思うのはいいことだと思うけど、それに自分が安易に同意したり応援したりするのは違うと思ったのである。

 対する帆沼さんは、この葛藤を読んだらしい。アクリル板越しに、オレの頬を人差し指でくすぐってきた。


「いいよ、慎太郎は気にしなくて。これは俺が決めて、俺がしなければならないことだから」

「そ、そうですか」

「うん。……それでも、もし一個頼んでいいなら。また俺が間違ってると思ったら、迷わず教えて欲しいんだ」

「! はい、勿論です! オレにできるか分かりませんが……」

「慎太郎だからお願いしたいんだよ。勿論、そのためには定期的に俺の様子を見に来てもらう必要があるけどね。具体的には二日に一回とかの頻度で……」

「多い」


 ピシリと檜山さんが言い放ち、オレと帆沼さんの間に彼の手が振り下ろされた。遮られた視界を首を曲げて避け、帆沼さんは不満気な視線を檜山さんに向ける。


「もう、ちょっとした冗談じゃないですか。俺だってそこまで彼を拘束するつもりはありませんよ」

「冗談を言っていい立場じゃないだろ、君は」

「なら本気で交渉します。ねえ慎太郎、一ヶ月に二回とかどう?」

「与えられた面会回数を早速フルに使ってんじゃない」

「あ、その際は檜山さんもお願いします。俺、あなたにも会いたいですから」

「はあ、僕? 僕は忙しいから厳しいな」

「じゃあ慎太郎と一対一にするとしますか。慎太郎、俺本当に真面目にここで勤めるからね。今は三十分しか面会時間が無いけどいつかきっと伸びるだろうから、そしたらじっくり二人きりで話して……」

「分かった分かった、僕も付き添えばいいんだろ! 何なんだよ、君は!」


 ……なんか流れは分かんないけど、檜山さんもついてきてくれることになったらしい。もっとも、よく考えればオレは帆沼さんの恋人でも親族でも無いもんな。檜山さんがいなきゃ普通に面会する権利無い気がする。

 そんなことを考えていたら、またオレの頭の中を読まれてしまったらしい。顔を覗き込んできた帆沼さんがオレに言ってきた。


「……慎太郎は、俺との面会理由について気にしてくれてるの?」

「あ、はい」

「そうだなぁ。一番手っ取り早いのは、慎太郎が俺の妻になることだけど」

「つ、妻!?」

「帆沼呉一……!」

「あ、冗談です冗談ですってば檜山サン。フルネーム呼んで威圧するとか無しでしょ、普通」

「慎太郎君、こんな男の言うことなんて間に受けないでいいからね。今の君の立場でも申請すれば多分会えるし、そもそも彼に会う時は必ず僕がついてるから」

「過保護極めてますね。どうしました、ついにお二人デキました?」


 核心をついた一言に、オレも檜山さんも硬直する。みるみる耳が熱くなって、顔は顔で勝手にニヤけてしまって。


「ほーう?」


 そんで、バレた。帆沼さんは頬杖をついて、アクリル板越しに俺をつついている。


「いいなぁー、羨ましい。しかも二人は一緒に住んでるんでしょ? だったらあんなことやこんなことでもやりたい放題じゃないですか」

「君と一緒にするな。その辺りの節度は守ってる」

「律儀に守る必要あります? 慎太郎だってもう二十歳ですよ。俺だったら、その日のうちにドロドロに落とすか落とされるかしたいけどなぁ」

「帆沼君ならそうだろうな。でも慎太郎君は……」

「満更じゃなさそうですけど」


 帆沼さんの指摘に、檜山さんがオレの方を向く。もちろん満更じゃないオレは、もじもじしながらエヘヘと笑って返した。

 檜山さんは、頭を抱えた。


「でも……俺の好きな檜山サンと、俺の好きな慎太郎。二人が恋人同士になるなんて、理想的な話だ」


 しかし帆沼さんは気にせずに、オレに言う。


「どう? この勢いで子供とかも欲しくない?」

「子供ですか?」

「うん、俺を養子に取るの」

「え」

「絶対!! 却下だ!!!!」

「檜山さん!?」

「もう帰るぞ、慎太郎君! これ以上面白くもない冗談に付き合っていられるか! 帆沼君、君は次に会う時にまでにその不届きな口を縫い潰しておくようにね!」

「あらら」


 檜山さんに手を引かれ、半ば強引に面会室を後にする。けれど部屋を出る間際、帆沼さんの声が耳に届いた。


「……もしかしたら、案外すぐ会うことになるかもしれませんよ」


 謎めいた言葉に、オレは振り返る。けれど真意を聞く前に、俺の目の前でバタンとドアが閉じられたのだった。

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