13 ひとまずの解決

 オレは、今しがた目の前で繰り広げられた光景に呆然としていた。

 ――原稿を読み終えた麩美さんは泣き崩れ、人が変わったように大人しくなっていた。もはや丹波さんに押さえつけられていなくても、抵抗しようとはしない。

 まるであの時と同じ光景だったのだ。鵜路さんが檜山さんの言葉に聞き入り、自分の罪を認めてしまった時と。

 まさに、憑き物が落ちたかのような。


「……私が、堂尾洋さんを殺しました」


 そしてぽつぽつと、麩美さんは言葉をこぼし始めた。


「動機は復讐です。奥様と別れられないと言った彼を恨み……呼び出して、殺しました。顛末は、概ね店主さんの言った通りですわ」

「分かりました。……同じことを署でも言ってくれたなら、自首扱いにできると思います。よろしいですね?」

「はい……」


 ここで丹波刑事は、檜山さんに視線を送った。恐らく、彼女の部下である戸田さん――VICTIMSを盗んだと見られる彼について話を聞きたいのだろう。

 檜山さんは黙って頷いた。だから、すぐに丹波さんはそれについて尋ねたのだが。


「……知りません」


 麩美さんは、首を横に振った。


「私は、ゴミ捨て場に落ちていた本をたまたま拾っただけです。だから、戸田さんという人についても全く心当たりがありません」

「それは本当ですか?」

「はい」


 嘘をついているようには見えなかった。けれど、オレは人の嘘を見抜けない人間なので何とも言えない。

 麩美さんはドレスで地べたに座り込み、じっと目を伏せている。そんな彼女に目線を合わせ、檜山さんは静かに問いかけた。


「では、ダリアについてはどうです?」

「え……?」

「犯行に使われたダリアです。貴女は、あれをどうやって入手したのですか?」

「え……と」

「……誰かから渡されたのでは?」

「……いえ」


 彼女は、檜山さんを見上げた。そして、ビー玉のような目で答える。


「ゴミ捨て場で、拾いました」

「……あれだけの数のダリアが、ゴミ捨て場にあったと」

「はい」

「……」


 しばらく無言で見つめ合っていた二人だが、先に檜山さんが目を逸らした。こめかみを押さえ、彼は大きく深呼吸をする。


「すいません、莉子さん。出過ぎた真似をしました。僕は、これで失礼したいと思います」

「はい、ご協力ありがとうございました。お礼はまた後日」

「不要ですよ。その為にやったわけじゃないので」


 それでも丹波さんはもう一度頭を下げた。そして、麩美さんに立つよう促す。店の外に待機させていた部下を呼び、彼女を連行させた。

 麩美さんと警察は去り、店の中にはオレと檜山さんだけが店に残される。さっきまであれほど騒がしくやっていたのが嘘みたいに、あっという間に店には元の静寂が訪れた。


「……陽も、だいぶ落ちてきたね」


 檜山さんの呟きに、「はい」と頷く。薄暗くなっていく道路を見つめながら、オレはふぅと息を吐いた。

 事件は、終わったのである。檜山さんばっかり頑張ってて、自分は全然役に立てた気がしないけど。せめてボディーガードぐらいにはなれたらと思っていたのだが、やっぱり人を守る本職である丹波さんには敵わなかった。

 檜山さんを振り返る。流石に彼も疲れてしまったのか、ちょうどカウンターの椅子に力無く腰掛ける所だった。

 けれどその顔を見て、オレは「あ」と思い出す。


「檜山さん、ちょっとそのままでいてください」

「ん、何?」

「ほっぺの所、傷ができてます」

「ああ……。いいよいいよ、放っておけば治るから」

「いえ、念の為見せてください」


 渋る檜山さんを制し、近くに置いてあった救急箱を開ける。少し迷ったが、傷薬と例の可愛い絆創膏を取り出して彼の元へと向かった。


「……やっぱりだ、まだ血が出てますよ。ちゃんと治療しないと傷が残るかも」

「今更増えたところで気にしないよ」

「そんなこと言わないでください。……はい、できました」


 仕上げに絆創膏を貼ってあげる。……うん、可愛い。色々あったけど、この絆創膏だけはどう考えても可愛い。檜山さんにも似合ってるし、買ってよかったと思う。

 だけどそんな満足げな思いが表に出ていたのか、オレの顔を見た檜山さんはおかしそうに笑った。


「……ありがとう。慎太郎君がいてくれて助かったよ」

「え!? オレそんな大した事してませんよ!」

「いや、この傷の手当てだけじゃないよ。事件を手伝ってくれたこともそうだし、犯人を追い詰められる糸口となったのも君の行動が元だからね。お礼を言わなきゃと思って」

「麩美さんの絆創膏の件ですか? でも、あれは偶然ですよ」

「そうかな? 積極的に人に関わる優しさを持っている君の行動が、結果として彼女を紐解くきっかけの一つになったと僕は思うけど。とはいえ、君がいてくれて良かったことに変わりはない。僕は本当に助けられたんだよ。ありがとう」

「ほ、ほあ」


 真正面からそう言われると、顔が火照ってしまう。檜山さんがかっこいいのもあるけど、彼に感謝されたこと自体が嬉しくてたまらなかったのだ。好き。

 でもそれをごまかしたくて、オレは返事もそこそこに慌てて室内灯をつけに行った。

 外を見ると、さきほどの会話の内に陽はすっかり沈んでしまっていた。ついでにシャッターを下ろしてしまおうと入り口に向かうオレの背中に、檜山さんの声が飛んでくる。


「ねぇ慎太郎君、今日食欲ある? 君も疲れたろうし、お礼も兼ねて外に食べに行こうと思うんだけど」

「わ、いいんですか!? ぜひ行きたいです!」

「何食べたい?」

「えっと、お肉!」

「じゃあ焼肉でも行く?」

「焼肉!? やったー! 食べ放題のある所がいいです!」

「そうしてくれると助かるよ。君を自由にしたら、現世堂は三日と経たず潰れるだろうから」

「もう、大袈裟なんだからー」


 あははと檜山さんの冗談に笑って返したら、真顔でこっちを見られた。真剣な顔もかっこいいな。

 とにかく、焼肉である。久しぶりのご馳走にウキウキとしながら、オレは重たいシャッターを引いたのであった。

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