三話 旧友との再会
(自動車って、やっぱ便利だよなぁ)
自転車で三十分かかるような道でも自動車なら十分とかからない。織成家の乗用車の後部座席に座りながら優太は窓の外を眺めていた。
「みゃあ!」
優太の隣には麻衣が座っておりドブを抱えている。ドブはまるで麻衣に抱き着くような格好で、麻衣に密着している。
「みゃあ~」
それはそれは、満足そうな鳴き声であった。
(僕の自転車に乗ってるときはちょっと揺れただけで文句を垂れるのに、麻衣ちゃんの前だと大人しいよなぁ)
呆れつつも『ドブらしい』の一言で優太は片づけることにした。
「麻衣ちゃん。今日はありがとう。車まで出してもらって……」
「みゃあ!」
「いいの。私が頼んだことだし」
運転席では細身黒スーツの女性がハンドルを握っている。名家の令嬢を送迎するくらいだ。護衛も兼ねており相当な実力者でもあるはずだ。
「それは、そうだけど……」
「私がいいって言ったらいいの」
「まさかと思いますが、私に気を遣っておられるなら、お気になさらず」
麻衣が一蹴して、運転手が付け加える。優太はそれ以上食い下がるのを止めた。過ぎた遠慮は嫌味になる。
「わかりました。ありがとうございます」
「うん」
「そしたら、早速聞いていいかな。今回の依頼人は麻衣ちゃんの友達なんだよね?」
「そうね」
「みゃあ」
麻衣がドブの喉を撫で回す。ドブは麻衣に甘やかされて喉を鳴らしている。気楽なものである。
「そもそもだけど、本当に僕が引き受けていいの?」
「うん。ユウに会いたいらしいから」
「……え?」
初耳だ。奇妙でもある。麻衣の友人に知り合いはいない。
「僕を知ってる人?」
「みゃあ」
「会ったことはないはず。だけど、私がユウのことを少し話してる。それで会ってみたいって言うから。それで会わせるのもどうかと思ったけど、でもどうしてもって言うから」
「みゃあ」
「そうなんだ。ちなみに、理由は?」
「みゃあ」
「お礼が言いたいらしいの。私も詳しくは知らない。でも、すごく良い子だから……ドブちゃん、ちょっと静かにしていてね」
「みゃあ‼」
「……ますますわからないな」
感謝されるのは嬉しいが、謂われがない。
「相談内容も教えてもらっていい?」
麻衣がドブを撫でる手を止めた。『え? なんで?』みたいな顔で麻衣を見上げるドブの顔が少し面白い。
「両親の車のエンジンがかからくて、鍵が閉まってないドアが開かなくて、炊飯器がおかしくて、電灯とかテレビの調子がおかしいみたい」
心霊現象だろうか?
そう思いたくなる話だが心当たりがある。
「ちょっとおかしいとか、そういう話じゃないんだよね?」
「日常生活に支障が出るレベルだって」
「それは気の毒に…………付喪神かな?」
「私はそう思う」
「だよね」
付喪神。別名、九十九神。長い年月を経て化ける力を手に入れた器物のことである。争いを好まず、積極的に人間に干渉せず、危害を加えることも滅多にない。そんな付喪神が人前に現れるケースは大きく二つ。
一つ目のパターンは、器物を丁重に扱う人間を見つけて、物品の寿命を引き伸ばそうとする場合。折れた筆が元通りになるとか水に濡れても紙が破れないとかそういう話ではない。落下してもたまたま壊れないとか、わりと長持ちするとか、その程度の話である。
二つ目のパターンは、人間が物品を粗末に手荒く扱った場合に、器物の機能を低下させるまたは不調をもたらす場合。比較的新しい筆が折れてしまうとか、やけに容易く紙が破れてしまうとか。
付喪神は物を大切に扱う人間には親切なのだからそうでない人間に優しくない。普段山奥に潜んでいることが多いのだが那須塩原市を中心にここ最近付喪神の被害が多発している。その原因が殺生石である。厳密に言えば殺生石が割れたことにより漏れ出した強力な妖気から逃れるため多くの付喪神が山を降りたのだ。
(僕も今月に入ってから何件か付喪神の対応をしてる。今のところ多いのは携帯電話が使えなくなったっていう相談だ)
「一応確認だけど麻衣ちゃんの友達って……その、物の扱いが酷いっていうか雑なわけじゃないよね?」
「当たり前でしょ。そういう子じゃない」
「だよね。そうなるとちょっと原因がわからないね」
付喪神の影響で器物の不具合が生じるのは、使用者の器物に対する扱いが酷い場合に限られる。わかりやすい例でいえば、物に当たるまたは粗末に扱う人間だ。つまり携帯電話に不調が現れた者は普段から粗雑に扱っていた可能性が高い。自業自得だと思わないでもないが、そういう人種でないのなら付喪神が家で悪さをすることはまずありえない。
「付喪神相手なら戦闘にはならないでしょうけど気をつけて」
「うん。ありがとう」
「別に、心配してるわけじゃないから」
「そうだとしても、ありがとう」
軽い疑問を抱きつつ、現地に向かう。十五分後、二人は目的地に到着した。
「降りて」
「うん。ありがとうございました」
「みゃあ!」
運転手に一礼すると、
「仕事です。お気になさらず」
淡白な言葉が返ってきた。しかし、そんな運転手をドブは気に入ったようで座席の隙間から頭を出して甘えはじめた。
「みゃあ」
「すいません。人懐こくて」
「いえ。お気になさらず」
眉一つ動かすこともなく女性がドブを優しく抱っこして車から降ろす。感情が読めないが悪い人ではなさそうだ。
「ドブ、行くよ」
ドブが寂しそうに、チラチラと運転手を振り返る。何をやっているんだか。
「ドブ、聞こえてる?」
「ドブちゃん。行くよ」
「みゃあ!」
麻衣の言葉に元気よくドブが応える。ドブの中で運転手よりも麻衣が勝ったらしい。相変わらず緊張感がない。しかし、そんなドブを見ていると不思議と和む自分がいる。二名と一匹は玄関に向かった。
(立派な家だなぁ)
依頼人の自宅を前にして、まずそう感じた。二台分の駐車場があり、小綺麗な庭もある。明るい灰色を基調とした家で二階建てのようだ。いつの日か自分も世帯を持つことがあるならこういう家に住みたいものだ。生憎とそんな予定も共に過ごす伴侶候補さえいないのだが。いや、止めよう。そんなことを考えても虚しくなるだけであり、除霊に必要なことでもない。そんなことを考えていると、玄関のドアが開く。
「麻衣ちゃん!」
出てきたのは、麻衣よりも一回り身長の低い少女。いかにも人が良さそうな顔立ちで、可愛らしい笑顔がとても印象的だ。こちらも釣られて笑顔になってしまいそうである。典型的な癒し系な雰囲気を纏ったその少女は優太に目もくれずそのまま麻衣に抱きついた。
「麻衣ちゃんだー! 嬉しいッ! 久しぶりだね!」
「一ヶ月ぶりくらい? 元気そうね」
「元気元気ッ! 麻衣ちゃんがきてくれたからスーパー元気だよッ!」
心から嬉しそうに少女が笑う。明るい子だ。それに、麻衣のことが大好きらしい。
「あれ? もしかして、そちらの男性は!」
「前に話したでしょ」
「まさか……噂の織成優太さんですか?」
少女の瞳が期待に満ちる。
「申し遅れました。はじめまして。織成優太です。でも、噂が立つほどの人間じゃないですよ」
「そんなことないですよ。私の中ではしっかり噂になってますッ! 私は
少女がはっきりと言い切った。なるほど。どうやら天然な一面もありそうだ。
「参考までに、どんな噂なんですか?」
「それは…………あ、すいません。まず、自己紹介をしていませんでした。私は栗原千早と言います。今日はありがとうございます。母と一緒にお待ちしていました。よろしくお願いします」
千早がお辞儀をする。礼儀正しい子でもあるらしい。優太は礼儀正しい人間が好きだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「家の中をご案内しますね」
「ところで、あの電話でも伺いましたが……猫を自宅に上げても大丈夫でしょうか? この猫はドブというのですが除霊に協力してもらう場合があるのでできれば一緒にいたいのですが」
「みゃあ」
いつの間にか優太の足元に来ていたドブが少女を見上げる。
「この子がドブちゃんですか? うわぁッ! 可愛い」
「みゃあ!」
「撫ででもいいですか?」
「はい。ドブさえよければ」
「うわぁ! ぷっくりしてて可愛いですね。お腹も柔らかい」
「みゃあ!」
ドブがお腹を見せながら足を開いている。千早がドブのたぷたぷした腹を撫で回す。相変わらずドブ。女性にはしっかりと甘えていくスタイルである。
「ごめんなさいッ! 私ったら夢中になってしまって。ご案内しますね。どうぞ」
千早は『しまった』という笑顔を浮かべながら麻衣と優太を案内した。やはり天然なのだろう。噂の中身も聞けずじまいだ。しかし、やはり物品を手荒く扱うようには見えない。ならば、付喪神が栗原家に居つく理由はなんだ?
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