14 本格的な捜査員
焼肉はめちゃくちゃ美味しかったので、たくさん食べた。お腹いっぱい食べた。勿論、戸田さんの件や不気味な本の回収など、やるべきことはまだ残っている。だけどひとまず事件は解決したのだし、何より大好きな檜山さんとのご飯だ。楽しまなきゃ損だと思う。
「慎太郎君は今日もいっぱい食べるねぇ」
「はい! 檜山さんのお陰です!」
なお、十五枚目のお皿を持ってきた店員さんは少し引いていた。
そして翌る日。いつも通りオレは檜山さんに朝ごはんを作り、大学の授業のために外へ飛び出した。
出て行く直前、檜山さんのスマートフォンから着信音が鳴るのを、少し遠くに耳にしながら。
「――VICTIMSが、無かった?」
慎太郎が店を出た直後。檜山のスマートフォンを鳴らした丹波の報告に、彼は眼鏡の奥の目を見開いていた。
『ええ、そうなのよ正樹さん。あの後すぐに令状を取って、彼女の家を捜索したんだけどね。どれほど探しても、例の本は見つけられなかったわ』
「……それは困りましたね」
『ええ、ほんとに。……もしかして、もう処分されたとか?』
「いえ、その可能性は低いかと。VICTIMSの名を出した際、彼女は目に見えて動揺していました。確固たる証拠の一つですし、家にあると自認していなければ自供はしなかったでしょう」
『となると、彼女が現世堂に来ている間に何者かが盗んだと考えた方がいいかしら』
「恐らく」
『……』
電話口の向こうで、少し躊躇うような間があった。それから丹波は、殊更声を抑えて檜山に言う。
『……正樹さん。実は私ね、本を盗んだのは戸田君じゃないかと思ってるの』
「戸田君……といえば、失踪した貴女の部下ですか」
『ええ。マンションの防犯カメラに配達用のリュックを背負って入っていった人が映ってたんだけど、彼の首筋に赤いアザがあるのを見つけてね。……戸田君も、同じ場所にアザがあったから』
「でしたら残念ながら可能性は高いでしょう。この事、他の捜査員には?」
『ええ、勿論伝えたわ。だから引き続き彼の行方も捜索してる。ただ、なかなか難航してて』
「……」
その言葉を受け、檜山は花屋の防犯カメラに映っていた男のことを思い返していた。……ツバの広い帽子をかぶって、マスクをつけた男。麩美はダリアをゴミ捨て場で拾ったと証言したが、檜山はそれを鵜呑みにせず、この人物こそが彼女の共犯であると考えていた。しかしこの男がカメラ越しに一礼した時、見えた首筋に戸田の特徴である赤いアザは無かったはずである。
ならばやはり、VICTIMSに関わる人間は二人以上いると見て良さそうだ。共犯と呼べるほど協力関係にあったかまでは不明だが、恐らく背景では数人が動いている。もしかすると、一人の司令塔がいて手足となる人間が何人かいるのかも……。
「……ッ」
こめかみがズキリと痛む。それに必死で耐えていると、丹波の口から流れた言葉をいくつか拾い損ねてしまった。
『で、私はお願いしたいと思ってるんだけど……』
「え、な、何ですか? すいません、ちょっと聞き逃しました」
『え、今超大事な話してたのに!? んもう、真剣に聞いてよね! パパに言うわよ!?』
「すいません勘弁してください。あ、でも話はもう一度言ってください」
『もー、今度はちゃんと聞いてね? あのね、実は正樹さんには正式に捜査メンバーに加わってもらいたいと思ってるの』
「……はい?」
思わぬ申し出に目が点になる。しかし、丹波は気にせず続けた。
『警察側もね、ようやく前回の事件と今回の事件に同じ本が関わっていると認識し始めたのよ。しかもその本って、警察内部の人間によって盗まれてるじゃない?』
「え、ええ」
『だから客観的に見れば、これって警察内部の不祥事で民間人が殺されたってことになるのよ。外聞重視の上の方々からしても良くないったらありゃしない。だからこれ以上の犠牲が出る前に、私達警察は何としてでも戸田君を見つけて本を確保するようお達しが出たわけ』
「で、それが何故僕が正式に捜査メンバーに加わることに繋がるんです?」
『だって正樹さん、VICTIMSを読んでるんでしょ?』
「へ?」
一瞬どういう意味か分からなかった。が、言われてみるとその通りである。鵜路から預かった際、自分は一度VICTIMSに目を通しているのだ。
……速読で。
「そりゃ読むには読みましたが、あくまで概要を把握しただけですよ。多少詳しく読み込んだのは序盤も序盤、恐らく鵜路さんの事件のみです」
『じゃあ麩美さんの事件の推理も、本を使って把握してたわけじゃないってこと?』
「はい、僕が頑張って考えました」
『それはそれで立派よ、偉いわ』
褒められた。なんだか嬉しい。
「だったら、正樹さんは次にどんな事件が起こるかは分からないの?』
「ええ、自信ありません。……あの本は、合計六つの章から成り立っていました。鵜路さんの事件が第一章にあたることは予想がつきますが、麩美さんの事件がどの章にあたるかは……いや」
言いかけて、思い出す。そういえば後半付近、主人公を裏切った恋人を窒息死させる話があったような気がする。
しかしそれを丹波に伝えると、もう鬼の首を取ったかのような反応をされた。
『ほらーっ! 見なさい、やっぱり読んでるじゃないの!』
「い、いや、ですが肝心のトリック内容は読み飛ばしたので……」
『でもその調子よ! 他に何か事件とか無かったの!?』
「え、えーと、そうですね。その前の章に、事故に見せかけて殺す話があったような……」
『でも心臓はくり抜くんでしょ? だったら事故も何も無くない?』
「それが死体を大いに損傷させれば、心臓がくり抜かれたぐらいでは分からないと。例えば、鉄道に飛び込ませるとか……」
『事故死なら普通検視するんだけどね。それにパーツも一つ残らず集めるから、心臓が無ければ分かると思うわよ』
「だとすると、僕の記憶が曖昧なのかもしれません」
『だけど、事故に見せかけて殺すってのはあったんでしょ? それって結構重要情報よ。喫緊の鉄道事故を片っ端から調べて、心臓が見つかってないものを探せば手がかりがあるかも……!』
「いえ、まだ起こっていない可能性もあります。章の並びに沿って事件が起きるとも限りませんから」
『もうーっ! 正樹さんは事件を解決したくないの!?』
「したいから助言しているのですが」
……けれど、そうか。彼女の言う通り、自分が本の内容を思い出せば防げる事件があるのかもしれない。こうなると思っていなかったので、あまり記憶に残っていないのが難点だが。
――それでも、もし自分しかできないのならば。檜山はズキズキとするこめかみの痛みに耐えつつ、決断した。
「わかりました。僕も、莉子さん達に協力します」
『ええ、ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ったわ。正樹さんのことは警察にも伝えておくから』
「お願いします」
『……これはもう立派な連続殺人事件よ。警察として、これ以上あの本に人を殺させやしないわ。がんばりましょうね、正樹さん!』
丹波はいつもの調子でハキハキと言う。……そういえば、年下の想い人である戸田のことは踏ん切りがついたのだろうか。檜山は少し心配になった。
『それじゃ!』
だけどそのことを尋ねる前に、電話は切れてしまった。……まあ、あの人はなんだかんだで自分よりしっかりした人だ。どんなに私情を交えても、最後はちゃんと正義を選べる人だろう。檜山はもう声の聞こえてこないスマートフォンの画面をじっと見つめて、そう結論づけた。
――それにしても、本による連続殺人事件か。
「……呪い、ねぇ」
そして彼は無意識のうちに、“love me, love My dog. ”と書かれたクラフト紙の入った自分のポケットを撫でていた。
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