十四話 優太とドブの物語は、もうしばらく続く


「取り乱してしまって、申し訳ありませんでした」



 目を腫らしたほのかの母親――のりか――が優太と麻衣に頭を下げた。



「いえ……そんな、頭をあげてください」

「みゃあ」



 優太が言い宥める。隣には麻衣が並び立ち、その足元でドブが尻尾を振っている。場所はほのかの学校の敷地内である。授業時間なのだが塁の姿もある。



「あの、僕もありがとうございました」



 累も頭を下げる始末である。



「どうして、あの時あの子のそばにいてあげられなかったんだろって後悔していました。でも、最後にあの子と話せて良かったです」



 のりかはしばらく取り乱していたが、今は晴れやかな顔をしている。事故の瞬間に病院に赴いていたのりかに非はないのだが、自分を責めずにはいられなかったのだろう。その苦しみを取り除けたのなら光栄だ。塁も教室にいた時とは瞳の力強さが違う。


 ほのかとの対面は二人の背中を後押ししたようだ。そこに寄与できたのならば霊能力者としても人間としても嬉しい。



 だが、ここまでだ。残された人々の幸せを願うことはあれど、その人生に深く関与することは霊能力者の領分ではない。優太はそう考えている。ただ、一つだけお節介をさせてほしい。



「ほのかちゃんはご家族や水上君の幸せを願ってました。とても、素直で優しく思いやりがありました。だから、お願いです。ほのかちゃんに会ったことでお二人が落ち込んだり傷ついたら悲しむと思うので、どうか幸せに穏やかに過ごしてください」


「みゃあ」


「ええ……わかります」


「僕も……はい」



 二人とも懐かしむような、愛おしそうな、そんな表情でほのかが消えた空を見る。



「すいません。余計なこと言ってるって自覚はあるんです。僕はほのかちゃんと初めて会ったのに、付き合いの長いお二人に生意気を言ったようで申し訳ないです」

「みゃあ」



 ほのかを想った時間も、愛情も、優太は二人に及ばない。そんな人間に言われても良い気はしないだろう。



「いえ。そんなふうには思いません。娘のことをそんなふうに言ってくださってありがとうございます」



 のりかが、穏やかな笑みを浮かべる。慈しむような、優しい笑顔。



 どこか似ていた、

 ほのかの笑った顔に。


 

 少し居た堪れなくなった優太だったが他にこの場で話すべきこともない。



「では、これにて除霊は完了しました。僕達はこれで失礼させていただきます」

「みゃあ」

「失礼します」



 優太とドブと麻衣はその場を離れることにした。のりかと塁が深くお辞儀する。それは優太の位置から二人が見えなくなるまで続いたのだった。






 優太と麻衣とドブは織成家に戻ることにした。ドブを連れて公共交通機関を利用するのはハードルが高く普段は電動自転車で移動しているが今回は織成家が乗用車で送迎してくれるとのこと。だが、二名と一匹は少しだけ歩くことにした。交通量もそこそこなひらけた道を歩いていく。



「お疲れさま」

「みゃあ」

「…………麻衣ちゃん。今回もありがとう」



 そんな言葉を交わしてから、しばしの沈黙を分かち合った。色々と話したい事柄もあるのだがうまく切り出せない。ほのかが最期に見せた笑顔が頭の中から離れなかった。



「ユウ、気にしてるの?」

「みゃあ?」



 麻衣が歩きながら顰め面で尋ねて、ドブが首を傾げた。



「え、あ……いや、まあね。でも、大丈夫。ちゃんと切り替えるから」



 ほのかの最期の笑顔を見て、優太は二つ思ったことがあった。一つは、想定外もあったがほのかを笑顔にできて良かったということ。もう一つは、『もっとできたはず』という後悔。



 優太は自身が関わることのできる全ての妖怪や人々をできる限り幸せにしたいと考えている。しかし、攻撃霊術を使用できない半端者なので、他の霊能力者に比べればできることは最初から限られている。


 だからこそ、こう考えるようにしていた。『ならば限られた範囲で全力を尽くせ。後悔も残すな』と。その信条と照らし合わせれば今回の除霊は心残りが多い。今回の除霊はそういう意味では優太の中で失敗だった。



(ほのかちゃんが教室を離れて、美玲についていくとは思わなかった。でも、もっとちゃんと考えてれば想定できたかもしれない)



 今は後悔する時間も反省する余裕もある。



 省みなければならない。

 何を考えていたんだか。

 しかし、その前にまずは喜ばなければ。

 それも、また大切なことだ。



 のりかや累とほのかが対面できる時間を作ることができてよかった。それを喜ばないのならほのかの最期の笑顔も、のりかや累との対話をも否定することになってしまう。



(『もっとちゃんとした最期の別れの時間を用意するつもりだった』なんて口にしたらほのかちゃんの最期がちゃんとしてなかったみたいに聞こえるもんな。勿論、そんなことないし、そんなことは誰にも言わせない)


 

 ほのかの魂は昇天した。だが、ほのかの言葉や出会い優太の中で消えることはない。ほのかとの出会いは優太に新たな気づききっかけをもたらしてくれた。そのことに優太は感謝した。勿論、後から反省はする。これまでも霊能力者になって何度も失敗してきたが、それをしっかりと受け止めて前に進むのだ。これまでも、これからも。


 そうでなければ本当の意味でほのかとの出会いを無意味なものにしてしまうと優太は考える。そして、それは優太の望むところではない。



 優太は大きく息を吸い込んで、深く吐き出した。その様子を横目で観察していた麻衣が口を開いた。



「ほのかちゃんものりかさんもいい顔で笑ってた。私も想像力が欠けてたとは思うけど、よかったね」


「……そうだね。うん」


「みゃあ」


「ユウと仕事した時ってほんとに不思議なくらい依頼人がみんな嬉しそうにするのよね。そこはすごいと思う。私も含めてだけど普通の除霊だとそんな依頼人ばかりじゃないわ。ユウの必死さが伝わるのかもね」



 麻衣がつっけんどんに言う。その言葉に優太は首を傾げた。



「必死さ?」

「ほのかちゃんを助けるかどうか迷った?」

「いや、迷わなかった」



 美鈴と対峙した時のことだろう。そう捉えて答える。逃げ切れるかどうかは不安だったしやぶれかぶれだった。それでも、救出することは躊躇わなかった。



「言っとくけど、普通の霊能力者ならほのかちゃんを放って真っ先に逃げる。倒せるなら別だけど。私もたまにユウって馬鹿なのかなって思う」



 辛辣な評価に優太は少しだけ傷付いた。



「馬鹿、か……」

「みゃあ‼ みゃあ‼ みゃあ‼」



 踝に柔らかい感触があり見下ろすとドブが必死に優太の足と格闘していた。優太が馬鹿だと主張したいのだろうか。わざわざ元気一杯に猫パンチをしなくてもよかろうに。



「でも、そういう馬鹿が好きな人は多いと思う。私もユウのそういうところは……嫌いじゃないし。危なっかしいからめてほしいけど、めたって聞かないでしょう? そういう馬鹿みたいな必死さが伝わって依頼人に喜んでもらえるなら、それはそれでいいんじゃない?」

「みゃあ」



 言い方は冷たいが麻衣は優太を傷つけるような嘘も嫌味も言わない。



(もしかして、僕が落ち込んでるって思って励まそうとしてくれてるのかな)



 そう見えているのなら問題だ。そんなつもりはないのだが実は自分は落ち込んでいるのだろうか。ともあれ、麻衣の言葉を余計なお世話とは思わない。ありがたい好意として受け取らせてもらおう。



「ありがとう。麻衣ちゃん。そう言ってもらえて、少し気が楽になったかも」

「別に、励ましたわけじゃないし」



 麻衣がそっぽを向きながら言う。麻衣のこういう優しいのに不器用なところが優太は結構好きだ。



(それにしても、喜んでもらえるかぁ……)



 参考までにこれまでの依頼人を思い返してみた。最近で言えば、餓鬼憑きの藤崎親子。狐憑きの心愛。言われてみれば、とても喜んでくれた気がする。



 そういう意味では関わった人を幸せにする霊能力者に足を踏み入れているのかもしれない。それは優太にとって、とても喜ばしいことだ。



 霊装術はおろか攻撃霊術もまともに扱えない。ドブに憑依しなければ霊能力者としての価値がない。



 それでも歩みを止めなかったからこそ今の優太がある。幸い、麻衣のような協力者もおりドブ相棒もいる。自分の無能さに腹立たしくなる時もあるがそれを次に活かして取り組むこともできる。


 ならば、これからもそのタイム瞬間リミットが来るまでは、できる限り多くの妖怪に安らかな最期を迎えてもらいたい。自分が関わる人々を少しでも幸せにしたいと思う。



「どうしたの?」

「みゃあ?」



 無意識的に歩みを止めてしまっていたらしい。麻衣が振り返り怪訝そうな顔を。ドブは小馬鹿にしたように見上げている。



「ごめん。なんでもない」



 優太は決意を新たにしながら帰路に着く。目の前を過ぎ去る乗用車が交差点で交わる。立ち止まる通行人もいれば横断歩道を歩き出す人の姿もある。



 優太とドブの物語は、もうしばらく続く。









※後書き

 純情の雪女をご覧くださりありがとうございました。本章はこれにて完結となります。楽しんでいただけたでしょうか?



 純情の雪女に関する後書きのようなものと今後に関する近況ノートを1/2に公開しました。よろしければそちらもご覧ください。改めて自作をお読みくださりありがとうございました。

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