九話 純情の雪女②


 白い小鳥に導かれて私は都市部を離れた奥山の中腹にあるやしろに着いた。古い外観をしてるから手入れはされてないんじゃないかな。そこに、青い着物を着た美鈴さんがいた。



(うわぁ…………初めて会った時も思ったけど、綺麗)



 白い扇子で口元を覆い隠して、私を見つめてくる。



「無事でなにより」



 言葉のわりに声が笑ってない気もしたけど、その声に安心する。



「美鈴さんのおかげ――」

「当然じゃ」



 言葉を遮られた。口元は扇子で隠したままだったけど笑顔だと思う。たぶん。



「あ、あの……聞きたいことがあって――」

「霊能力者について知っていることを話せ」



 今度は、背筋がぞくりとするほど冷たい声だった。悪寒が走るような、そんな声を聞いたのは初めてだった。



「え、あの……」

「聞こえなかったか?」



 美鈴さんがふっと息を吐く。冷たい風が吹いて、私の頬を掠めた。それから、顔の半分がぱきぱきと凍っていく。頬が火傷したみたいに熱くなって、私は思わず叫んだ。



「痛いッ‼ ……なんでッ!?」

「話せと言うておろうがッ‼」



 美鈴さんが私の首を掴み上げた。首が潰れそう。顔半分が燃えてるみたいに熱い。



 何が起きてるのかわからなかった。

 優太さんの話をして、生き返ることについて尋ねて、叶うなら塁君や家族とこれからも一緒にいたいって思っただけなのに。



 美玲さんがゴミでも見るような目で、私を睨んでいた。



「なんじゃ⁉ まさか、まだ妾が本気でお主を助けようとしていたと思っているのか。そんなわけがなかろう。ただの獲物よ。霊能力者から『同族喰らい』のことは聞いておろう?」



 どうして、私がそれを聞いたって知っているんだろう。私の口からは伝えてないのに。問答で戸惑った私を見て美玲さんが勘づいていたなんて私は知る由もなかった。



「お主を食べるために眷属にしたのじゃ。他の眷属は除霊された。ならば、お前だけでも喰らわねば割に合わんじゃろ?」



 美鈴さんが扇子を胸元にしまった。今まで見たこともないような凶悪な微笑みがそこにあった。


 この時、やっとわかった。


 優太さんが全て正しくて、美鈴さんは優太さんの言った通りの雪女だった。優太さんを信じずにこんな場所に来てしまった自分が馬鹿だったんだ。



「いやッ……離してください‼」

「騒ぐな‼」



 美鈴さんが私のお腹に右手を突き刺した。



「ああッ…………ッ……‼」



 お腹を突き破られる痛み。事故で命を落とした時のことは曖昧で覚えてないけど、こんな痛みは知らない。凍った顔半分よりも何倍も痛い。怖くて、痛くて、涙が溢れてきた。



「霊能力者について話せ。会ったのじゃろう。そやつはどうやって眷属を見つけた? 二時間もしないうちに三体を除霊するなぞ普通ではない。距離もあった。お主が居場所を知らせたのか? それとも、妖気を辿るなんらかの術を持っておったのか?」


「知りませんッ……‼」



 他の眷属? そもそも知らない。術なんて言われてもわからない。


 でも、優太さんには妖怪を効率よく見つける方法があるんだ。美鈴さんはそれを警戒してる。見つかってしまうから。


 でも、だったら優太さんのことを話しちゃ駄目だ。少しでも時間を稼げば私を助けに来てくれるかもしれない。


 でも、それって都合が良すぎる。私は優太さんの忠告を無視して美鈴さんに会いに来た。それなのに助けてほしい、なんて――



 きっと助けに来てはもらえないだろう。このまま自分は消えていくんだ。そう思うと、ますます涙が溢れてくる。



「強情者がッ‼ そんなに殺してほしくば殺してやる」



 美鈴さんが私の首に噛みついて、お腹を貫通した右手をぐりぐりって動かして始めた。



「あああああッ……‼」



 首が痛い、お腹が痛い、それなのに頭がぼんやりする。それでいて、心が痛い。もがこうとしても体が動かない。



 なにを、やってるんだろう?

 事故に遭ったのはしょうがない。死んでしまったんだからどうにもできない。だけど、こんなふうに終わってしまうなんて。


 塁君にも、家族にも、ちゃんとお別れを告げられないまま。その機会を与えてくれようとした優太さんを裏切って、こんな最期?


 

 涙で前が見えなくなる。

 せめて、伝えるだけよかったのに。


 塁君に大好きだったって。まどかちゃんと仲良くするのは嫌だけど、でも本当に大好きだったんだよって。

 

 お母さんとお父さん、喧嘩しないお母さんとお父さんが大好きだったよって。育ててくれてありがとうって。お兄ちゃん、いつも買って来たお菓子欲しがってごめんねって。でも、優しくしてくれてありがとうって。



 それだけで、よかったのに。



 美鈴さんの歯が首に食い込んでいく。身体の中から力が抜けていく。妖怪としての自分が消えていくのがわかる。


 でも、それでも、



(いやだぁ……消えたく、ないッ‼)



 唇を噛み締めた。だけど、全身を掃除機で吸い込まれるみたいな感覚があって、目の前が真っ暗に――

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