六話 はじまりには終わりがある。そして、終わりまでの時間は短い
「まず前提として妖怪と人間が共生するのは無理です。両者が良好な関係でいられる時間は短いのです。必ず終わりが来ます」
「……ッ」
紅貴が息を呑む。認めたくないのだ。その気持ちは痛いほどわかる。優太も同じだから。今もその道中にいるから。優太とドブの関係も現在進行形で終わりに近づいている。
「詳しく、教えてくれ」
狼狽えつつも向かい合う紅貴。
すごいな、優太は思った。
ショックを受けているのは明らかだが、深く踏み込んでくる。そこに現実を示すのは心苦しいが、それも霊能力者の役目だ。
「はい。では、お歯黒べったりに焦点を絞りますね。お歯黒べったりはそもそも結婚に憧れた女性の魂が具現化した妖怪です」
「ああ。その辺りは俺もネットで調べた」
「話が早くて助かります。キヨさん? 結婚されたいですよね?」
『はい‼』
明るくて元気をもらえそうな返事だ。純粋で素直な性格なのだとわかる。
「結婚できないとしたらどう思いますか?」
『え? そ、それは……いやです。すごく』
キヨの声が潤みはじめたので、
「すいません。例え話です。気を悪くしないでください」
慌てて捕捉する。そんな優太に紅貴が険しい瞳を向ける。不愉快にさせる意図はなかったのでご容赦願いたい。
「コホン。話を戻しますね。そして、結論を言います。長くて理性を失うまで。短くて成仏するか除霊されるまでは一緒にいられますね」
「理性を失うってのはどういう意味だ?」
「お歯黒べったりは結婚に執着している妖怪です。それができないとなると焦燥感にかられるようになり最終的に理性を失います。俗にいう『悪霊化』というやつです」
「結婚すればいいってことか?」
「そうですね。ですが、結婚すると恐らく成仏するでしょう。つまり一緒にはいられなくなる。加えて、他の霊能力者に除霊されたらそれが最期です。そのため、長くてもあと二か月くらいだと思います。ほとんどの妖怪にはそういう意味でタイムリミットがあります。貧乏神などは例外でしょうが、一緒にいるほど不幸になりますので共生どころではなくなるでしょう」
ふと、紅貴がドブを見下ろした。
「みゃあ?」
「本当か? 霊能力者だけのとっておきがあるんじゃないのか?」
「いえ、ありません」
「みゃあ」
秘策を期待する気持ちはよくわかるが。
『では、私は結婚したら本当に成仏できるのですね‼』
「ええ。そうですよ」
「教えてくれてありがとうございます‼ そういうことでしたら、その…………」
キヨが紅貴に顔を向ける。
「心配するな。わかってる」
「ありがとうございます‼」
声が弾んでいるキヨに対して、紅貴はどこか悲しそうだ。
「そういえば、キヨさんにもお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「はい」
「ありがとうございます。目隠しをされてますよね。包帯も。これはどうしてですか?」
「それは、私が醜いからです」
「……?」
優太は困惑した。お歯黒べったりはのっぺらぼうのような外見をしている。それは全個体に共通するのだが、個体によって多少外見が異なる。しかし、マスクと包帯で顔を隠すという例は始めてだ。
「質問を変えますね。マスクや目隠しは最初からお付けになってたんですか?」
「それは答えられません」
「答えたらいけないということですか? もしくは知られたくないという意味ですか?」
「話せません」
「…………お歯黒べったりの知り合いがいますか? その中にマスクや包帯を付けているお歯黒べったりがいますか?」
「話せません」
不可解だ。紅貴も首を横に振っている。紅貴も知らないのか。
「紅貴さん。出会った時からキヨさんは包帯とマスクを着用していたんですか?」
「いや、その時は俺も相当酔ってたが付けてなかったと思う」
「なるほど。ありがとうございます。それでは、キヨさん。生前の記憶がありますか?」
「はい。ぼんやりと。貧しい農民の家でした。父が病気で私が畑仕事をしていました。当時は貧しい家が娘を売りに出すこともあったのですが、私は醜くてそういったことはなく家は困窮して。そこまでは覚えているのですが他のことは詳しく思い出せません」
「そうだったのですね。辛いことを思い出させてしまって申し訳ありません」
軽く頭を下げながら思考を巡らせる。
(身の上を話すのは問題なしか。話していいことと駄目なことの基準がわからない。でも、妖怪は結構そういうところがあるんだよな。トラブルに巻き込まれたって感じはしないけど。あとは、先天型か)
妖怪の成り立ちには大きく二種類ある。先天型と後天型だ。雪女を例に挙げる。妖怪として誕生した瞬間から雪女である場合は先天型だ。先日遭遇した美鈴は恐らくこのパターン。後天型は元々浮遊霊であり磁場の影響や使い魔とされることで別の妖怪に成り代わる。ほのかは後天型に該当する。
後天型は浮遊霊となる直前までの記憶をはっきりと覚えていることが多く、先天型は似通った古くて曖昧な記憶を宿していることが多い。
(例えば後天型で生前にコスプレが好きで目隠しと包帯がお気に入りだったとかなら腑に落ちたんだけどなぁ)
黙秘を貫くのもなにかふさわしい理由があるからなのだろうか。
「聞きたいことがあるんだが?」
口を開いたのは紅貴だ。
「はい。なんでしょうか?」
「外で話したい。ついでに飲み物でも買わないか?」
「わかりました」
紅貴と優太は立ち上がった。それに合わせてキヨが二人を見上げる。表情に変化はないのだが、なんとなく心配そうだ。
(これは……これで、可愛いよなぁ。不安なのかな、って想像力を駆り立てられる)
「キヨ。心配するな。男同士でしか話せない内容なんだ。そこのデブ猫と遊んでてくれ」
「ふしゃあ‼」
それまでゆったりとしていたドブが突如立ち上がり、紅貴を威嚇する。『デブ猫』呼ばわりへの抗議だろうか。
「わかりました。えっと、ドブちゃん? 私と一緒に遊んでくれますか?」
キヨが小首を傾げながらドブを撫でる。
「みゃあ~」
今度はにんまりしながら目を細める。
(ドブ……相変わらずだなぁ。僕以外の男性にもしっかり厳しいんだから。ドブのそういう気まぐれなとこは不思議と嫌いになれないんだよなぁ。とにかくキヨさんは任せたよ)
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